第三十七話 いつの間にか返済していた借金
アイブロウが中央広場で、ルドベキアに処刑される少し前……
何も知らない俺は、ペリアの診療所に到着していた。
ペリアの用件は、数ヶ月前に出会った少女シャンマリンの視力の回復が目的だった。
そもそもシャンマリンの目は、完全に失明はしていない。
俺と出会い前からシャンマリンは、ペリアの治療を受けていた。
ペリアはシャンマリンの父親であるセウーに、出来る限り毎日診療所に通うように伝えていた。
セウーも娘を治してあげたいと一心に思い、無理をしてでも毎日のように通い続けていた。
セウーの努力とシャンマリンの諦めない心に答えるかのように、ペリアも【天使のアーツ】を発動はしていた。
それでもペリアの【天使のアーツ】はシャンマリンの視力を回復する事はなく、只状態を悪化させない為の発動でしかなかった。
次第にシャンマリンの目は徐々に悪化し始めた、途方にくれていた時【天使のアーツ】よりも、強力な【白のアーツ】を持つ俺に出会い、ペリアはシャンマリンの目を完全には治して欲しいと話ししてきたのである。
俺としては、シャンマリンや、父親のセウーに是非とも恩返しをしたいと思っていた。
二人に会う事がなければ、俺は『水の街ヴァル』に着く事なく途中で、野垂れ死んでいただろう。
だから、俺は二つ返事で引き受けたのである。
ペリアやセウーさんが見守る中、早速俺はシャンマリンの瞼に手を当て【白のアーツ】を発動する。
ポォ〜と優しい白い波動がシャンマリンの瞼を覆い尽くしていく。
「ルーク君の手暖かいね……不思議な感じがする……」
そして白の波動は静かに消えて行った。
「ルーク君!それでシャンマリンは、どうなったんじゃ?」
セウーの質問に俺も実は、上手く行ったのかわからなかった。
ただいつも通りに発動し、
“シャンマリンの目が見えるようになりますように……”
と念じながら【白のアーツ】を発動しただけだった。
「シャンマリン、目を開けて見て」
「うん……」
俺の言葉にシャンマリンは、恐る恐るゆっくりと目を開けてくる。
「うっ!」
眩しかったらしくシャンマリンは、堪らず目をつぶる。
そして、また目を恐る恐る開けてくる。
「あっ……あぁ………」
「見えるのか!?シャンマリン!?」
セウーの呼びかけにシャンマリンを振り返る、そして……泣きながら、
「うん、見えるよ……お父さん………」
「おおっ!!!」
“ふぅ〜良かったぁ〜”
セウーとシャンマリンが泣ながら喜び、抱きしめ会っている中、俺は黙って診察室から出て行き、外へと歩いていく。
そして、診療所を振り返りながら、
“見えるようになって良かったね……シャンマリン……”
踵を返しアジトへ帰ろうとすると、ペリアは俺を呼び止めたのである。
「ルーク坊や!」
「……ペリアさん」
「黙って行く事ないんじゃない……?」
「いや……あの……シャンマリンの目、見えるようになったし……
あれ以上あそこにいたら、俺……恋しくなってしまいますから………」
「ルーク坊や………」
「というわけでアジトに戻りますね……失礼します…ペリアさん」
「あっ……うん、ありがとう。ルーク坊や!」
俺は会釈し、アジトの方へと歩いていく。
“恋しくなる……”
その相手は誰?
亡くしたご両親?
それとも母となってくれた、セルビア……?
どちらなんだろうとペリアは思いながら、アジトへ歩いている俺の後ろ姿を見えなくなるまで、見つめていた。
ペリアの診療所からアジトへ帰るには、中央広場を通らないと辿り着く事は出来ない。
“シャンマリンの目…見えるようになって本当に良かった……”
そんな事を考えながら歩いていると、中央広場の噴水辺りがやけに騒がしい。
沢山の街の人たちが群がっていた。
“何かあるのかな?”
