541_腐る寸前のちょっと先。
それは腐敗している状態でございまして、それそのものに価値がなければどうしようもない状態であるのではなかろうかとされても仕方がないものでございます。腐敗しているのではなくて発酵しているのでございます、という場合もございますけれども、人間に役にたつ腐り方をしているかどうかで表現を変えるのは傲慢であるという傲慢な意見もございますね、とかおっしゃる方もおられましょうか、などと最初から何のお話でございましょうかという感じで始まるいつものゴブリンでございます。
英雄も腐る寸前が大変美味しいのではなかろうかという話題を振ろうとして見事にどこかに主題が飛んでしまっているわけでございます。熟成されたお肉と人気者を並列にしないでいただきたいという意見もございますが、その人気が絶頂ということは、あとは落ちるだけでございますので、それほど間違った意見ではないのではなかろうかというご意見もございます。
もっとも人気のピークがなんどもくるようなケースもそれほど珍しいものではありませんし、核になるファンが根強く残るなどという双方にとっても幸せな状態に落ち着く可能性もありわけでございます。どちらにせよ、人間がやることでございますから、魔がさすということが必ずあるわけでございまして、そのような、性質を含めたところまで好きになるかどうか、許容の範囲に収まるかどうかという側面もありそうに思えるわけでございます。
最初から完璧な英雄像によって多くのファンを集めていた存在であるならば、ささいな失敗やら、スキャンダルやらでコロリとその頂点から転げ落ちることもあり得るわけでございまして、でありますからわざと隙を計算して計算に見えないように見せてみることが戦略としてあげられるわけでございます。また、それとは別に、自然にそうなる方もおられますようにも観察されるわけでございます。
悪徳が全面に出ておりまして、しかし稀に人間的に美しいと呼ばれる行動をしていく方も人気が出てくるわけでございまして、ポイントは悪人ではないということでございましょうか、その差に惹かれてしまうようなものでございまして、つまるところ行動がフラットすぎると、あまり惹かれないわけでございましょう。ただ、完璧にフラットな性質であるならば、それはそれで特異な存在でございますので、魅力的に映る可能性もございます。ぶれない存在は頼もしく見えるわけでございます。
特徴的な存在が英雄になりやすいわけでございまして、ただそれでもある程度の成功があった上でのことでございましょう、もしくは大きな失敗でもよろしいかもしれません、この場合は英雄という意味合いが少し変わってくるわけでございますが、只人にはすることができないことをやすやすとやってのけるという、感覚であるならばそれの成功とか失敗とかの評価とは乖離しているという可能性もあるわけでございます。
話題に上る頻度が高ければそれは英雄である可能性が高くなるという等式が成り立つように観察できるわけでございます。祭り上げられるとか、生贄であるとか負の表現ができる可能性もあるわけでございますので、基本的には、被害者であるとされてもそれほど間違いの頻度は高くないのではなかろうかという皮肉的な意見もありそうでございます。そもそも目立つことを嫌う方が英雄に祭り上げられるというのは、犯罪行為にも等しいのではなかろうかという考えもありそうでございます。
通常はそのような目立ちたくない方は目立たないわけでございましたので問題はなかったわけでございますが、昨今はそのような方の情報がさらりとポロリと露出してくるような条件が揃ってきたようでございまして、望まれない英雄が生まれてしまっているのではなかろうかとかありきたりな感想が浮かんでくるわけでございます。分かりやすい英雄が枯渇してきたとか飽きられてきたので、そちらへ商品の質が変化したとも取れそうでございますとか、どこへ向けたメッセージであるのですかという感じでおしまいです。
「亡くなった後で都合よくできるのが英雄とか聖人なのですよね」
「愛の戦士というフレーズでなら対象の方が幾つか思い浮かびます」
「身も蓋もありませんな”旦那様” 少し不穏な感じがいたしますな”奥様”」




