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ご機嫌な朝

 空の一族。


 ユニウェルシア王国の天空城に住まう王の一族はそう呼ばれていた。


 それは、王族に連なるものにときおり顕れるという美しい瞳に由来している。

 金色に輝く虹彩が、まるで太陽のように美しい太陽の瞳。

 光の下では静かな青白い輝きが、夜や屋内では強い輝きを放つサファイアのような青になる月の瞳。

 太陽や月ほどではないが個々人様々な色に輝く星の瞳。

 そして神職についた王族に顕れることの多い、多くの色を備えて美しくきらめく虹の瞳。


 建国当初、神に愛された証として与えられたというその輝きは、時代を経るにつれてその身に備えるものが少なくなり、今では滅多に生まれない奇跡の瞳として国の伝承になっていた。


 神に愛された瞳を持つ子どもが生まれると、国を挙げてのお祭りとなり、いずれ成長したならば次代の国王となるか、または神殿で神職につくか選ぶ定めである。


 が、しかし、王家に空の瞳を持つ赤ん坊が生まれたのはもう200年以上昔のこと。その人物もあまり長生きはせず、実際に空の瞳を目にしたことのある人間はすでに国内には存在しなかった。

 人々の間では空の瞳は遠く伝説となっていた。








「エル、卵をとりに行くんだけど、手伝ってくれる?」


 プリシラは手探りで探し当てた布を持ち、洗ったばかりの顔にあててじっとしている少年に声をかけた。


「いいよ」


 こちらへ顔を向けることもせずに返事をするエルに、プリシラは笑顔で「外で待ってるね」と伝えて先に家の外へ向かう。

 プリシラは12歳。

 同い年のエルは、孤児院の他の男の子と違って乱暴なところがなく、一緒にいてもこちらを驚かせるようなことや慌てさせるようなことをしない。

 朝もプリシラや神官様と同じくらい早く起きているので、何かと用事を頼まれてはこうして気軽に引き受けてくれるのだ。


 いつもはさっさと神官様のもとへ行って手伝いを始めてしまっていてなかなか捕まらない彼だが、今日はなぜか水がめのそばでぼんやりしていたため声をかけることができた。


 いつもの朝の仕事ではあるが、1人でやるよりも2人でやるほうが早くすむ。


 それに、柔らかい色味の白金の髪と、穏やかな性質そのままにいつも静かな微笑みを浮かべている優しいエルと一緒にいられるのは嬉しかった。

 知らず、小さく鼻歌を歌いながらプリシラは外へ出るドアを開けた。






 コッコッコッコッコ


 鶏たちの鳴く声、餌を食べる音、動き回るかすかな音。


 それらを聞くともなく聞きながら、プリシラは卵をひとつひとつ探しては丁寧に籠に入れていく。

 この鶏たちは寄付されたものを増やして孤児院でそだてている。

 毎朝そう数はとれないが、わずかでも卵が食卓に上がるというのはありがたいことだ。


「ねえプリシラ」


 かがんで卵に手を伸ばした彼女に、エルが声をかけた。


「なあに?」


 腰を伸ばして振り向いたプリシラのすぐ目の前にエルがいて、わずかに驚いて身を引く。

 だがエルはそんなことお構いなしにさらに彼女に身を寄せた。


 閉じたまぶたを飾る、長いまつ毛が光に透き通るようだ。

 エルはこの孤児院に預けられたとき、すでに目が見えなかった。

 まぶたの下の目は、虹彩に色がなく、色も光も見分けられないという。


「プリシラは将来のこと、どう考えてる?」


「しょ、将来?」


「そう。この孤児院を出たあと、どんな仕事をしたいとか、誰と結婚したい、とか」


 突然心の中に大事にしまっている部分に触れられたようで、プリシラは赤くなって動揺し、顔をふせる。


「考えたことないよ。だって、毎日大変だし、孤児院の子たちや神官様たちだっているし」


 それは嘘だ。

 本当は、ちょっとしたきっかけでいつも色々考える。

 プリシラたちが住む孤児院は王国の端の小さな村にある。

 国境の山脈まで続く深い森にくっつくようにしてできた、小さな村だ。


 ここを出て大きな町へ行くことだって考えないではない。

 もっと先の王都のことだって。

 けれど、残していく年老いた神官たちや孤児院の子どもたちのことも気になるし、何より知るものも助けてくれるものもない場所へ1人で出て行って、上手くいくとはどうしても考えられなかった。


 第一、結婚ともなれば孤児の自分を嫁に貰おうなんていう奇特な人間はあまりいない。

 せいぜい、働き手か、娼婦の代わりの若い嫁が欲しい年寄りかだ。

 同じ孤児どうし、という選択もあるにはあるが、同世代の少年たちには子どもの頃からからかわれてばかりだったので、一生夫婦としてやっていけるかと言えば絶対に無理としか言いようがなかった。


 ちらり、とプリシラはエルの整った顔を見上げて、エルさえいいなら、と心の中でつぶやいた。


「そっか。じゃあ、ぼくのお嫁さんになってくれる?」


「へ?」


「ぼくは目が見えないし、いつもプリシラに助けてもらってばかりだけど、頑張ってプリシラを幸せにするよ。だからぼくと結婚してくれる?」


 淡々とそんなことを言われて、プリシラは顔をさらに赤くした。


「え? え、ええ? え、なんで?」


「プリシラ。君が誰より大事なんだ。うんと言って?」


 エルはプリシラの頬にするりと手をあてて包み込む。

 その慣れた仕草にプリシラはさらに混乱した。


「え、う、うん?」


 そして混乱するままにうなずいてしまった彼女に、エルはにっこりと笑顔になる。


「良かった。約束だよ?」


「う、うん、でも、いいの? エルはあたしでいいの?」


「君がいいんだ。君じゃなきゃダメなんだ。さ、神官様のところに行こう」


 まばゆいばかりの笑顔でそう言われて手を取られ、『なぜ神官様のところへ?』と疑問に思いながらプリシラは歩き出す。

 彼女をひっぱるエルは楽しげに鼻歌交じりの様子で、プリシラはさらに訳が分からなくなってしまったのだった。








 

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