1465_ぬける、あいだ、とんちんかん。
怪盗要素が続くのであろうかなとか、懐かしい話題に感じる方も多そうではございますが、過去の遺産を食いつぶしながら利益を得ようとしていると言うと、言い方が悪いような感じになるわけでございます。歴史を楽しむようにして提供しているのであるならば、それほど違和感がないのであろうかなとか予想するわけでございますが、受け取り方はそれぞれであるのであろうかなとか、ぼんやりと想像しながら始まる今日のゴブリンでございます。
良いものは古くてもその面白さを損なわない、のでありましょうかね?その作品は両親どころではなく祖父母の世代でした。お好きですね。今日も元気可愛いですな。
歴史に触れて懐かしいと連想する方は少ないかもしれないわけでございまして、その理屈で言いますと、懐旧する対象は未だ歴史になっていないとも言えそうでございます。一方で存命の方がおられる内容であると、懐かしさと歴史さ?が同居する可能性もあるわけでございまして、この辺り、区別は曖昧なものであるのであろうかなとか予想されるわけでございます。
もしくはその出来事の重要性やら、社会に与えた影響の度合いによって、歴史と呼んでいるのかもしれない可能性もあるわけでございまして、であるならば、現在進行形で歴史が作られていると懐かしいという感想がおこがましく感じられる、ようなものも存在するのであろうかなとか想像するわけでございます。
一瞬でも過ぎ去ればそれは歴史となり得るのであるならば、そして、人の認識は過去にしかないのであるという前提があるならば、すべからく事象は歴史と表現してもよろしいのではなかろうかとか、連想するわけでございますが、一般的にはそうはならないわけでございまして、それを成す要素として前述した重要度とかがあるのであろうかなとか、連想することはそれほど難しくないわけでございます。
ただ、後からそれは重要であったということが判明することもまた少なくないわけでございまして、個人の行動がのちに大きな何かにつながることは、よくあるとは言えませんが、それほど珍しい、ほどでもないのではなかろうかな、と予想するわけでございます。
情報の連鎖が時流を創生するといえばなにやら怪しいわけでございますが、入力されたものに反応する、その繰り返しで社会が成り立っていることはそれほど間違った解釈ではないわけでございまして、そうであるならば、どんなに些細な要素であったとしても、それが歴史的な、重要な、変革点である可能性はあるわけでございます。
それを観測することができないだけであり、そこの精度を上げることによって、事態の把握やら今後の予想やらをする難易度が下がるのではなかろうかな、という予想もできるわけでございますが、逆にそこを繊細にしすぎると、影響の度合いが大きく変化してしまい、未来への振れ幅が広がりすぎて制御しづらくなってしまう可能性もありそうではございます。
制御できる範囲でしか見えないようにしてしまうことは、動作の最適化につながる可能性が高いのでありましょうか。もしくは安全度を高めるために必要な所作である可能性もありそうではございます。膨大な量の情報を短期間に浴びせられることによって、判断を停止させる、処理を固めさせる手管は、それほど珍しものではないわけでございまして、この辺り、情報を扱う個性全てに、応用が利くのではなかろうかなとは予想するわけでございます。
冗長性を普段から持たせることによって、処理を円滑に行えるようにする必要があるのではなかろうかなとかは予想できるわけでございます。常に最適解を求めることを志すのではなく、遠回りする、思考を発散させる、跳躍させる、短絡させる、確率の海に沈めてみせる、直感に投げ込んで見る、無駄を作る、ように普段はしておくと、大量の情報を流し込まれた瞬間に立ち直る速度が速くなるのではなかろうかなとか、なんとなく妄想して、おしまいです。
「マルチタスクは基本神様のようなものに任せてしまえば良いのですよ」
「歴史の定義は結構曖昧なのでしょうかね?」
「シングルタスクの素早い切り替えに過ぎないのでしょうね”旦那様”
受け手の認識に委ねられるものではありそうですな”奥様”」




