久しぶりの喧嘩だけど!?
ブブブブ、ブブブ・・・。
授業中にポケットの中に入れていたケータイが鳴った。
弓弦からだ。
(・・・なんだよ、アイツもいま授業中じゃねーの?)
そう思いながらメールを見た。
「・・・何だ、これ・・・」
思わず声が出た。
『お前の女、預かった。今すぐ第8倉庫まで来い』
こう書かれていた。
「・・・チーちゃん?どったの?」
「・・・わりぃ。俺早退するわ。・・・ヨージ思い出した」
「え?」
「センセー、タイチョー悪いんで、早退しますー」
教室のドアを閉めた瞬間から、全力疾走。
俺は拳を握り締めた。
(あーもームカつく!腹立つ!!大体弓弦は俺の女とかじゃねーっつの!弓弦巻き込むとかマジで許さねぇ!!!)
全速力で走りながら悪態をつく。
頭に血が上ってる。
この苛立ちは相手を殴るまで止みそうにない。
(半殺しで済みゃあいいけどな!)
弓弦の状態如何によってはそれ以上だって考えてる。
伊達にこの年まで不良続けてねぇからな!
(ああ、でも!ホントに殴りてぇのは・・・)
自分だった。
(好きだって気づいたときに、離れりゃ良かったんだ。居心地良かった、けど!アイツを俺の世界に巻き込むより俺がまた一人になる方がよっぽど良かったのに!!)
自分自身に対しての苛立ち、それも今は地面を蹴る足裏への力に変えて、俺はただひたすら目的地目指して走った。
バァンッ!!
ド派手な音を立てて第八倉庫に乗り込んだ。
「ッ弓弦!」
「おー、お早いお着きで。やっぱ噂はホントだったんだなァ」
「・・・お前か、紫崎。まだ病院じゃなかったのか」
乗り込んだ俺を出迎えたのは、紫崎八代。
徒党を組むタイプの不良で俺と正反対のタイプ。
今まで何度もやりあってきたし、半年前も俺が全治九ヶ月の重傷を負わせたはずだった。
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。今すぐにでも殴りたい。
「あの屈辱を晴らすためだ。リハビリに精を出して短縮させたよ。・・・それにしても驚いた。退院してから耳にした噂じゃ、『黒蓮の一匹狼、瀬名千尋が女に首ったけ』だって?お前、いつからそんなに丸くなったんだ?なぁ?」
「・・・弓弦はどこだ」
「へぇ・・・。そんなにあの娘が心配?安心しなよ、手足縛って猿轡ハメて、転がしてあるさ。・・・ほら、あそこに」
紫崎が指さした倉庫の片隅に、文字通り転がされている弓弦を見つけた。
「っ弓弦!!待ってろ今助けて」
「タンマタンマ。お前、俺のこと忘れてない?・・・半年前の借り、返すまで通さねぇよ?っつーか、お前を病院送りにしてやるしな!!」
ぞろぞろと、紫崎の言葉を受けてヤツの仲間が出てきた。
「ちっ・・・。毎度毎度、よくもまぁこんなに集めてくるもんだ。懲りねーヤツだな、お前も。・・・今の俺は手加減できねーぜ」
「しなくて結構!俺たち皆でお前を血祭りに上げてやんよ!!」
雄叫びを上げながら全員が突っかかってくる。
俺は目を閉じて一つ息を吸って、そして吐いた。
目を開ける。
うめき声が聞こえた。顔を向ける。
「っ!!んんんんー!!」
弓弦が猿轡を嵌められたままこちらに向かって何か言っていた。
その必死な表情に俺は少し笑いかけて言った。
「だいじょーぶだ。少し、待ってろ。目、閉じとけよ」
「・・・んっ!」
弓弦は素直に従った。
「・・・いい子だ」
(ホント、巻き込んじまって、ごめん!すぐに助けるからな!!)
