古地図
今日は学内オークションの日だ。三年に一度のあの狂った『選友会』ではなく、ごくごく普通のチャリティーオークション。俺とクロードは、司会を任されている。
シリル委員長曰く、
「君たちには、『特命委員』の仕事だけでなく、『学士会の雑用です』って事もやっておいてもらおうと思ってね~。ま、カモフラージュってやつかな。それにさ、人気者のクロードくんに良いところみせたくって、お金を奮発する生徒がいるかもしれないでしょ? くふふふふ。さて、総額が幾らになるか、今から楽しみだな~」
クロードは、少ししなびた顔をして、「暗に僕に、客席を煽れって言っているよね……?」としょんぼりしていた。俺に言わせてもらえば、若返らされたり女装させられるのに比べれば全然楽な仕事だと思うけどな。
オークションのシステムはシンプルだ。事前に学士会館へ出品申請を出し、集まった品を審査。高価すぎる危険物や明らかなガラクタを弾き、盛り上がりそうな20品目を厳選する。
ちなみに、出品申請の時点で「全額寄付」にするか「二割を控除して八割を自分に還元する」かを選べる仕組みになっている。
審査を潜り抜け、最終的に選ばれるのは2時間で20品目。どのような商品がどんな順番で出品されるかは、中央広場に面した大講堂正面外壁にある大掲示板で事前に貼り出されるので、参加する生徒たちは心と財布の準備ができるようになっている。
そして、いざオークション開始。クロードも渋っていた割に、なんだかんだノリノリで客席を煽っている。
時には対立を煽り
「無理をなさらないでくださいね。相手は高位貴族の方だ、譲るのも立派な『配慮』というものです……ふふ」
時にはファン心理を煽り
「あのような気高さと決断力をお持ちの方が学園にいらっしゃるとは……僕、少し見惚れてしまいました」
時にはドラマチックに
「この品には、出品者の涙と覚悟が詰まっています。これをただの『物』として終わらせるか、誇り高き『救済』にするかは……あなた方の手に委ねられています」
――俺は「よくやるなぁ……」と感心しつつ、たまに進行を手伝う程度でほぼ傍観に徹していた。
クロードに「あちらのお方」とか「そちらのお方」なんて目線を投げかけられたい一心で、無駄に札を上げ直す信者(当然、男女問わず)が多すぎるのだ。
さっきだって、ごっつい大柄な男子生徒が『帝国時代のアンティーク指ぬきコレクション20点セット』を血走った目で競り落としてたけど……絶対いらんでしょ、それ。指に入るかすら怪しいぞ。
ところで今気づいたが、エレノアのやつが最前列に居ないな。今までのあいつだったら、最前列に陣取ってめちゃくちゃやってそうなのにな。流石に『目薬』の件で反省して懲りたのかな。
ともあれ、我々(というかクロード)の仕事ぶりは、シリル委員長のご期待には沿えているであろう。
そんなこんなで恙無く司会業を終えた俺とクロードは、中央庭園の上位学部生しか入れない、長閑な芝生エリアでぼんやりしていた。
初夏を感じさせる気候が心地よい。特に無理してしゃべらなくても、お互い居心地がいい関係って楽でいい。クロードの金髪が西日を浴びてきれいだな――とか思っていたら、この場にそぐわない声に現実に引き戻された。
「おい、手前らこんなトコに居たのか」
「リュシアンさん、こんにちは。こんな人通りのある所にいるの珍しいですね」
「うるさい、お前らを探していたんだよ。ッチ、無駄に上級サロンまで行っちまったぜ」
「僕らにご用という事は、学士会関係ですか?」
「……あー、それはだな。……いや、個人的な話だ」
めずらしい事に、リュシアンさんは歯切れ悪くごにょごにょと言っている。この人が中央庭園までわざわざ俺達を探しに来ること自体変なのに、なんか怪しいな。
「お前ら、オークションで古い学園都市の地図が出品されてなかったか?」
「たしか……元教授が所有していた古地図で、最近亡くなられた方のご遺族が、遺品整理を兼ねて出品されていたものがありましたが」
さっとクロードが答える。由来までちゃんと覚えているのは流石だなぁ。
「それだ! どうなったか覚えているか?」
「あれは……たしか、バルタザールが買っていましたね」
「あの成り金デカバカか。くそ、まともに交渉になるのか……?」
よくわからないが、リュシアンさんが地図を欲しがっているようだ。
――これは、おもしろの予感!!
