ご進講
「内容を要約すると、各領地の経済力強化だ」
ディランの言葉に、私は頷く。
経済力は中央一極集中よりも分散している方が望ましい、という内容だ。
「理由も頷ける。災害対策、王都の人口増による治安悪化への対策、各地の特産物保護、金の巡りをよくすることで国全体の経済力の底上げ……。だが、幾つか分からないことがあった。まずは国境の維持、だ」
「まず前提として、この国と他国は地続きです。仮に国境の村から人口流出が続き、その場所に他国の者が移住したら?あるいは、他国の方が流通が良く、村そのものがに恭順してしまったら?」
「ああ……読めた。他国からの実効支配を恐れてのことか」
「はい、仰る通りです」
「だが、そんなに簡単に移住するか?例えば農業を営む者は土地を簡単に捨てられないだろうし、故郷に愛着を持つ者もいるだろう。他国への恭順も同様だ」
「……殿下。私は数年先の話をしているのではありません。数十年、あるいは百年以上先の話をしています」
「……ほう?」
「仮にこのまま王都への一極集中が変わらなかった場合、確かに王都は富むでしょう。ですが経済格差が生まれ賃金格差が拡大すれば、豊かさを求めて移住が加速するでしょう。人が減れば、当然のことながらどんどん利便性は低下していきます。そうなった時に殿下の仰られるような方々も、果たして残り続けることはできるのでしょうか?」
「……その通りだな。だけど、領地を富ませることで離反者が出るリスクはどう考える?」
「特定の領地のみを富ませることは、論外です。重要なのは、全体の底上げです」
「力関係には配慮する、ということか」
「はい。尤も、この国では各貴族が私有軍を持つことは禁じられており、治安維持の為の自警団のみしか持っていません。それ故に、兵力を集めた段階で、すぐに察知ができそうなものですが」
「……まあ、それは確かにそうか」
「話を戻しますが、領地全体の底上げが叶えば、必然と税収が上がり王家に返ってきますので、最終的には王家も富むことになるかと」
「なるほど……。とは言え、言うは易しの典型だな。第一段階の道路整備、これすらも調整には難航するだろう。特に、攻め易くなるという観点で、領主は警戒するかな」
「お金を動かすためには、人と物が動くことができる環境の整備が必要です。ダンニル子爵領で道路整備を行いましたが、その前後での税収の変化はお渡しした資料に記載の通りです」
「ああ、見たよ。随分と向上したものだ」
「勿論、それだけが税収を向上させた理由ではないですが。とは言え、その有用性を理解した近隣の領では、同様の試みが開始されています」
「ああ、そうみたいだな」
「そこに、国として乗れば良いのです。道路整備を進んで行う領を何らかの形で優遇する、そうして後押しをすれば広まり易くなるかと」
「なるほど……自発的な動きを推し進める訳か」
「はい、その通りです」
パラパラ、とディランが資料に目を通す。
「……これは、資料にも書いていないですし、殿下にしかお伝えすることはできませんが……」
私がポツリと呟いた言葉に、ディランが僅かに顔を上げる。
「対ベルディオを考えた時、道路の複雑さは一切防衛の助けとはなりません。遠距離で強力な魔法を叩き込んで一面火の海にするか、転移して飛べば良いのですから」
「……そうか」
ふう、とディランが溜息を吐いた。
「何か、気になることでも?」
「いや……改めて、相手の大きさを理解しただけのことだよ」
沈鬱そうなディランの声色に、思わず苦笑いが浮かんだ。
「……話を戻すが、案自体は面白い。これを了承するとして、次はどうする?」
「無論、私一人で描いた絵ですので、まだ穴はある案かと思います。ですが今後、各部と議論を開始したいと思いますが、如何でしょうか」
「ああ、それで良い。議論の状況や内容は、適宜、私に報告するように」
「畏まりました」




