第九十七話 目覚めたら、そこは……
カキィーン!! カキィーン!!
……剣のぶつかり合う音が、遠くの方から聞こえてくる。
その一方では、香ばしいパンの匂いがしてきた。食事時間が近いのだろうか? とても美味しそうな匂いだ。
ダダダダダダダダダダッ!!
んっ? 近くに長い廊下があるのかな? 今度は物凄い勢いで駆け抜けていく音が聞こえてきたぞ。
様々な音が聞こえる中、俺はゆっくりと目を開いた。
「……どこだここは?」
見慣れない天井。大人四人ぐらいが、大の字になって寝れるぐらいの広さの部屋に一人布団の中で寝ていた。
上半身を起こしあげた途端、左肩から左の指先まで満遍なく一筋の電撃のような痛みが走りだす。
「つぅ……いってぇ〜」
左肩を押さえながら、うめき声をあげていた。
「ふぅ……」
“そもそも、俺はなぜここにいるんだ? 確か、メシュガロスでギレット先生とドランゴの戦いを見ていた途中で死神が現れて……死神の手によって黒のアーツを壊されたんだよな……?”
再確認するかのように、恐る恐る動かない左腕に目線を向け黒のアーツを見る事にしたのだが……
「あれ……?」
意識を失う前。確かに黒のアーツは、真っ二つに割られその独特の光は失わられていた。
なのに、目の前にある黒のアーツは傷一つついてはいなかったのである。
「……夢だったのかな?」
いやいや、そんな事はない。
現に左肩は激痛。
それだけで、夢ではない事を俺に教えてくれていた。
「……」
黒のアーツを破壊され、意識がなくなり俺は死神に殺された。
そう思っていたのだが……
何故か俺は生きている。
死神はまた俺を殺しに来るのだろうか?
……死神はドランゴ以上にやばい。
次も俺は生き延びる事が、出来るのだろうか?
……
…………
無理だな。
右手でポリポリと頭をかきながら、整理出来ない出来事にどうする事も出来ずにいるとバタバタバタバタバタ……!! と俺がいる部屋に近づいてくる足音が聞こえて来るのと同時に警戒心が高まっていく。
左肩が動かなくとも、闘気を纏う事で臨戦体制へと移り変える。
足音が近づいてくるドアの方に意識を集中させ……
“ドアを開けた途端、襲いかかってきたら迷わず闘気で応戦する!!”
そう考えながら身構えていた。
ドアは、壊れるんじゃないか? ってぐらい勢いよく開かれ目と目が会うと彼女は、安堵したような顔をしながら俺の方に何も言わず駆け寄ってきたのである。
闘気で迎え撃とうと考えていたのだが、その考えは間違っていた。
敵ではないと言うのは、彼女の姿を一目見ただけでわかり纏っていた闘気も解除するのである。
そして、俺の目の前にまで来た彼女は、立ち止まる事はなくそのまましゃがみ込み俺を、抱きしめてきたのであった。
「!!」
「……心配したのよ!! でも、気がついてよかった。ルーク」
「心配かけてごめん……リーサ」
俺を抱きしめてきたのは、幼馴染でもある懐かしの人物リーサだった……
リーサは俺が目覚めた事に喜び、思わず抱きしめたらしい。
顔を赤くしながら『ごめん』と謝ってきていた。
リーサと出会った事で、俺の今いる場所がどこか大体検討をつける事が出来た。
ここは剣の聖地『ウイッシュ』だ。
しかし、なぜメシュガロスにいた筈の俺がここにいるのかは相変わらずわからず、目の前にいるリーサに聞いてみようと思ったのだが……
「ルーク、ちょっと待っててね!!」
それだけ言ってリーサは、風のように部屋から慌てて出て行くのであった。
「……」
リーサには『風の街サイクロン』で再会を果たしてから、暫く会ってはいない。
あの時もリーサは綺麗になったなぁと思っていたが、久しぶりのリーサはなんと言うかこぉ……
セルビアやマーシャルみたいな大人の魅力に少し芽生え始めた。そんな気がする。
それに俺はあの時、風の街サイクロンでリーサと口約束をしていた。
『ウイッシュにいつか行く』と……
しかし、これは約束を果たした? と言えるのだろうか?
