1424_わりい男、いー女、すぐに食っ派。
同じような流れで、同じように危機にであい、そして同じように同じみの人物が救出に向かうという導入は、無理があるけれども安心感がある、のであろうかなとか、想像するわけでございます。とりあえず巨悪というか、世界征服に燃える悪党は、お姫様をさらっておけというそのような様式美は、古来からあるものであろうかなとか、いやこれは、悪党から何かを奪取するための目印になっているだけで、別に何でも良いのであろうかなとか、ぼんやりと想像しながら始まる今日のゴブリンでございます。
幼子が誘拐されて取り戻しにいくお話もありましたね。他意はありませんので怯えないでください。反省はしても良いですが。今日も元気可愛いですね。
大筋として巨悪に世界が支配されていて、圧政に苦しむ人々がそれに立ち向かう英雄を求める、もしくはそのような立ち振る舞いをする人物を中心にして物語を構築する流れは、それほど目新しいものではないわけでございます。凶悪から取り返す対象が、公共のものであるか、私情に溢れるものであるかぐらいの違いはあるかもしれない、とか想像するわけでございますが。
喪失したものを取り返す物語は、感情の移入がしやすいという傾向があるのかもしれないとか予想するわけでございます。ただたんに困難に立ち向かうというやり口であると、動機の部分が薄くなりがちであるので、目標としてふさわしいのであろうかなと。ただ漠然と平和な世の中にするために、その原因を取り除くというやり口でもあまり問題はないかもしれないわけでございますが。
美女とかが絡んでくると、物語に艶が出るという側面はありそうでございます。人間模様を描くことによって、単調な一本道になりがちな物語に深みを出してみようという、思惑もあるのであろうかなとか予想するわけでございますし、他との差別化という目論見もあるのであろうかなとか予想するわけでございます。
この取り返さなければならない、欠けた何かをどのように設定するかによって、物語の方向性が決まってくるとか、仕掛けを施すことができるとか、あるようでございまして、また、小さな目標として幾つか段階を置いて、取り戻すものを、置いておくことで、物語の要所要所を決めることができる可能性も出てくるわけでございます。
長い物語であるならば、途中で、その読者やらなんやらの興味をひく、満足させる場面を随所にちりばめておく必要があるのではないかなという予想でございまして、区切りともいうわけでございますが、それがあれば、続きがきになるとか、もう少し面白みが深くなるところまで読み進めようとか、ちょっとした餌になる、撒き餌とも言えるかもしれませんが、そのような働きもまたするのであろうかなとか、予想するわけでございます。
最終目標に唐突にたどり着いて、それを打倒して解決しました、では、これはまあ物語の盛り上がりに欠けるわけでござまして、そこに至るまでに、障害があり、それを、何らかの方法で乗り越えて、徐々に最後に向けて盛り上がりを見せていく、やり口が王道と申しますか、よくある手段なのであろうかなとか、予想するわけでございます。
妨害が、主人公の能力不足によるものではない場合もあるわけでございまして、むしろ、効率的に人物を動かせば、もののの数場面で大団円になるかそれに近い状況まで至るくらいの実力者が物語の主として君臨している場合もあるわけでございまして、この場合、情報が錯綜しているつまり問題点がはっきりしていないという所で、話回していく、場合もあったりするわけでございます。
世界の危機はそれほど解決することは難しくない、けれども、そのに至る道筋を、最良のそれを見つけ出すために右往左往してしまう、もしくは、その混乱そのものを娯楽として提供するような部類の物語もあるのであろうなとか、まあ、あるのですけど、この辺りは好みによるのであろうかなとか、ぼんやりと益体もないことを思いつつ、おしまいです。
「神様が全て解決してしま教義とか、まあ、つまらないですよね」
「固定観念に凝り固まっているところを崩されると、カタルシスではあります」
「万能の神様がいることが現実的な世界とか既に語られていたりしますな”旦那様”
意外すぎると、理不尽な気持ちにもなりそうではありますな”奥様”」




