69話 セフィル編 11
「セフィル殿、ブロア様のところへ行ってどうされるのですか?」
エイリヒ様が尋ねた。
そんなの決まっている。
今更だけど『愛している』と伝える。そして婚約解消などしない、結婚しようと伝えるつもりだ。
そう思っているのに……返事ができない。
ブロアに会いたい。その思いだけでここまで来たのに……
俺はブロアに会う前に行かなければいけないところがある。
「俺は……サイロを助ける」
「お一人で?」
呆れた顔をしたエイリヒ様とギルド長。
「こう見えてもアリーゼ国ではそれなりの役職にいるんだ。護衛騎士達とは顔見知りなんだ。城内にさえ入れればなんとかなる」
「無謀ですね」
「ええ」
「そんなことはわかっている。だがアリーゼ国の宰相の娘の婚約者なら会いに行けるだろう。宰相に面会の申請書を出して出来るだけ早く会えるようにする」
「まあ、とりあえず様子を見ますか」
ギルド長が苦笑しているのがわかる。
俺はそれを無視して今夜泊まる宿を紹介してもらった。
そしてギルド長に頼み、宰相と会えるように面会の申し込みをしたら、すぐに返事が来た。
宰相は俺がこの国にいることに驚いてはいるだろう。だけど、ブロアを追ってきていることは伝えていない。
別の仕事としてこの国に来ていることにしている。
城内に入って仕舞えば……
他国でどこまで動けるかはわからない。だが、サイロをこのまま牢に入れておくことはできない。
彼が盗むはずはない。
ネックレスの話を聞いてすぐにわかった。あの屋敷でのブロアはとても居心地が悪そうだった。それでも彼女は常に笑顔で過ごした。俺に悟られないように。
結婚したらあの屋敷から連れ出して、小さな屋敷で暮らそうと思っていた。そうすれば助け出せる。そう思っていた。
サイロは多分ブロアの大切なネックレスをあの屋敷の誰からかブロアのために見つけ出して持ってきたのだろう。
ブロアはいつも母の形見の宝石を大切にしていた。それの一つではないか……だからこそ、サイロが持っていたのだろう。
サイロが無罪だと分かれば牢から出られるはずだ。宰相が邪魔さえしなければ。
俺は安易に考えていた。
まさか……宰相があそこまでおかしくなっているなんて思いもよらなかった。
宿から見える海の波を見ながら、この同じ国のどこかに居るブロアのことを考えずにいられない。
でも今はブロアの大切な護衛騎士を助け出すことを優先にしなければ。もうブロアが悲しむ姿は見たくない。
会いに行くならブロアの笑顔が見たい。
俺はブロアがあんなに体調が悪いなんて思ってもいなかった。もしこの時知っていたら……サイロのことより先にブロアに会いに行っていたかもしれない。
「お忙しい時に時間を取っていただきありがとうございます」
宰相は王城内の客間で仕事をしていた。
俺の顔をチラッと見るとまた書類へと目を向けた。
一言も言葉を発しようとしない。
かなり不機嫌なのはわかった。
俺は声をかけられるまでじっと立ち尽くすしかなかった。
周りにいた官僚や文官、騎士達は宰相のご機嫌を伺いながら仕事を進めているので、空気はピリピリとしている。
しばらく待っていると
「なんでお前がこの国に来ているんだ?」
と不機嫌な声で聞かれた。
「宰相もご存知だと思いますが、今後この国と我が国は大掛かりな取引が始まります。そうなれば互いの国の行き来が活発になり、犯罪や争い事も増えることになります。そのため、こちらの警備体制など話し合うために来たのですが……まずは一人旅をすることで、道の具合や宿など見て回り安全性を確認しておりました。
調査のため先に一人、入国したのですが、宰相も打ち合わせで来られていると聞いて、急ぎ挨拶をと思い、顔を出させていただきました」
この言い訳はエイリヒ様から教えてもらった知恵だった。
俺がこの国に一人で来ていても疑われないようにと。
「そうか………セフィルは………いや、いい。騎士団から調査の話は聞いていた。思ったよりも早い動きだったみたいだな、ひと月先になるかと思っていたが……」
なんとか疑われずに済んだ。
胸を撫で下ろした。
とりあえず挨拶だけしたら部屋を後にして、サイロを探しに行くつもりだった。すぐに助け出せなくても、無罪だと分かれば出すのは簡単なはず。
「少し話をしよう。みんな休憩をとってくれ。セフィル、そこに座りなさい」
みんなは頭だけ下げると部屋を後にした。
重たい空気の中で宰相は俺をじっとみつめていた。
「ブロアがどこかに行ったことは知っているのか?」
「屋敷を出たことは聞いています。宰相、どこへ行ったのかご存知なんですか?
わたしはお恥ずかしい話ですがブロアに婚約解消を言い渡されております。もちろん婚約解消するつもりはありません。しかし、なかなか会ってもらえずにおりました。
なので宰相に今日お会いして今の気持ちをお伝えしておきたかったのです」
ーーこの言葉は全て本音でもある。だから演技ではなくすらすらと言えた。
「気持ち?」
呆れた顔をした宰相。
「ええ、わたしは、ブロアと婚約解消するつもりはありません、彼女を愛していますから」
「あーー、そうか……」
自分でも間抜けな発言だと思う。
本当の気持ちではあるが、こんなこと言えば宰相に利用されるだけだとわかっている。
「セフィル……ブロアが見つかったらすぐに結婚証明書にサインをして提出しておかないか?」
「えっ?ブロアが見つかったのですか?」
「そうだ……連絡が入った。今、アリーゼ国へ連れ帰っていると聞いている」
「よかった……心配してたんです。無事で何よりです。彼女と結婚できるのなら喜んで先に入籍したいです」
ーーこの人は、ブロアを利用することしか考えていないんだ。彼女が体調悪いと聞いているのに、心配もしていないのか?それに、ブロアの体調のことも俺に教えるつもりはないようだ。
「わかった……早めに書類を用意しておこう」
「わたしも早く仕事を切り上げて、国へ帰らなければいけませんね。宰相はあとどれくらいこの国に居られるのですか?」
「わたしか?そうだな……あと数日かな」
ーー数日……
ブロアが国に帰っていないとわかったら騎士達は罰を受けるだろう。
なんとかしなければ……
「わかりました……ブロアに会えること楽しみにしております」
俺は頭を下げると急いで騎士達のところへ向かった。