リーサは約束通り、あの時よりも遥かに強くなっていそうだな。
などと考えていると、最強剣士と呼び名の高いシュトラーフェがリーサと共に俺の前に現れたのであった。
「……久しぶりだな。ルーク」
「おっお久しぶりです。シュトラーフェさん」
シュトラーフェは俺の目の前に座り、やや後方にリーサが座っていた。
“なにやら空気が、重い感じがするのだが……”
「あっあの……シュトラーフェさん。俺がなぜここにいるのか知っていますよね?」
「うむ」
「教えて頂けませんか?」
「隠すつもりはない。お前が目覚めたら事の次第を全て話せ。とギレッドに言われているしな」
「ギレッド先生に?」
「あぁ……そうだ」
シュトラーフェは、俺が意識を失った後の事を語り始めた……
◆◇◆◇◆
今から十五日程前に時は遡る。
剣の聖地ウイッシュに住む者たちは、シュトラーフェの元で毎日変わらぬ剣の修行の日々を送っており、その日も変わらぬ修行内容に勤しんでいたのだが……
突如殺気を抑える事なく、二人の人物が現れたのである。
一人は傷だらけの老人。
もう一人は、その老人に背負われている青年であった。
「……俺とギレッド先生。と言う事ですよね?」
「そうだ。話を続けるぞ」
「……はい」
殺気を感じた門弟たちは、ただちに戦闘体制を取りウイッシュに侵入する事を阻止しようとしていたのだが、元々ギレットは戦うつもりなど毛頭なかったのである。
ただ、シュトラーフェの手を借りに来ただけなのだから……
しかし、門弟たちはギレッドが放つ殺気を目の辺りにし話しを一切信じる事はなかった。
「ギレッド自身が殺気を込めたつもりはなくとも、門弟たちは殺気と感じてしまったんだろうな」
「……」
“ギレット先生が? それはそれで、珍しいな……”
『どうしても、シュトラーフェに会わせぬ。そう言うのか?』
『お引き取りください。我々は貴方の事を存じておりますが、鋭い殺気を放っている今の状態でシュトラーフェ様に会わす訳には参りません』
『……』
門前払い状態に落ち行ったギレットは、一度この場を離れ対策を考えようと踵を返したその時だった。
『どうしたの? 騒がしいけど?』
腰まで伸びる髪の毛をなびかせながら、一人の女性が騒ぎに対して対処するべく現れたのであった。
その女性の姿をみるなり、門弟たちは道を開け女性の名を呼ぶのである。
『リーサ師範代!!』
と……
『で……?』
リーサは質問の答えを再度聞くかの様にすぐ側でリーサの名を呼んだ門弟に話しかけるのであったが、懐かしく感じる気配に、リーサの目線はそちらの方へと自然と向いていくのであった。
『実は……』
門弟たちの話しなぞ既にリーサの耳に入ってはいなかった。
僅かの期間しか教わっていないとは言え、リーサにとって目の前にいる人物は確かに懐かしの師であり、更に背中にいる人物が自分の幼馴染であると言う事はすぐに気づく事が出来たのである。
『ギレット先生……?』
リーサは無意識にギレットの名を呼んでいたのであった。
その後リーサは門弟たちの反対を押し切る形となったが、ギレッドをシュトラーフェの元へと案内したのである。
ギレットと対面したシュトラーフェは、全身を纏っている攻撃的な闘気に臆する事なく平喘とした顔で見据えていた。
『確かに殺気満載だな。ギレッド』
『うむ……そんなつもりはないのじゃがな……』
喰えぬ爺さんだ。と思いながらもシュトラーフェは敢えてその事を口にする事なく、黙ってギレットの話しに耳を傾けていくのである。
『どうやら久しぶりの生死を分けた戦いに、今だに高揚しておるようじゃな』
『ほぉ。ギレッド程の人物が本気となったと見える。どうやらその相手は、かなりの使い手のようだな』
『確かに強い男だったな』
ギレッドの話しにシュトラーフェは、興味を益々示し始めたのである。
『差し支えなければ、話してもらおうか』
『……うむ』
ドランゴとの対決。
その後、邪魔するかのように現れた死神。
黒のアーツを破壊した後に起こった出来事。
そして、死神の謎の行動。
破壊した筈なのに黒のアーツを修復させた事も。
ギレッドはメシュガロスで体験した事、包み隠さずシュトラーフェに話したのであった。
話しを聞き終えたシュトラーフェは、少しばかり驚きが隠せないでいた。
それは、ギレットと戦った相手である。
『ギレットと戦ったのはドランゴだったのか!?』
『あぁ、そうじゃ。知っているのか?』
『知っているも何も、一度だけ戦った事がある』