「はい! リュシアンせんせー! ぼくもお手伝いします!」
「……お前、何か勘違いしてないか?宝の地図とかじゃないぞ?」
「えー、でもー、学士会の購入者リストを見れば古地図の行方なんてすぐ分かりますよね? なのにわざわざ俺達に聞きに来たって事は、事務局を通さず内密に入手したかったんじゃないんですか?」
「ッチ……普段抜けているクセに、こういう時だけ無駄に勘が回るの本当になんなんだ?」
ナチュラルにけなされたんだが。
「とりあえず、バルタザールのところに行くんですよね? クロード、俺達も行こう。リュシアンさん一人じゃ心配だし」
「おい、俺がお前らガキどもになんで世話になんなきゃ……」
「違いますよ、心配なのはバルタザールの『寿命』ですって」
「ルークに賛成だ。彼はリュシアンさんを怒らせるのが得意そうだからね……。学内で殺人事件が起こるのは好ましくない」
「――お前ら、完全に俺のこと舐めてるだろ?」
「ほらほら、リュシアンさんは目立つんだから、周りの人が集まって来てますよ?」
「バルタザールなら、サロンか食堂の地下酒場で同郷会と騒いでいることでしょう。さぁ、行きましょうか」
中央庭園内にある一般生徒向けのサロンをちらっと覗いたけど、バルタザールは居なかったので、俺達は連れ立って地下酒場へ向かった。
「しかし、なんでまた終わった後に?」
「学内行事に興味なかったから、ノーチェックだったんだが……。仕事で大掲示板を確認していたら、たまたま目に入ってな。その頃には既に終わった後だったんだよ」
「でも、オークションに参加しなくて良かったんじゃないですか? バルタザールは知らないけど、クロードのファンだと思われちゃいますよ」
「何だそれは?」
「すごいんですよ、クロードに見てもらう為だけに、みんなして値を釣り上げていくんですから。クロードもノリノリで煽るし」
「……それはエグいな」
「人聞きが悪いな、二人とも。僕はあくまで慈善のために一肌脱いで差し上げただけだよ」
軽口を交わしつつ地下酒場へ足を踏み入れると、酒と熱気に満ちた特有の喧騒が広がっていた。だが——俺たちが歩を進めるに従い、波が引くようにざわめきが収まっていく。
そりゃそうか。学園のアイドルと威圧感の塊が連れ立って現れたのだ。生徒たちからすれば「何か事件でも起きたのか」と身構えるに決まっている。
「おい、ここにバルタザールは居るか?」
リュシアンさんが、大きくもないのに不思議と通る声で呼びかけた。
「あ~? なんだ? 誰か呼んだか?」
バルタザールが声を返した。よかった、学内を探し回るのは手間がかかるからな。
リュシアンさんは、周囲の生徒たちに低い声で「お前らに用はない。こっちを気にせず続けていろ」といってバルタザールの方に歩を進めた。
「バルタザール、少し話がある。時間をくれ」
「おお、フェロー・リュシアン、珍しいな。――おいお前ら、ちょっと席を外せ」
バルタザールが声をかけると、同じテーブルを囲んでいた同郷の大柄な生徒たちが、そそくさと席を離れていった。
「悪いな。お前に頼みがある。これは、フェローとしての要望ではなく、俺個人の頼みと受け取ってくれ」
「よくわからんが、何だ?」
「今日、オークションで古地図を競り落としただろう? 金なら出すので、譲ってもらえないか?」
「んー? それは断るぞ」
「……チッ。幾らならいい? 提示額を言ってくれ」
「いやなー、えーと、困ったな。そういう事じゃないんだよ」
「お前に必要なものではないだろう?」
「ああ、別にあんなボロい地図はいらないんだがなー。困るんだよ、金を貰うのは」
「……どういう意味だ?」
「ほら、いつだったか、フェローにも迷惑かけただろ? あれ、その時そこの二人も居なかったっけ? まぁいいか。それで親父にこってり怒られちまってよぉ」
「……それがどうした。とっとと結論を言え」
「だからよ! 俺は以前学園都市に迷惑をかけたから、謝罪をしなきゃならねぇんだ。だから全額寄付の品を適当に競り落としたんだよ。せっかく金を使ったのに、返金されたら俺からの寄付にならねぇだろ?」
「な……んだと」
なんと、本気で「純粋な善意と反省の寄付」だったとは恐れ入る。想定外すぎるバカのロジックに、リュシアンさんも困惑しているな。
「おい、バルタザール。お前は古地図が不要で、金も要らない。だったら、その地図を無料でリュシアンさんに譲ることはできないのか?」
俺が助け船を出すと、クロードもすかさずフォローを入れた。
「元教授が所有していた貴重な資料だ。フェロー・リュシアンのような見識のある方が所持することこそ、巡り巡って学園のためになると思わないかい?」
「だがよ、さっきフェロー・リュシアンが言っていたろ、『個人的な話』だって。なんとなくそれが引っかかるんだよな。売買じゃねぇなら、ただの『個人的なプレゼント』になっちまう。俺は勉強は嫌いだが、だからってフェローに個人的な賄賂を贈るようなマネはしたくねぇんだよ。どうせ金を撒くなら、正々堂々とだ!」
う~ん、微妙に言っている事もわからなくもないから、否定しにくいな。
「だからよ、フェロー・リュシアン。俺と、『商売』しようぜ!!」
「……なに?」
「金以外で物々交換だ!俺が欲しいものと、フェロー・リュシアンが欲しいものを、交換しようぜ!それなら対等だ!」
へー。こいつ、バカではあるんだけど、案外大物なのかもしれん。
「……何だ? 何が望みだ?」
「あんた、天才なんだろ? みんな言ってるぜ。めちゃくちゃ頭よくって、めちゃくちゃ勉強できるんだろ?」
「……」
「だからよ、俺の従属のコレットに、勉強教えてやってくれよ!」
「な……」
あまりの要望に、リュシアンさんが絶句している。
「おーい、コレット、こっちこいよ」
バルタザールは、少し離れた隣のテーブルに居たコレットに声をかけた。大柄なネルトリンゲン男達に囲まれて、全然居たのに気づかなかった。
「今から18時まで、こいつに勉強教えてやってくれ。内容は、明日の討論の準備がいい」
「バルタザール様、どうしました? また何かやっちゃいましたか?」
「コレット。フェロー・リュシアンにお前のチューターを頼んだ。今日限定だけどな。今から2時間ちょっと、18時まで死ぬ気で勉強してこい。これは命令だ、いいな。終わったら、今日オークションで落札した古地図をフェローに感謝の気持ちとして渡してやってくれ」
「ふえぇ~、がんばりますっ!」
……俺は、静かにクロードと目を合わせ頷きあった。足音を殺してそっとその場を離れようとした――のだが。
「お前ら、なに今さら逃げだそうとしてんだ……。『学内で殺人事件が起こらないように』俺のことを監督してくれんだろ? あぁ?」
首根っこをむんずと掴まれ、俺とクロードの脱出作戦は秒で失敗に終わったのだった。




