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野生の勘※

生涯、忘れることはできないだろう。

彼女、クローディアのことをそう思った。


日頃はいけすかないと倦厭(けんえん)していた、文官を勤めるその人。


彼女と出逢ったのは、エマール第三騎士団長の導きによるものだ。

それが良い縁だったのか、悪い縁だったのかは分からないが。


頭が良いとは、自身でも思っていない。むしろ、馬鹿な方だとすら自認している。

ただ、勘が良い。


昔から、『この人は危ない人だな』と思った人が詐欺師であったり、借金を友人に押し付けて蒸発していた、なんてことがあった。


或いは『こっちの道は通ってはいけないな』と思った方が、たまたま魔物が生息していたりだとか。


勘のお陰で、ここまで生きてこれたと、むしろ自身の勘の良さを誇りにすら思っている。


その勘が、彼女に出逢った瞬間から鳴り響いていた。


危険人物だから警鐘を鳴らしているのとは違うし、かと言って勿論色恋の話でもない。


とにかく自身でも上手く表現ができなかったが、頼りの勘が告げていたのだ。

決して、彼女の不興を買うなと。


そのせいかおかげか、当初は、相当に警戒感を露わにしていたと彼自身も思っている。


彼女と行動を共にする中で、彼女を良い人だと思うことは何度もあった。

打ち解けて、親しく話す仲にもなった。


けれども、頭のどこかで冷静に彼女を観察している自分がいた。


そして、そんなある日のこと。

第三騎士団に、非常に厄介な支持が飛んでいた。

それは、ベザード商会の捕縛。


普通の商会であれば良い。

けれども相手は貴族が庇護し、国家の公共事業にも関わる商会だ。


より進捗な対応が求められるのは明白。

それなのに、訴え出たのはヴィラード侯爵家。


国の重鎮たる家門であり、ベザード商会に忖度して調査を遅らせられる相手でもない。


これは厄介な……と思ったところで、彼女が共闘を申し出て来た。


彼女からのエマール騎士団長への指揮権継承の申し出は力強く、純粋に、彼女のことを頼りになる人物だと思った。



……同時に、完全に落ち着いた様子が異質だった。



そして、彼女に疑問を投げかけた瞬間。


『はて、待っていたとは?』


血が、凍るかと思った。


『あら……まあ。なかなか面白い考えですわね。一平民の文官に過ぎない私が、ヴィラード侯爵家と話ができると?仮に私が善意の第三者として忠告しようとも、笑われるか怒られるかのどちらかでしょうね』


戦場にいる訳ではない。

それなのに、命を脅かされる時に感じる独特な緊張感を味わうとは……思いもよらなかった。


突拍子もない質問をしたことを、深く反省するぐらいには、恐怖を感じたのだった。


同時に、理解する。

何故、あんなにも初対面の時から警鐘が鳴っていたのか。


表面上は、さして変わらない。

相変わらず、頼りになるような力強い声色と優しい笑顔。


けれども、ほんの一瞬。

不用意な質問を投げかけた、刹那。


ぬるりと絡みつくような、圧。そして、見定めようとする視線。


彼女にって触れて欲しくない急所に、無自覚ながら触れてしまったのだと理解するのに、時間はかからなかった。


幸いにも彼女の中で許容範囲内だったようで、その後はいつもと変わらず丁寧かつ柔らかな対応で彼に接していた。


……心底安堵したのは、言うまでもない。



彼女の本質は、抜き身の刃だ。


そう、彼は悟った。


彼女の中にあるものは、極限まで研ぎ澄まされた力だけ。


その力を振るうのに、何の躊躇もない。


目的の為あらば、無造作に振るわれる力。



けれども、同時にその刃には部分的に包帯が巻かれていた。

それが、何なのかは彼にも分からない。


多分、彼女の無機質な力を抑え込んでいる優しさ的なものだと想像している。


……ただ直感したままの感想だ。


勘が正しければ、あの刃を抑えつけられるものがよくぞ存在するなと、素直にその存在を褒め称えたい。


ともかくその日、彼は彼女の本質を一端でも掴んだ。


そして彼は、改めて彼女の不興は買わないと心に誓ったのだった。


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