不思議に思った俺は、噴水の方へと歩いて行く事にした。
しかし、人混みが多く前に進む事は不可能であった。
街の人たちの目線は殆ど、噴水近くにある舞台へと向けられていた。
俺はその場で、背伸びをしながら舞台の上を覗き込んでみた。
「なっ!!」
俺は、自分自身の目を疑ってしまった……
舞台の上では、アイブロウが両手足に枷をされたまま、貴族の男と思われる男の首を締めて殺していた。
そして、そのすぐ側にはルドベキアが立っていたのである。
「なにこれ……?」
思わず思っていた事が、口に出てしまった。
俺の質問に答えるかのように、隣にいた女の人が親切に教えてくれた。
「あのアイブロウって男の人がね『プルキブウム』を裏切って、アーツバスターに街への侵入を道案内したのよ!」
「!!」
“なっ……アイブロウさんが……?”
「それでね、今から『プルキブウム』の代表って人が責任をもって処断するのよ」
「処断って……?」
「つまり、処刑するって事よ!」
「なっ!!」
“ルドベキアさんが……アイブロウさんを殺すって事……?”
ルドベキアは【重力のアーツ】を発動して、アイブロウを攻撃……
つまり殺そうとしていた。
“あんなに仲の良かった二人が何故!?こんな事を!!”
慌てた俺は、ルドベキアを静止しようと舞台に、駆け寄ろうとしていた。
たが、俺の行動を静止するかのように目の前に、ディアルスが立ち塞がってきた。
「ディ……ディアルスさん?」
ディアルスは何も言わず、黙って俺を見つめているだけだった。
「どいてください!ディアルスさん!?早く止めないと!!」
ディアルスは首を横に降り、道を開けてはくれなかった。
「うおおぉぉぉぉ!!!」
「よくやったぞ!『プルキブウム』!!」
「ルドベキア!お前は最高だっ!!」
などと街の人たちは喜び、ルドベキアに拍手を送っている。
「!!」
そんな歓声を聞きながら俺は、再び舞台を見て確認する……
動かなくなったアイブロウ……
涙一つ見せない冷徹なまでに、徹底したルドベキアの顔……
“ディアルスさんが俺の前に立ち塞がらなければ、アイブロウさんは助けられたはずだ!”
そう思うと、思わずディアルスに飛びかかり襟元を握りしめていた。
「なぜっ!止めたのですか!?
ディアルスさんが止めなかったら、アイブロウさんは……!?」
ディアルスは俺の問いに答える事はなく、相変わらずのだんまりを決めたままだった。
ストンッ
と音と共に、俺の首筋に何かが当たった衝撃が全身を駆け巡る。
「うっ……ディ……ディアルスさん………?」
ディアルスの服を掴みながらうっすらと、意識がかすんで行くのがわかった。
“くっくそ……なんで誰も俺に詳しく教えてくれないだ……
俺だって俺だって……
みんはの役に立ちたいのに……”
俺はディアルスに、気絶させられていた。
そして気絶した俺をディアルスはアジトへと運んだのであった。
◆◇◆◇◆
見慣れた天井を見ながら、俺は目を覚ました。
俺がいつも使っている客室だ。
「………」
“何故ここにいるんだろう……えっと……”
一つずつ整理してみた……
そして、全てを思い出した俺は、そのままルドベキアの部屋へと走って行く。
乱暴にドアを開けながら、ルドベキアの部屋に入りながら大きな声で、ルドベキアに対して声を張り上げていたのである。
「ルドベキアさん!!」
しかし、ルドベキアはちらっと、俺の方を向いただけで目を合わせてくれなかった。
そんなのは、御構い無しに俺はルドベキアを問い詰めて行く。
「なぜ、アイブロウさんを殺したのですか?」
「……見ていたのか?」
「えぇっ!ペリアさんからの呼び出しが終わって帰る途中に!!」
「そうか……」
それだけルドベキアは言い、それ以降書類を書いたまま一度も俺の顔を、見る事はなかった。
そんな態度に俺は怒り、ルドベキアの机の上にある書類を、手で払いのけ床に落とす。
「ルドベキアさん!!」
「なんだ?」
「なぜ、アイブロウさんを!!」
「お前に話す必要はない」
「なっ!!」
“俺に話す必要はない……
俺は『プルキブウム』の一員ではないの!?