シュトラーフェは己の力を過信しているわけではないが、ギレットが苦戦する相手は今この時点で自分ぐらいだろうと思っていた。
だが、ドランゴの名を聞きシュトラーフェは納得する事が出来た。
風の街サイクロンで、自分と互角以上の戦いを見せたドランゴ。
自らが招いた一瞬の油断とは言え、傷をつけられた挙句剣を折られた屈辱的な戦い。
もう一度戦い事があれば、今度は完膚なきまで叩き潰したいとさえシュトラーフェは思っていたのである。
ドランゴはギレットと戦い更なる力の向上を身につけた。そう思うとシュトラーフェは、思わず口元をニヤリと笑わせていた。
同時にメシュガロスを陥落させた事により、アーツハンター協会は最終目標をガルガゴス帝国にする日も近い。
そうなれば、人手不足のアーツハンターたちではまかないきれず、きっと我々。剣の聖地ウイッシュに住む者たちにも協力要請が舞い込むだろう。と結論を出し、シュトラーフェは無駄死にしない為にも本日から更なる過酷なメニューに切り替えようと密かに心に決めたのであった。
では、何故ギレットがここに来たのか? シュトラーフェの残る疑問はこれだけだった。
『メシュガロスでの話しは大体理解出来た。それでなぜここに来た?』
『あぁ……今日ここに来たのはルークを匿ってほしいからじゃ』
『匿う?』
『そうじゃ……死神は、まだルークを殺す事諦めてはおらん』
『……なるほどな』
ここは聖地と呼ばれる場所で、結界と呼ばれ外部からの侵入を防ぐ事は出来ず聖なる地脈によって、この場所は守られているのである。
『ここならば、死神もそう簡単にルークを見つけ出す事もあるまい』
『確かに、そうだが……逃げ回っているだけでは解決にはならんぞ? 一生ここに置いておくつもりか?』
『いや、シュトラーフェ。匿うついでにルークに修行をつけてやってくれんか?』
『……それは約束出来んな』
シュトラーフェの一言でギレッドの空気は変わっていく。
まるで叩きのめしてでも、言う事を聞かせる。
そんな感じだった。
とその場にいたリーサは、コッソリと俺に教えてくれた。
『殺気を出してもダメだ』
『……』
『ここで匿うのは構わない。だがーーー』
『……』
シュトラーフェに言い分に、ギレッドもそれで納得したらしい。
「……と言うことだ」
シュトラーフェは、そこで話しを一度区切りリーサが持ってきたお茶を飲み干していく。
「あのぉ……」
「なんだ?」
「なぜ、大事な部分を隠すのですか?」
「今はこの言葉を言うべきではない。そう判断したからだ」
「うっ……気になるんですけど……」
「第一話しはまだ終わっていないしな」
「えっ?」
「そもそもギレッドはここに来て、お前を死神の手から守ろうとしている。ここまでは理解出来たな?」
「はい」
「では、なぜギレットは今この場にいない。疑問に思わんのか?」
「……確かに」
俺の言葉にシュトラーフェは、ヤレヤレ鈍いやつだ。みたいな顔をしながら、再び話を続けてくれるのある。
『確かにシュトラーフェ、お主の言う通りじゃな。よかろう、それで手を打つ』
『うむ……』
納得したギレッドは、傷の手当てを開始し静養するように言われていた。
だが、ギレッドに休息は与えられなかった。
アーツバスターによるガーゼベルトの侵攻は、剣の聖地ウイッシュにも届けられたのであった。
『どこに行くつもりだ、ギレッド?』
シュトラーフェの言葉に、ギレッドは当然のように身支度を整えていたのである。
『決まっておる。ガーゼベルトに行く……』
『満足動かす事が出来ぬ身体でか?』
『シュトラーフェ、儂を甘く見るでないぞ。こんな傷かすり傷とも呼べんわ!』
それだけ言って、ギレッドはシュトラーフェやリーサの制止を聞かずに俺を残してガーゼベルトへと行ってしまうのであった。
「……ギレット先生がガーゼベルトに行き、結局どうなったのですか? まだ戦闘中なのですか?」
「陥落はせずアーツバスターたちもガルガゴス帝国に帰還した。と報告は聞いておる」
「よかった。それで、ギレッド先生は?」
「……」
ホッと胸を撫で下ろした俺は、シュトラーフェにその後ギレットがどうなったのか疑問に思ったから聞いただけなのに、明らかに空気が変わっていく。
シュトラーフェはリーサとアイコンタクトを交わしたのち、ふぅ〜とため息をつくのである。
まるでギレットの身に何かが起きた。そんなような重たい空気が流れていくのであった。
「シュトラーフェ……さん?」
「今お前に言わずとも、いつか必ず耳にするだろうな。この話しは」
「??」
「ならば……」
“一体なんだって言うんだ……?”
