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メイドの幼馴染は心配性

「私、やっぱり辞めた方がいいのかな……」

「……は?」


 泣きそうな顔で、そんな台詞を、あの頑張ることしか出来ない幼馴染が言ってきたのは、一体何度目の聖女がやってきた時だったろうか。


 その時の俺は、そんなわけねぇだろと返しつつ、きっと上手く笑えてすらいなかったろう。

 力なく笑うシェリーの背中を、追いかけることも出来ずに、ただ唇を噛みしめて地面を拳で殴った。

 ただの見習い執事でしかない俺は酷く無力だった。


「……っんで、」


 シェリーは確かに、メイドに向いているとは思えない。

 いつも失敗ばかりだし、ドジだし、間抜けで鈍間だし愚図だし……だけど……頑張り屋だ。努力不足だと影で言われているのをよく聞くが、それはあいつのことをよく知らない奴の台詞だ。


 シェリーは人一倍努力家で、自室には全部読んだとは思えないほどの大量の本がある。

 毎晩遅くまで練習したり勉強したり、失敗したことをノートに書いてまとめたり。

 そんな彼女の努力の一欠けらだって知らない奴の方が彼女の何倍も仕事は出来るほどにはあいつは才能のさの字もないが、シェリーは怠慢などでは決してない。


 だけど大抵の人間はその場で見える結果だけが全てだ。聖女も同じく。

 顔は可愛い。スタイルも良い。だけど仕事は出来ないメイド……。聖女のような人間からすれば、それは酷く腹立たしく、目に入ればイラつくような存在だったのだろう。


 聖女に心酔してしまった人は皆、聖女が言うことを何でも信じるし何でも言うことを聞く。

 家柄は良いと言っても所詮はただのメイド。王宮にいるような人間の手にかかれば、シェリーなど赤子も同然だった。


 しかしシェリーが今日まで王宮勤めを辞めさせられたことはない。幾人もの聖女の機嫌を損ね、敵認定され、苛め抜かれ、それでもシェリーがメイドでいられた理由。


 それこそが、俺が聖女を許せない一番の理由だった。


「あの子メイド向いてないわ。だっていつも失敗ばかりだもの。ねぇ、皆もそう思うでしょう?」

「おっしゃる通りです」

「彼女に暇を出しますか? もし聖女様にお怪我でもさせたらと思うと……」

「そうですね。何かあったら遅いですし」

「いいのよ。私にそこまで言う権利はないし……それにそんなことは誰よりも彼女がよく分かってるはずだもの。だからね、」


 自分から出ていくまで待ってあげましょう?


 そんな悪魔が囁いたような言葉に、なんて慈悲深いだなんて零す周りの人間。ああ何を言っているのだろうかと俺はそんな光景に言葉にすら出なかった。

 地獄の淵まで追い込んで、逃げられなくして、最期には蹴り飛ばすのではなく、自ら飛び込んで見せろと宣うのだ。


 まるでショーでも見ているかのように。


 文字通りこの国を手玉にとって掌で転がす女。聖女だなんて、吐き気がする。一体どうしてこうなってしまったのか。


「っシェリー……」

「! ……サウロ」

「お前、」

「大丈夫! 私は……大丈夫。だから、心配しないで?」

「何が大丈夫なんだよ。その怪我だって、いつもの失敗のせいじゃないだろ……今日だってあんな、っあの女、」

「サウロ!」


 泣きそうな目で俺の心配をする。怪我だらけの手をそっと後ろに隠して。破れた服が見えないように横を向いた。

 全部全部、俺が気づいているって知っておいて。


「分かってるでしょ? あの人に目をつけられたら、サウロだって無事では済まない……」

「俺の心配なんてしてる場合じゃないだろ!」

「……私は、大丈夫、だから……」


 それはまるで、自分に言い聞かせるように。


 知っているのに。毎日目を腫らしてそれでも逃げないお前を。そんなお前を見て笑うあの女を。

 それでも何も出来ない、自分が無力で情けない。


 いっそこの時シェリーを連れて逃げてしまえば、お前が更に傷つくこともなかっただろうか?


