1407_りーりーりー、鈴虫の余地、よちよち。
相手との差に余裕があり、逆転の可能性が低く見積もられている状況における、慢心からくる油断とかは、いくら注意しても発生する、可能性が高いのではなかろうかな、とかぼんやりと想像するわけでございますが、それは現状を正しく評価できていないということであろうか、もしくは、種々の精神的負担を軽減しようとする防衛本能やらの働きが正しく行われているからなのであろうか、などと、まあ、思考しながら始まる今日のゴブリンでございます。
はい、できると思ったんですよね?根拠のない自信がどこから出てくるのかは、失敗の経験が少ないからこそでありましょう。次は気をつけましょうね。今日も元気可愛いですな。
勝って兜のおをしめよ、とはよく言ったものでありまして、勝利に向かう瞬間、もしくはそれを確信した瞬間が、危ない場合が多いと、過去からの積み重ねによる統計が取れている、のかもしれないと予想するわけでございます。
ただ、劇的な敗北が印象に残りやすいので、そのような感触を多くの人々が共有しているだけという見方もできそうではございます。ここまでしておきながら、負けるのですね、という驚きがあるのであろうかなと、衝撃、と申しますか、後悔のようなものが、強烈に周囲へ語りかけてしまう、歴史に残されてしまう、のであろうかなと予想するわけでございます。
おおよそ、勝ちを確信した場合は、そのまま順当に勝ってしまうわけでございまして、その時点で逆転されてしまう場合は、そもそも見込みが甘かったと申しますか、楽観に過ぎたからではなかろうかなと予想するわけでございます。中には、どう考えてもこれで逆転されるはずがないような状況でそれがなされる場合もあるようでございますが。
例外であるのであろうなとは、簡単に予想できるわけでございます。もしくはそこしか勝ち筋がなかったが故に、見事逆境を乗り越えて勝利したように見えるだけでありまして、たまたま劇的に勝利したのではなく、そうしなければ勝てなかっただけの話である、場合も多そうではございます。最初から狙っていたという言い方はある意味正しいのであろうかなと。
どこを最初とするかも問題ではありそうでございますが、かなり前から、勝負が始まっていたとすれば、状況やら環境やらを優位なものとして整えていく場合がほとんどであるのではないかなと、先を完璧に見透すことはなかなかに難しいわけでありますから、ある程度多種多様な展開を予想して、事前に準備を整えていった方が、勝利する確率が高くなる、これは普通のお話であるのであろうなと予想するわけでございます。
そもそも準備そのもの、かける資源をどれだけ用意できるのかどうかというところから競争が始まっているのであろうかなと。ただ、最初の環境で不公平があることはそれほど珍しいものではなく、平等な条件で勝負が開始されるかというと、これはまあ、それこそ申し合わせをしておいて、整えておかなければ無理な案件であろうなと、簡単に予想できるわけでございます。
使用できる資源に偏りがあることは当然であるわけでございますので、それでも不利な方が勝ち筋を通すには、相手の油断を誘う必要がある、場合も多そうでございます。この辺り、油断を誘うために相手を気持ちよく勝たせておく盤面が必要になる、展開もまたありそうでございます。
もしくはそもそも勝負する盤面を違えておくというやり口もありそうでありまして、まともに勝負をしない、盤外で戦うとかも普通にありそうなものであります。ただ、圧倒的な資本によって物量で押しつぶすやり口が有用な場面が多いだろうという予想もまた、それほど間違っていない、のではなかろうかなと。
そこで勝つにはどこかで奇襲が必要になるのであろうかな、と、まあ地力を上げることが王道ではあるのであろうかなとか、まあ、お手柔らかに?おしまいです。
「人の勝ち負けを重要視しないので神の前に平等なのでありましょうね」
「努力そのもののに価値を置くような学習は必要でしょうね」
「神は基本無関心なのでありましょうな”旦那様”
普通、負ける人の方が多いですから”奥様”」




