雪解け
「……昨年度のストラグル伯爵領の収支報告書については、再度精査をした方が宜しいかと。当該地域の気候は安定しており、作物が不作となる要因はなかった筈です」
収支報告書を渡しつつ、カールに問いかける。
同領地の過去収支推移や同年度の近隣領地との比較等の分析結果を記載した資料も、合わせて渡した。
「あ、ああ……」
「逆にアーキン伯爵領は、先の大雨の被害が深刻ですので、国としても補助を出すか検討に出す方が良いでしょう」
大雨の被害地域や、現状の復興情報等を記載した資料を渡す。
「そうだな」
気がつけば、カールの机はかなりの書類が溜まっていた。
若干、彼の顔色に疲れが見えた気がする。
「それから、この国では天候のデータを蓄積しない理由はあるのでしょうか?」
「天候データ?」
「日々の気温、天気を記録として残したものです」
「民間で行なっている可能性もあるが……何故、国が行う必要がある?」
「完全にとは言えませんが、ある程度、規則性があるからです。例えば大雪の次の年は夏場が異様に暑いだとか。データを蓄積し分析すれば、備えるのに有効かと」
「記録を取るだけならば、さして手間もなくできるだろうが……膨大なデータを分析する人員を割り当てるとなると、検討が必要だな」
「ならばまずは各地の駐在文官に、記録化を願いましょう。有用性が理解できるのは、ある程度データが溜まってから、つまり年単位で時間がかかります」
「確かにそうだな。先にデータだけ集め、ある程度溜まった段階で、有用性検証の為に過去を比較して規則性があるかを確認すれば良いか……」
「仰る通りかと」
「分かった。早速、各地の駐在文官に伝達する。それから、発注に関する手続の検討は何か進展があったのか?」
ベザード商会の事件を受け、行政が何かしらを外部に委託する時の手続きを定めることになっている。
「監視機能の設置、という方向で考えています。発注書や請求書に対する精算から、不正が起こっていないのかをチェックする職務の人員を財務部の外に置くイメージです」
「それなら、記録化も併せて検討したらどうか?発注する際には財務部宛に申請書の提出を必須化し、当該申請書には、何故その商会に発注するのかという理由を記載するようにする。そうすれば、後々のチェックも精度が高いものになるだろう?」
「確かにその通りですね。もう一度、財務部と議論してきます」
「分かった。……それなら収支報告と補助の件は、私の方で関係部署と議論をしておく」
「よろしくお願いします」
話し終えると、再び机に視線を向けた。
机に積まれた書類を処理する為だ。
カリカリ、と何かを書く音だけが部屋に響く。
カールの方からも動揺に書き物をする音が響くので、同じく彼も書類の処理を再開したらしい。
暫くそのまま、互いに無言で机と向き合う。
そうして自分の作業に夢中になっている間に、カールが会議で部屋を出て行った。
「……本当に、仕事が好きですねぇ」
彼が出た後、これ幸いにとアルフェがひょっこりと顔を出す。
……丁度良い、休憩にするか。
「好きというか……ま、やらなければならないことが多いってだけかな」
「でも、あのカールとかいう男がボヤいていましたよ。一人の時より、二人になった後の方が仕事が増えたって。貴女が仕事を持ち込むからでしょうね」
「君、王宮内で盗聴まがいのことをしているのかい?」
「別に意図してじゃないですよ?そこら辺を散歩していたら、勝手に耳に入ってくるだけです」
「ま、良いけど」
立ち上がって、備え付けの水差しから水をカップに入れる。
そのまま、魔法で温めてお湯に変えた。
「折角、仕事の話ができるようになったからと言って、張り切り過ぎでは?」
「はは、確かに彼の態度が軟化したのは、ありがたいことだね。お陰で、仕事が少しはやり易くなったよ」
ベザード商会の一件以来、カールはしっかりと仕事を割り振りしてくれるようになった。
加えて、意見を求められたり、逆に助言をくれたりもしている。
見事な掌返し……と思わなくもないが、彼を責めるつもりはないので、素直に認められたと受け止めている。
「ただ……私としては、当たり前のことをしているだけだぞ?仕事は貰うだけじゃなくて、創り出さないと」
「正論なんでしょうけどねぇ……」
「つまるところ、生産性の問題だよ」
カップに淹れた湯を飲んだ。
体が温まると、心が緩む気がするのは何故だろうか。
「さて、それじゃ殿下のところに行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
彼の見送りの言葉を背で聞きつつ、そのまま部屋を出て行った。