「貴方、いない方が皆の為なんじゃない?」

「っ……!」


 だから早く辞めなさいよと。そう言われればシェリーは出ていくしかない。彼女を引き留めるだけの力を持つ人間は既に全員堕ちている。差し伸べられる手はない。

 それなのにあの女は決してその決定打だけは言わない。


 楽しんでいるのだ。自ら去っていくシェリーがいつそうするのかを、まるで動物でも見るような目で。見物して、お金をかけて、シェリーが出ていく日がいつかを待っている。


 嗚呼。もし俺に力があって、後先考えない頭しかなくて、どんな無茶しようが俺のせいで迷惑を被る人間がこの世に誰もいなかったのなら。


 俺はあの女の顔面を、思いっきり殴りつけて地面に叩きつけてやったことだろう。

 それが許される時が来ても、それでも、あのお人よしの努力家は、俺がそんな事をすることを喜びはしないだろうけど。


「――くん、聞いてる?」

「っはい。聞いてますよ」

「あ、そう? じゃあさ、ツリーくんジュリさんを見なかった?」

「多分王宮にはいませんね。それから俺はツリヤーです」


 そんな時にやってきた、何回目かの聖女。

 彼女は他の人とは違うと、何故そう思ったのか。そこに明確な理由はなく、これといった根拠もなく、そう感じたのはただの勘としか言いようがないけれど、それでも。

 

 今で色んな人を見てきたからこそ分かる。この人があの何をしても駄目な幼馴染を見る、その目が。


「え?! ジュナさん辞めちゃったの?!」

「だからそれ誰ですか? さっきと名前変わってますし」

「変わってないよ。メイドのジュノさんだよ」

「……もしかしてシェリーですか? しかも今の一番遠くなかったですか?」


 馬鹿にする目じゃない。かと言って対等なものを前にした態度でもなく。分かりやすく言うとなんだろうか。手のかかる後輩を見ているような、何も出来ない妹の成長を見守るような、


 そんな優しい目なんだ。同じ場所ですっ転ぶ彼女を見る目には確かに呆れもあるけれど、それは別に侮蔑的な意味ではなく。

 あーあ、しょうがないなぁ。なんて。そんな優しい声で彼女にかけよって、少し呆れたように笑って、そっと手を伸ばす。


 そんな聖女もいるんだとあの時初めて知った。

 マナミさんの前であいつが盛大にお皿を持ったまま転んだ時、俺は急いで駆けつけて、聖女が何か言う前にその場を切り抜けようと走った。だけどそんな俺より早く。


「怪我はない?」

「だ、大丈夫です……すみません……」

「――!」


 当然の光景だった。当然の台詞のはずだった。

 だけどそれは今までの俺からすれば、異様な光景。違和感のある台詞。


「……マナミさんってほんっとう変わってますよね」

「その台詞、前にも誰かに言われた気がするんだけどもしかして流行ってるの?」

「別に流行ってはないと思いますけどね。まぁ誰が言ったのか分かりませんが」


 さらりと言ってのけた人。さらりとして見せた人。だからきっと、それが本心。

 咄嗟の行動はその人の心を移す。それは考える暇がないから。皮を被る暇もなく与えらえた選択肢を指さすとき人は正直だ。取り繕うほどの時間がないから。


 だから俺は信じたい。あの時咄嗟に反応した彼女を。あの時自然と笑った彼女を。

 伸ばしたその手を、今度はしっかりと掴むことが出来るように。

○見習い執事

サウロ・ツリヤー

 ドジっ子メイドシェリーの幼馴染。家が近いためよく一緒にいてシェリーの失敗に巻き込まれたりしたため、体が丈夫で適応力に定評がある。

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