67話 サイロと宰相閣下。
「サマンサとルッツ……はっ、馬鹿馬鹿しい。サマンサは……」
わたしを愛していた?いや、愛などなかった。
わたしが愛したのはジェリーヌ。サマンサは欲を発散させるためだけの女。
その女が、ルッツと関係を持っていてジェリーヌの宝石を盗んでいた。
サイロが、ジェリーヌの宝石をかなり盗んでいたと言い出した。
「宝石はブロアが譲り受けたはずだろう」
わたしはそう思っていた。
「確かにブロア様にも譲られましたが、かなりの数、サマンサが持ち帰りました。
『旦那様のお相手をしたのだから』と当たり前のようにね」
ーーこいつ、態とたくさん騎士達のいる前で発言したな。
もう一度鞭でサイロを打った。
サイロは痛みをグッと堪えた。
少しくらい辛そうにすれば手を抜いてやるのに、こいつは昔っからブロアと一緒で生意気な男だった。
わたしに逆らったり意見を言う男気なところが気に入っていたので、放置していたがつけ上がってしまった。
「サイロ、お前が盗んでいないのなら何故あの時ブロアが驚いた顔をしていたのだ?」
「はっ……何故そんなところは見ていて、ブロア様自身を見ないのですか?」
「お前はいちいち感に触る言い方しかしないな。もういい」
騎士達の方を見て鞭を返した。
「しっかり調べ上げろ!手は抜くな」
ブロア自身を見ない?
見てなんになる?あいつはジェリーヌに似過ぎているんだ。わたしはジェリーヌが死んだ時全てを捨てたんだ。
家族への愛も、情も。
あるのは宰相としての誇りと公爵家の当主としての責任だけだ。
ブロアとセフィルの結婚は決定だ。今更、変えるわけにはいかない。これ以上の醜聞は公爵家の名を貶めてしまう。それすらわからない無能なブロアは屋敷に閉じ込めてもう外に出すことはないだろう。
主治医達にも多少責任を問わなければ。ブロアと共に姿を消したのだからな。
ウエラとヨゼフは連れ帰って鞭打ちの刑が待っている。
サイロはこのまま、この国で罪人として置いて帰るつもりだ。
ブロアのそばに置いておくには、邪魔な存在でしかない。
頭を整理したおかげか、少し苛立ちがおさまった。ルッツとサマンサはこれからさらに罪を暴き出し、死んだ方がいいと思うくらいの罰を与えてやろう。
「ブロアのことなど、どうでもいい。あれはわたしの道具でしかないんだ」
サイロに向けてわたしはそう返事をした。
ーーーーー
ーーサイローー
「はあー、体より心がいてぇな」
牢の中で呟いた。
ブロア様はあんなに優しい人なのに、なんで父親はあんな奴なんだ。
ブロア様を見れば分かるだろう?
どう見ても体調を崩していることを。
自分の妻が亡くなった時のことを覚えていないのか?同じ症状の娘を見ても、『どうでもいい』だと?
くそっ!本当はブロア様の病気のことを伝えてなんとかアリーゼ国へ向かうことを阻止しないといけないのに、あんな奴に話したくなかった。
多分あの人は誰からもブロア様の体調のことを聞かされていない。先生もウエラ達も黙っているのだろう。
ブロア様はどうなっているのだろうか。あの宰相なら死ぬ前に無理やりセフィル様と結婚させて、ブロア様が死んでいくのを放置するかもしれない。
なんとかここから抜け出せないか。
知り合いの騎士に話しかけた。
「ブロア様はどうなったか知らないか?」
「サイロ、俺たちはブロア様に恩義がある」
そう言うと騎士は口を閉じた。
その顔は悔しそうにしていた。ならば、良心に訴えればなんとかなるかもしれない。
「だったらブロア様を無理やりアリーゼ国へ連れて帰らないでくれないか?今体調が悪いんだ。あんな状態で長い時間の移動なんてしたら死んでしまうかもしれない」
「お前に言われなくても見れば分かる。俺たちだってブロア様に無理強いなんてしたくない。だからなんとかしようと動いているんだ。宰相様にバレたら困るからお前のことは助けられないかもしれない」
そう言うと、牢の中にポイっと何かを投げ入れた。
「なんだこれ?」
「………傷薬……」
「プッ!ありがとうな、使わせて貰うよ」
俺は笑いながら背中に薬を塗ろうとして……
「なあ、背中、塗ってくれないか?よく考えたら自分じゃ塗れないんだけど」
「ったく、手がかかるな。かせ!塗ってやるから」
「わりぃな。頼む」
檻に背中を向けた。
「はあー、こんなに腫れ上がって……どう見たって盗んでないこと分かるだろう。あの人、ブロア様のことになると異常なくらい感情的になってしまうんだ」
そう、娘のことなんて駒でしかないとか、なんとも思っていないと言いながら、ブロア様に『宰相閣下』と言われるたびに、顔が引き攣っている。
本当は娘に対して感情なんて捨てていない。ただ歪みまくってもうどうしようもなくなってしまっているだけのくせに。
そのまま歪んでしまっていればいい。
ブロア様の今までの苦しみに比べれば宰相の苦しみなんてどうってことはないんだから。
ブロア様……もう会えないかもしれない。だけど、最期までどうか辛い思いだけはしないで欲しい。
俺は傷薬を塗ってもらいながら、騎士に話しかけた。
「頼む…ブロア様を守ってくれ。もうこれ以上辛い思いだけはさせないでくれ…そのためなら俺の命なんて捨ててもいい。ブロア様を頼む」
「お前に言われなくても、俺たちは守るよ。今まで守ってあげることすら出来なかった。だけど今回は……守らせて貰うよ。ブロア様は何があっても俺たちに弱音を吐かない人だった……周りのことばかり気にして、自分が辛くても一人耐える人だった……騎士なのに俺たちが守られていたんだ」
ーーブロア様は今どうしてるんだろう………




