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8 逃走 ナタリーとの出会い

俺はカフェの2Fの借りている部屋に戻ってきた。

部屋に入りると俺はすぐにシャワーを浴びた。

あのどんよりとした場所の空気を洗い流したかった。しかし・・あの男なんであの場所にいたのだろう。

俺が廃工場から出てきた時なにも感じなかったのだろうか。あのカフェの窓辺から見えたはずだ。

どうして、警戒しなかったのか。


アイツは俺が来ると分かっていたのか?

それともあの目の不自由な小男・・アイツは全て知っていたのではないか。


嫌な予感がした。出来過ぎている・・。なぜあの物置は鍵がかかっていなかったのか。

普通なら鍵がかかっている。そしてあのゴミ・・あれだけ荒れているならあの物置もそれなりに荒れていてもおかしくない。考え過ぎか?俺が管理人ならそれなりに鍵をかけたりする。

いや・・そもそもあんな場所に保管はしない。盗まれるだけだ。なぜ盗まなかったのか。


俺はシャンプーで髪を洗いながら今回の事を思い出していた。いづれにしてもあの男はそれなりの罪を犯している。

俺がやらなくても、いづれ掴まったかもしれない。それでも極刑にはならないかもしれない。

ただの強姦罪で務所に入ったところで死体・余罪がなければすぐに出てくるかもしれない。

そしてまた犯行を繰り返すだろう。


俺がやったことは結局なにも解決しなかったかもしれない。

しかしあの女への当初の約束を果たしたという気持ちにここは満足するか。


モヤモヤとした不安は残る。全てが出来過ぎている。まるで俺が推理したように舞台設定が出来上がっていた。

いづれにせよ、もうここには長居はできない。

エルザのことをもっと調べたかったが場所を変える必要がある。


俺はタオルを頭にかけたまま鏡の中に映る自分の顔を見た。久しく自分の顔を見ていないような気がした。

こんな顔をしていたっけ・・。犯人だったらどうするかと考えているうちに自分を見失ったような気がした。

俺は洗面所の水を出し顔を洗った。どっと疲れたような気がする。


あの男は死んだだろうか?きちんと苦しんで・・それを見たくはないが気になる。


ふいに思った。こんなことを犯人は考えていたのかもしれないということ。

あのマネキンがなぜあの場所にあったのか。どうして一体も破損していなかったのか。

まるでセッティングしたばかりのようだった。あの瞳に圧倒され思わず目を逸らしたが、

俺の一部始終を録画された可能性もある・・か。


俺は疑心暗鬼になっている。この間由美を殺したがその時は自分のケガのせいもあり気にもとめていなかった。そろそろ引退した方がいいかもな。この世界に長居は無用だ。しかし度の道まともな死に方ができるとは思えないが。引退したら何をやるか。モデルでもやるか・・。まさか。あれはあのデザイナーの一時的な気の迷いだ。


シャワーを浴びながら考えて何かが解決するかと思ったが新たな不安が出ただけだった。


今からここを出る。まずそれだけだ。

俺は体を拭き、あの現場で着用した服はゴミ袋につめた。

特に特徴のない服を着ていたが持っていると何かと面倒だ。

トランクから別の服を出し着る。この調子だからトランクの中は常にさっぱりしている。


服が欲しいな・・。あのデザイナーがそういえば服が必要になったら連絡しろって言っていたな・・。


俺はスマホを出しあのデザイナーに電話をした。珍しくすぐに出た。


「もしもし・・」


「・・ヤノだけど・・船ありがとう・・頼みがあるんだが。」


「あら、珍しい。頼みってなに?」


「服が欲しければ連絡しろって言っていたよな・・欲しいんだ」


「貴方が 『欲しい』 なんていうなんてね・・いいわ・・ウチのアトリエに来られる?」


「ああ、行くよ・・何時ごろ行けばいいかな?」


「今いらっしゃい・・待っているわ。貴方のファンもいるのよ。」


「へぇ・・それは奇特な・・じゃぁ行くよ・・」


「待ってるわ」



俺は忘れ物がないか部屋をチェックした・・。ない・・。

トランクを持ち部屋に鍵をかけた。


階下に行きマリアを探した。マリアは厨房でコーヒーを淹れていた。


「急で悪いんだけど引っ越すことになった。これは今までの世話になった分だ。とっておいてくれ」


俺はマリアに金を渡した。


マリアは残念そうな顔をした。


「そう・・残念ね・・。ヤノさん、元気でね。」


マリアは深い詮索はしなかった。この手の店ではよくあることなのだろう。俺は通りすがりの客だ。

マリアは俺に抱擁してきた。ややポッチャリとした柔らかい体が俺を包みこんだ。

母親・・とはいかないがなんとも優しい気分になれる。

俺は急にショーンの事を思い出した。彼はどうしただろうか。


「じゃぁ・・ショーンにも宜しく」


「ショーン・・?誰」


「深夜にここで店番していたヤツだよ」


「ショーンなんていないわよ・・それに通常ウチは深夜なんて営業しないわ。稀に客に付き合うことはあってもね」


「えっ」


俺は絶句した。あの時あの男はどこかから入り、俺の帰りを待っていたのか。

いや、あの中に客は数人はいた。あの客はサクラか?