仲間ではないの!?
……”
そう思うと段々怒りが、込み上げて来た。
「そもそも、俺のやり方が気に入らないのなら、出て行ってもらっても一向に構わないぞ」
「えっ!?」」
ルドベキアの思ってもいなかった返答に俺は、目を丸くしてしまう。
「出て行くにも、俺はまだ借金返しきれていないはずですよ!」
「あぁ、それなら心配するな……」
そう言いながらルドベキアは、一通の書類を俺に渡してきた。
そこには……
______________________
『治療費代請求書』
⚫患者名:ルーク
⚫治療費:257万5743スウー(諸費用込み)
⚫請求金額:250万スウー
⚫支払い方法:一括のみ
⚫その他:患者本人に現在の所、支払い能力は皆無である
よって『プルキブウム』代表ルドベキア・フォン・ガーファンクルが、一括で支払う事とする
『返済依頼書』
⚫氏名:ルーク
⚫受取人:『プルキブウム』代表ルドベキア・フォン・ガーファンクル
⚫利子:なし
⚫支払い方法:『プルキブウム』で依頼をこなし、何年かかったとしても必ず返済する事
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と書かれた書類には、大きく返済完了と印が押されていた。
「えっなんで、ですか?」
「今日お前が、ペリアの元で回復したシャンマリン?だっけ?
正式に『プルキブウム』の依頼と受理した。
そしてお前は無事に依頼を達成。
よって先程報酬金を俺は、ペリアから受け取った」
「それにより、お前の俺への借金は無事に全額返済された。ご苦労さん!」
「なっ……!!」
「と言うわけで、お前はもう自由だ。
何度も言うが、俺のやり方が気に食わないのなら、今すぐ出て行ってくれるか?」
「そっそんなの……納得出来ませんよ……」
「だが、正論だろ?」
「くっ………」
拳を握りしめ、はにかみながらも黙って俺は、ルドベキアを睨みつけていた。
「元々お前は、『プルキブウム』の人間ではない……
やるべき事が終わったんだ、もうここに留まる必要がどこにある?」
「でも………」
「旦那〜宴会の準備ができましたわよ〜」
真剣な話をしている中、空気を読めないのかドアを開け一人の女性が、ルドベキアを呼びにきたのである。
「おぉ、そうか……今行く」
ルドベキアはそれ以降俺と目を合わせる事なく、食堂へと行ってしまった。
“宴会……? 宴会ってなに!?”
ルドベキアの部屋を後にした俺は、食堂をチラ見してみた。
食堂では殆どの『プルキブウム』のメンバーが、お酒を飲みながら楽しく宴会を開始していた。
“アイブロウさんが死んだのに……
アイブロウさんだけではない、たくさんの人が死んだのに……
なぜこんな事を平気で行えるのですか……?”