心の中で謝った。あとできちんと言うつもりだ。
周りのヤンキー共を睨みつける。
―――さぁて、久しぶりの喧嘩だ。
「全員まとめて返り討ちだ!覚悟はいいな!!」
俺は一声吠えた。
正面から突っ込んでくる馬鹿にはひらりと躱して振り向きざまに首筋に手刀一閃。
その勢いのまま左足を蹴り上げる。
お、うまく顎に入った。ラッキー。
「舐めんじゃねーぞっ!」
「・・・それはお前だ」
目立ちたいんだか知らねぇが、叫びながらポール振りかぶる阿呆にはそのポールを掴んで押し返す。
勢いの反動で相手は勝手にすっ転んだ。
開始数分で俺の周りは誰もいなくなった。
他の奴らはジリジリと後退している。
俺の戦い方の基本はカウンターだから、ちょっと面倒だ。
上手くいくかわからねぇが、一応挑発しておく。
「・・・もう突っ込んでこねーの?つまんねぇの。せっかくコスパ高くいけてたのによー」
事実を言っただけになってしまった。
「挑発しても無駄だ。お前の間合いは読めてるぜ」
「ちっ。いらねぇ入れ知恵してんじゃねーよ」
流石に何度もやりあっている紫崎には俺の思惑はバレバレだったようだ。
仕方ない。カウンターほど得意じゃねぇが、行くしかねーな!
「オラァっ!!」
走り幅跳び的な要領で上から襲い掛かる。
着地の瞬間、身をかがめて薙ぎ払うように足を回転。
数人すっ転んだ。よし!
でも立ち上がりを見越して後ろからポールで殴られた。
「ってーなっ!!」
即座に回し蹴りと膝蹴りのコンボでノックアウト。
クソぉいってえ・・・。
凹んでないか確認する。良かった。大丈夫だ。
「頭殴んじゃねーよっ!これ以上バカになったらどーしてくれる?!」
「・・・これ以上も何も、もう手遅れだから気にするだけ無駄無駄」
「なにおぅ!!俺より馬鹿な辻方悠二って奴がいるんだよ!」
「へぇー」
紫崎は棒読みで、なおかつ呆れたように半目だった。
(っむっかっつっく!!)
紫崎は勉強できるタイプの不良だったな、そーいえば。
「そのすました顔に一発入れてやる!!」
もういい加減大勢を相手にするのはめんどくさくなった。
ここでアタマの紫崎を倒せば終わりだ。
「返り討ちにしてあげるよ、瀬名ァ!!」
俺の渾身の回し蹴りを紙一重で躱し、右ストレートを放ってくる。後ろに飛んで逃げて、追ってきた紫崎の振り回すポールも避ける。
「逃げてばっかかよ!」
「うっせー!黙れ!」
(男なら、道具使わずに勝負しろやぁ!!)
叫び返しながら周囲になんか使えるものがないか盗み見る。
紫崎みたいにポールでも持てば、装備的には互角になるが、俺は蹴りが一番得意だから正直そういうのは邪魔でしかない。
(なんか、ないか。足場になりそうな・・・)
倉庫の端の方に、使われずに錆びた鉄骨の束がいくつも並んで積み重なっていた。
適度に引っ掛かりもあるし、あれがちょうど具合が良さそうだ。
(・・・さりげなく誘導、しかねーな)
「瀬名ァァァッ!!」
「っうっせ、軽々しく名前呼ぶんじゃねぇよっ!」
相変わらずポールを振りかぶって迫る紫崎。
避けながら、さりげなく後退していく。
目的地は鉄骨エリア。
「オラオラオラオラァ!!逃げてばっかじゃ勝てねーぞ?やっぱ女ができたからか?前よりずっと弱ぇよ、お前!」
「・・・っ、痛!・・・な、にいって弓弦は俺のとかじゃねぇ!」
目測を誤って、ポールが目の前に迫ったのを、右腕でかばう。
痺れるような痛みが走った。
思わず左腕で押さえる。・・・多分、骨は折れてない、はずだ。
調子に乗った紫崎がまたペラペラ喋りだす。
(俺のこと馬鹿にすっけど、お前の方が馬鹿っぽいぞ・・・ほら、あともう少し・・・)
一歩、二歩、三歩・・・来た!
完全に紫崎は今回の俺の間合いの中だ。
いつもの俺の間合いよりも長めなそれは、鉄骨を利用することで間合いが伸びる。
鉄骨に軽く助走をつけて蹴り上がる。
「・・・なっ?!」
「気づくのおっせーよ、バーカ」
膝を曲げて鉄骨を蹴り、空中に飛び上がる。
そのまま重力に従って踵を振り下ろした。
紫崎はポールで防ごうとするが、もう片方の足でそれを蹴っ飛ばす。
「これで終わりだ!また大人しく入院してろっ!!」
「っぐぁっ!?」
静かになった倉庫の中に、紫崎が倒れる音が大きく響いた。