「ギレッドは……アーツハンター協会長ローラを殺した。との疑惑がかかっている」
「はぁっ!?」
“ギレッド先生がローラ会長を殺した?”
「更に、一言も弁明せずに制止を振り切り現在逃亡し行方知れずだ」
「……」
シュトラーフェが何を言っているのか理解出来なかった。
いや、理解したくなかったと言うのが正解かもしれない。
ギレットが、協会長であるローラを殺すなんて、信じられるはずがない。
「あははは……シュトラーフェさん冗談が上手いですね。ギレット先生がそんな事するはずないじゃないですか?」
「我々も信じているわけではない。だが、この話はアーツハンター協会から正式に発令されている文章なんだ」
「だから、信じるしかないと……?」
「個人的には信じがたい話しではあるな。お前の言う通り、ギレットがローラを殺すとは到底思えない」
「……」
暫くの間剣の聖地ウイッシュでもギレットの行方を探すとシュトラーフェは付け加えた後に、部屋から出ていくのであった。
“……って寝て寝ている場合じゃない! 一刻も早くギレット先生と合流しくては!!”
身体を動かした途端、全身に激痛がほとばしる。
「つぅ……」
今の俺の身体はまともに動かす事もままならない状態のようだ。
「無理しないでルーク」
部屋に残っていたリーサは、痛がる俺を介抱し寝かしつけようとしてくるのだが、寝ている場合ではない。
「リーサごめん。ギレット先生の元に行かないと」
「でも、ルークにギレット先生の居場所わかるの?」
「……わからないけど」
確かにリーサの言う通り俺にはギレットの行き先は全く検討もついてはいない。
だが、ここにいていいのだろうか?
「今は傷ついた身体を癒す事に専念して」
「……」
「でないと、ギレット先生がここにルークを置いて行った意味が無駄になるわ」
「つぅ……」
わかっている。
リーサの言いたい事はわかる。
今無理をして出て行けば、もしかすれば運良くギレットを見付け出す事は出来るかもしれない。
だが、それは同時に死神が俺を見つけ出す可能性も秘められている。
そうなれば、先程リーサが言っていたとおりここに俺を置いて行った意味がなくなる。
俺がギレットと合流するのが先か、死神が俺を見つけ出し殺そうとするのが先か……
“どう考えても、俺が先にギレット先生を見つけ出す前に、俺が死神に見つかりそうだな……”
……それにギレットを見つけ出した所で、俺に何か出来るのだろうか?
ローラ会長を殺した? そんな事するはずはない。
と言った所でシュトラーフェの話しを聞く限り、誰も信じないだろう。
死神……
奴に殺されない力を身につけない限り、ギレットは喜ばない。
逆にこの馬鹿野郎と言って、激怒されるのが目に見えている。
しかし、だからと言ってそう簡単に力を身につけれるはずもないだろう?
「はぁ……どうするかな……」
結論を見出せないまま、俺は一先ず動けるまでに体力を回復させるべく眠りに着く事にしたのである。