あの食材は・・・。俺はムール貝を思い出した。


俺は唖然とした。俺がここに居たことはバレている。もう遅い。俺がどこへ行こうと捜索できるよう手筈がまわっているはずだ。しかし何のために?


ショーンは何等かの組織の人間だろう。誰かの命令で俺をマークしていた。どこからマークしていたのか?

俺はシャルルドゴールでの事を思い出した。

あの時・・由美はどうしてあの場所にいたのか?俺が来ることを分かっていたみたいじゃないか?

いや・・違う。あの女は俺が日本から出国することを既に分かっていた。もっと言うと、ミッシェルを殺す段階から

あの女は俺の足取りを大方掴んでいる。

しかし由美単独ではない。俺はあの女を確かに殺した。そこから先どこにつなぎが言っているか・・

となると、やはりあの組織もしくは別組織から命令が来ていることになる。


仮に情報機関、警察関係なら俺をその場でパクるだろう。ならば相手は・・。

同等の組織・・・俺たちと同じような組織になる・・か。


俺は溜息をついた。マリアが不思議そうな顔をして俺を見た。


「・・いや何でもない何かの気のせいだろう。ムール貝なんてメニューにあったっけ?」


俺は話題を逸らしながらも質問した。あの食材はこの場所には少し不釣り合いな気がした。


「あら、それが貴方の好みだとしたら悪かったわね・・私あの貝キライなのよ・・。それがどうしたの?」


これで決定的だ。自分のキライな食材をわざわざカフェのメニューに仕入ておくとも思えない。

万が一誰も注文しなかったら自分で食べることになるだろう・・。


俺は笑顔を作った。


「そうなんだね・・ん、なんでもない。じゃあもう行くよ・」


「お元気でヤノさん」


俺はカフェを出た。車のある方まで急いだ。車に発信機がついていないかチェックした。

大丈夫だ。しかし最新の発信機はもっと小さいかもしれない。


俺はデザイナーの住所をチェックした。

どうしてデザイナーは電話にすぐ出たのか。俺のファンがいるってなんだ?

どこかの組織が先回りして俺を捕まえようとしているのかもしれない。


まぁ・・いい。それならそれに乗ってみるまでだ。相手が分からなければ手も打てない。


俺はエンジンをかけた。


****


デザイナーのアトリエに来た。パリ郊外のこじんまりとした場所にそれはあった。

中庭は広く俺はそこに車を駐車した。


俺は玄関に立ちドアベルを鳴らした。中からガウンを来てリラックスしているデザイナーが出てきた。

その隣に若いモデルの男もいた。なるほど・・お楽しみ中だったのか。


「ヤノ・・ようこそ・・」


「忙しいところすまない」


「どうぞ・・」


玄関を開けるとお香のような香りがした。静かな音楽がかかっている。クラッシックか。

広いリビングがあってそこから外を見渡せるように作られている。

大きな年代物のソファーが3つと長いソファー、その他至るところにイスがあった。


そこから右の方に曲がると別のドアがあった。ドアを開けると床はタイル張りになっており外の光が入る大きな窓があった。そこにまだ世に出ていない宝の服たちがかかっている。


