1590_如何なものか、いかなごもなか。
あまじょっぱからい最中とか、意外と美味しいかもしれないとかぼんやり想像するわけでございますが、それは最中ではなくお吸い物であったというような落ちがあったような記憶もございまして、なるほど、形状だけで判断するようなものではないのであろうかなとか、連想するわけでございますが、誤認するような様式にしたことそのものが失敗であったのではなかろうかという想像もまた自然になせるわけでございまして、どこまで冗談で済ませることができるかに綱引きがあるのではなかろうかなとか、思考しつつ始まる今日のゴブリンでございます。
似ているけれど同じではないということが少しずつ分かってきたのかもしれませんが、はいそれは私でも間違えそうになりますので、無理はないですね。確かめ方を知らせておきましょう。今日も元気可愛いですな。
寄せて作ることで注目度を上げるというやり口はそれほど珍しいものではなく、似ているから違和感なく、忌避感もなく受け入れられることがある、こともあるのであろうかなとか予想するわけでございます。多種多様な何かを見せ続けることによって異質なものを常の質にすることによって、差別をなくしていくことができるのではなかろうかという試みは、結構的を射ているのではなかろうかとか、想像するわけでございます。
一方で、それが安全に関わるようなものである場合には慎重な対応が必要になるわけでございまいして、その組織やら空間がどのような性質のものであるのか一目でわかるようにした工夫を真似て全く違う内容のものを表してしまいますと、これはまあ、いうまでもなく危険であるわけでございまして、安全だと思って訪れたらば、もしくはもっと急激に、飛び込んだらば、それとは全く別の何かであったとかなりますと、突然の危機に襲われてしまったりする、のではなかろうかなとか、予想するわけでございます。
赤十字の印章が有名ではありまして、似たような何かも使用することは禁じられているわけでございまして、そこは安全でありますよという共通認識を阻害させてはいけないのでありまして、これは効率的な運用ではなかろうかなとか予想するわけでございますし、周知徹底する知識であることもまた確かではなかろうかと想像するわけでございます。
安全な場所の徽章を紛らわしいものにしてはならないことは確かではありますが、それとは逆方向に、危険なものを指し示す記号を冗談にしてしまうことは実は結構寛容なのではなかろうかとか、少なくともそのような文化があるのではなかろうかなとか、想像するわけでございます。
これは危険であるから近寄らない方が良いという仕組み上、うかつに飛び込むことがないからでありまして、注意喚起という意味合いでは、冗談でも有効に働いてしまう動きが観察されるからであろうかなと予想するわけでございます。通常の生活がいかに注意力を散漫にしているかを指摘する指標にもなりそうではあるかなとか、予想するわけでございます。
ただ、危険に慣れてしまう可能性もあるわけでございまして、いつもの冗談だと判断してよく確認せずに進行してしまう展開もまた普通にあるのではなかろうかなとか、予想するわけでございます。平凡な日常への味付けが濃い過ぎて、それに慣れてしまった弊害である、可能性もあるのではなかろうかなとか予想するわけでございます。
いつもいつも常識から少しずれたようなことをし続けると、基準そのものがずれてしまい構造的に弱くなってしまうことがあるのであろうかなとか、であるから真面目にやっていって、少し冗談を混ぜることが肝要であるのであろうなと。
つまり冗談は休み休みすることが大切であると、おしまいです。
「ユーモアを交えた説教は信者さんを惹きつけますね」
「息抜きの豆知識の方をよく記憶する生徒も多いです」
「真理というものはほどよく笑を含んでいるのではないでしょうかね”旦那様”
息抜きの間に人生をしている程度がよろしいのかもしれませんな”奥様”」




