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75話  宰相閣下、お久しぶりですね。

 薬を飲むとしばらく横になって過ごした。


 なんだかふわっと体が軽くなってきた。


 嘘のようだった。鉛のように重たかった体が軽く感じる。


 足をそっと動かしてみた。


 ベッドから出て立てるかしら?



 ガタッ!


 やっぱり立てるほど力はないみたい。


 ヨゼフや屋敷の使用人のメイドが音を聞きつけて慌ててベッドへ戻してくれた。


「どうしたのですか?」


「ごめんなさい……先生が治療薬をくださったの……だから少し動いてみようかなと思って」


 苦笑いをしたわたくしをみてヨゼフが少し驚いた顔をした。


「ヨゼフ……?」


「今日のブロア様はいつもよりお元気に見えます」

「わたしもそう思います」


 ヨゼフもメイドもわたしの様子に驚いていた。いつもぐったりして死を待つばかりの姿しか見ていなかったものね。


 わたくし自身も驚いているわ。


 お母様の日記から出てきた手紙に書いてあった薬。本当によく効くみたい。


 と言ってもほんの少ししか薬を飲んでいないので効果もほんの少し。


 だけどこの状態なら車椅子に乗ればお父様に会いに行けるわ。


 わたくしを護衛しているお父様付きの騎士にお願いして王城へ向かうことにした。


 もちろん反対されたし、断られたけど

「サイロを助けたい。そしてあなた達の立場をこれ以上悪くはしたくない」と告げた。


「もうかなり体調も安定したから大丈夫よ」


 明るく笑っていえば、騎士達はホッとして信じてくれた。


 わたくしがずっと寝込んでいる姿を見てきたので、まさかこんなに元気になっているとは思っていなかったようだ。


「しかし宰相はブロア様はアリーゼ国へ向かっていると思っているはずです」


「ううん、サイロを無実の罪で捕まえてそのうえ、無理やり自白させたのよ。あれは全てわたくしへのメッセージなの。『大人しく言うことを聞け』と言う、わたくしがこの国にいることは知っていると思うの」


「そんな……」


「お父様はわかっているの。だからわたくしはどうしても会いに行くの。サイロを助けられるのはアリーゼ国では無理。他国であるこの国でしかチャンスはないの」


 ーーわたくしの命もあと少し……それに他国の方がお父様もこれ以上無茶な事は言えないはずだもの。


 わたくしが王城へ行くと言い出したのを聞きつけてエイリヒさんが慌てて顔を出した。



「ブロア様、サイロのことは聞きました。あなたはこの別荘が誰のものか知っていますか?」


「なんとなくですが、ある人物の名前は浮かんでおります。………とてもご迷惑をかけたと思っております。だからこそ名を知らぬままこの屋敷を出たいと思っております。これ以上ご迷惑をおかけしたくはありません」


「しかし彼はあなたのためなら動いてくれると思います。少しは頼られたら如何ですか?」


「ダメです。わたくし如きのことでご迷惑はこれ以上かけられません」


 ーー今、体が動ける。先生のおかげ。

 何度弱っていても薬を作ってくれた。


 お父様はわたくしが嫌いだった。だけど感謝しないといけないわ。先生に命じて長年この病の治療法を探してくれた。

 おかげで体調が悪くなっても不味い薬や苦い薬を改良してわたくしの体に合わせて薬を作ってくれている。


 先生がいなければとっくの昔に死んでいただろう。


「エイリヒさん、今までお世話になりました。わたくしお父様と話をしたらアリーゼ国へ帰ります」

 わたくしは何もお返しできない。

 お礼を言うことしか出来なかった。


「ミリナに最後に会えなかったこと、お別れを言えなくてごめんなさいとお伝えください。

 そして皆さんにご迷惑ばかりかけてすみませんでした。ありがとうございました」









 お父様のいる王城へと向かった。


 お父様がいる部屋へと案内された。


 車椅子に座っているわたくしのことなど気にもしていない。



「遅かったな、サイロのことを聞きつけてもっと早く来ると思っていたぞ」


「これでも急いだつもりなのです」


「そうか………部屋の中に入れろ」


 お父様がそばにいた男性に声をかけた。


 扉を開けて入ってきたのは……


「………セフィル?」


 何故?彼がここに?


「ブロア………すまない驚かせて。君は俺がこの国にいると聞いたら会ってくれないと思って内緒にしてもらっていたんだ……」


 セフィルはとても暗い顔をしていた。


「サイロを助けられなくてすまない。俺が今できることはこれしかない」


 わたくしの耳元で彼は小さな声で謝ってきた。


 何故、あなたが謝るの?何故ここにいるの?


 聞きたいことはたくさんある。


 だけどお父様はそんなわたくしの気持ちを無視した。


「ブロア、ここに婚姻証明書がある。さっさとサインしろ。お前はわかっていてここに来たんだろう?」


 セフィルとの結婚。それがサイロを助けることになるのね。


 お父様は自分の思い通りにならないと全て気がすまない人。わたくしが少しでも逆らって屋敷から逃げたことが、ここまでたくさんの人を巻き込んで迷惑をかけてしまったのね。


「宰相閣下、セフィルには愛している人がいるの。わたくしそんな人とは結婚はできないわ。

 サイロをそんなことに巻き込まないでください。サイロは盗んでなんかいないことは宰相閣下が一番わかっているでしょう?愛妾であったサマンサが持っていたのでしょう?彼女はわたくしからお母様の宝石を取り上げるのを楽しんでいたわ。ルッツとサマンサの関係を考えればどちらが持っていてもおかしくないもの」


「お前は……」


 わたくしの言葉に憤慨しているお父様。だけど、ネックレスの話はウエラから聞いていた。サイロがサマンサのところへ行って取り返したこと。わたくしにネックレスを渡せばすぐに死んでしまうのではと心配してくれたこと。


 わたくしの症状が思った以上に悪いのは無理して長旅をしたことと無理やり強い薬を飲んだことにある。もちろん大怪我もあり、ずっと体調が悪かった。


 最近は先生の薬がうまく作用して少し落ち着いていたけど、もうベッドから出ることはないだろうと思っていた。


 まさか、薬のおかげでお父様に普通の姿で会えるとは思わなかった。


 ま、車椅子だけど、お父様はそんなこと気にもしていない。必要なのはわたくしの直筆のサインだけ。

 それと、わたくしがお父様に従う姿を見せることだけ。


 自分の思い通りにさえなればいいのだろう。


 娘の体調なんて気にもしていない。


「お前は、わたしの言うとおりにサインをしたらいいんだ。セフィルも了承している。サイロがこのまま罪人になるのかならないのかはお前次第だ」



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