サンプルだろうか。まだ縫いが終わっていないものもある。白いキャンバスには何やらデッサンした図画もある。

生地のサンプル・・メジャー・・マネキン・・カタカタ音がしているその先には一人黙々と縫製作業をやっている女がいた。

髪を後ろで結び化粧気のないメガネをかけた地味な女だ。髪には少し白髪もあった。幾つぐらいなのだろうか

高齢というほどでもない。若白髪かもしれない。かなりのペースで縫製作業は進んでいる。

なるほど、全ての服はこの女がキーをもっているのか。


俺は女に近づくと笑顔を作った。初対面というのは少々面倒だ。


その女にデザイナーが言った。


「ナタリーこの人に合いそうな服選んであげて・・」


「はい・・」


ナタリーと呼ばれた女は俺を見た。肌はツヤがある。意外と若いのかもしれない。


ナタリーは俺の背丈・・肩幅を一目みた・・それから俺のウエストを舐めるように見た。


ほんのわずかな時間だったが、俺はこの女に全身を舐められたかのような感覚になった。


女はクローゼットを開けた。何枚かシャツ・ズボン・上着などを出した。


俺は何一つ好みを言っていなかったが、この女は俺の好みの色から柄、ティストまでピタリと当てた。


「この辺一度試着してみてください。サイズが合わない場合は今すぐお直しもしますよ」


女は俺に服をカゴに入れ試着室に案内した。


試着室はゆったりとしており、ここで一休みできるスペースだ。飲み物も置いてあった。


俺がここに来ると知って準備をしてくれたのか。ありがたい。


「ではごゆっくり。何かありましたら隣の部屋にいますので声をかけてください」


「ありがとう・・」


俺は女からカゴを受け取った。


俺は一着ずつ試着してみた。ぴったりだ。まさに俺のために作ったかのようだ。

ズボンもはいてみた。お直しなんて必要ない。丈もぴったりだ。


なんて優秀なスタイリストだろうか。彼女はスタイリストではないが。

これを俺の体形見た瞬間にすぐに選んだとしたら相当なものだ。業界では当たり前なのかどうかは分からないが。


俺は服を全部合わせ全体のチェックをした。とりあえず、見てもらった方がいいかもしれない。

俺は隣のドアをノックした。


デザイナーがドアを開けた。


俺を一目見るなり俺にキスしてきた。


「やっぱり、ヤノって素敵ね・・。ずっとモデル続けてくれるでしょ・・」


「それが、都合が悪くなってそんなに出れそうもないんだ。」


「残念ね・・連絡を待っているわ。ヤノに着て欲しい服があるの。」


「それは完成しているのか?」


「まだよ・・まだ・・。次のコレクションに出そうと思っていたんだけどね・・」


「時間があったらまた連絡ちょうだい。その服はプレゼントよ。」


「いいのか・・俺は買いたいと思っていたんだが」


「あげたいのよ・・」


「そうか・・ありがとう」


女の方を見た。女は縫製作業を続けている。俺たちのやり取りが耳に入っているのか、ないのか。


「ナタリー・・服着てみたよ・・ピッタリだった。どうだろう・・」


何ていうだろう。


ナタリーは振り向いた。ナタリーは自信に満ちた目でニッコリ笑った。


「この服は貴方のために私が作ったサンプルです。似合うのは当然です。私は貴方のファンなんですよ。」


「ふふふ・・ナタリーだよ・・君のファン。いいなぁ・・ナタリーが作る服は絶対だよ。俺のデザインはナタリーがいないと生まれなかった。」


「それは光栄です。そしてありがたいです。私は貴方に何かしたいのですが何をしたら・・」


「・・・それは・・・その服を着ていただけるだけで私は幸せです。いつでも貴方と一緒に居られるんですから。

服が必要になったら連絡してください。それまでに何着か作っておきましょう。」


「・・貴方の貴重な時間を私なんかのために・・いいのでしょうか・・」


「・・それが私の幸せなのです。」


「では・・遠慮なく・・本当にありがとう。」


俺がホストなら1晩付き合うのに。この場合その手のセリフは言わぬが華だろう・・。

いつか二人きりになったら言ってみようか。

俺は礼を言った。


俺は試着室に戻り自分の服に着替えた。俺のファン・・・か。複雑だった。

俺のファンというのは嬉しいが俺の事を覚えているということになるだろう。それはマズイ。俺はこれからヤノを

消そうとしている。できればヤノの事を忘れて欲しいが、彼女の場合無理だろう。

そして彼女は俺の体形をもう分かっている。俺が誰かに成りすましたとしても、彼女は俺を当てるかもしれない。

モデル・・やらなきゃ良かった・・。安易な自分の判断で俺は墓穴を掘るかもしれない。

彼女と今後接触する機会をなくせばいい。それだけだ。今のところ。


俺は色々考え緊張のせいか喉が渇いた。テーブルの上にあった飲み物をグラスに注いだ。

グラスの中の水を飲もうとしたとき、俺はグラスを日の光に透かしてみた。


疑い過ぎだ・・・。しかし俺は飲むのをやめた。つくづくこの体質がイヤになる。


俺は試着室を出て隣の部屋に行った。服を持っていくとナタリーは紙袋に洋服を畳んでいれてくれた。

服に対する愛情がその様子に見てとれる。この一枚はこのデザイナーの一枚とは別物だ。

しかし、俺の場合この一枚で足が着くかもしれないな・・と内心思った。

せっかくの好意なのに仕事がらこんなことも考えてしまう。

それなら大量に出回っている既製品を買うべきだったかもしれない・・。


デザイナーは食事をしていくかと聞いたが俺は遠慮した。


玄関までデザイナーとナタリーは見送りに来た。


「ヤノ・・元気でね・・また服が必要になったら連絡して・・」


デザイナーは俺の唇にキスしてきた。おおい・・まぁ・・いいか。


「じゃぁ・・」


俺は服の入った紙袋を女からもらった。


「ありがとう・・」


俺はこの女に軽く頬にキスした。


女は真っ赤になった。よっぽど俺に惚れているのだろうか・・顔を下に向けた。


俺は手を振り車に戻った。


エンジンをかけてデザイナーの家をあとにした。


デザイナーはドアを閉めた。


女は下を向いていたが顔を上に向けた。女は含み笑いしていた。


ポケットからリモコンのようなものを出しスイッチを入れた。


「貴方をいつまでも見守っているわ・・。」


***

いつもお読みいただきありがとうございます。

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