そう思いながら俺は部屋へと戻り、呆然としながら旅の身支度を始めた。
自然と怒りはこみ上げて来る事はなかった。
涙だけが、俺の意に反しているかのように静かに流れ落ちていた……
“出て行こう……
ここに俺の居場所はないようだ……
うん……次は、『風の街サイクロン』か『土の街グランディ』に行こう……”
身支度を終えた俺は、ルドベキアにもペリアにも何も言わず、逃げるかのように『水の街ヴァル』を後にした。
俺はもうここに居たくなかった……
◆◇◆◇◆
大いに盛り上がった宴会も終わり、『プルキブウム』の皆は寝静まっていた。
本来ならルドベキアは、これから雑務をこなす予定なのだが、やろうという気分には到底なれなかった。
ルークの部屋に足を運んだルドベキアは、部屋に何一つ荷物は残されておらず、綺麗に掃除され整理整頓されている部屋を見て一言……
「旅立ったか……」
と呟いていた。
ルドベキアも『プルキブウム』の皆も、死んで行った者たちを悲しんでいない訳ではなかった。
本当は誰もが悲しみ、泣き喚きたかった。
しかし、ルークに危険が迫ってきている以上、皆が皆その悲しみを封印し明るく振る舞いながら宴会で盛り上がる!と言う事で一芝居打ったのである。
ルークに『出て行け』とは言ったが、ルドベキアは別にルークが望むならずっとここに居ても、いいとさえ思っていた。
秘書が忠告するまでは………
実はルークはかなり危険な状況に、陥っていたのであった。
アーツバスターたちを、撃退したルークの功績はかなり大きかった。
貴族たちは今後の再びアーツバスターたちの襲撃時、己自身の保身の為だけにルークの力を当てにしていた。
その為異例ではあるが、貴族たちはルークを貴族専用護衛軍に招き入れ様としていた。
ルークの力があれば、我々貴族だけは死なずに済む……
そう思っていた貴族たちは、アイブロウに殺された貴族の男を筆頭にルドベキアに、ルークを引き渡すよう命令書を出していたのである。
考え方によっては、貴族専用護衛軍に抜擢されるという事は、大変名誉な事なのかもしれない。
しかし、ルークは『水の街ヴァル』の人間ではない……
そして十五歳になった時、ロールライトへ帰らなければならないのである。
例えルークが、貴族専用護衛軍に入隊したとしたら、ロールライトへの帰還は絶たれ、今までの生活とは真逆となり、自由のない束縛の時間が増えどんなに理不尽な事があったとしても、逆らう事は出来ず只々グッと耐えなければならなくなるのである。
それに、ルークの背中の烙印……
メリットの殆どが思い浮かばず、デメリットばかり浮かび上がる中ルドベキアは今の今までずっと、その命令を無視し続けていたのである。
貴族たちは、ルドベキアがルークを引き渡さない事に怒り、対策を練っていた時にアイブロウの裏切り行為の発覚……
それを理由に貴族たちはルドベキアに、ルークを正式に貴族専用護衛軍へと打診してきたのである。
この事をルークに話せば、アイブロウを助けるべく、貴族専用護衛軍に入隊し背中の烙印を見られ処刑される……
そして、貴族たちは約束を違えアイブロウをも処断する……
そんな未来予想図が出来上がる中、ルドベキアは考え頭を悩ませていた。
アイブロウも救いたい……
ルークは絶対貴族専用護衛軍に、入隊させるべきではない。
となれば……ルークを『水の街ヴァル』から、追い出す……
只、出て行けと言ってもルークの性格上素直に聞くはずもなく、自らの意思で出て行く気にさせる事……
と結論を出したのは良かったが、出て行かせるにはどうしたらいいのか?
ルドベキアは数日悩み続けていた。
しかし、良案は浮かばず先にアイブロウの処刑のタイムリミットを、迎えてしまうのであった……
確かにアイブロウの死は、ルークをこの街から追い出すきっかけになった。
“だが、本当にあの時ルドベキアはアイブロウを、殺すべきだったのか……?”
そんな結論のでない問いかけにルドベキアは、後悔の想いしか残ってはいなかった。
「ふぅっ〜」
ルドベキアはため息をつきながら部屋に戻ったルドベキアは、筆を取りセルビア宛に今までの経緯を、報告する手紙を書いていた。
◆◇◆◇◆
俺は『水の街ヴァル』を出発し、西へとひたすら歩き検問所を目指していた。
途中何度かアーツバスターの残党に襲われる事があったが、余裕で撃退し一週間程歩き続けた頃俺は、検問所に到着したのである。
手続きを済ませ検問所を通ろうとした時、俺の肩をポンポンと二度叩く者がいた。
後ろを振り向くとそこには、ディアルスが立っていたのである。
「……ディアルスさん?何故ここに……!?」
『水の街ヴァル』篇終了です
次回より新章開始します
次回は十一月初旬更新予定です




