グラ姉との関係
王立学園——午前の講義が終わった直後。
「本日はここまで」
教師の声と同時に、教室の空気がふっと緩む。
ざわめきが広がり、生徒たちは一斉に動き出した。
ミアも小さく息を吐く。
(よし……今日は平和……)
——なわけがなかった。
「ミア・クランツベルン」
(はい来たー)
内心でつっこみながら、ゆっくりと振り向く。
「はい、レオンハルト殿下。いかがなさいましたか?」
完璧な令嬢スマイル。
我ながら完璧だ。
対するレオンハルトは、いつものようにまっすぐな視線を向けてくる。
「少し、いいか」
「ええ、もちろんです」
周囲の視線が集まる中、ミアは立ち上がる。
(めっちゃ見られてるんだけど……)
だが表情は崩さない。
二人は教室の端、少し人の少ない場所へ移動した。
「単刀直入に言う」
レオンハルトは無駄なく切り出す。
「数日後、俺の誕生日の祝宴がある」
(うん、知ってるよ)
「招待状は届いているな」
「はい、今朝」
「なら話は早い」
ほんのわずかな間。
そして――
「必ず来てほしい」
(へいへーい)
ミアは内心でツッコむ。
だが口に出す言葉は違う。
「光栄に存じます」
「楽しみにしています」
完璧な回答。
だが——
「形式的なものではない」
レオンハルトが続ける。
「今回の祝宴は、通常のものとは違う」
嫌な予感がする。
「各国の来賓も多く、政治的な意味合いも強い」
「……そうなのですね」
「その中で」
レオンハルトの視線が、わずかに鋭くなる。
「お前のような存在は、目立つ」
(怪しまれてるなぁ)
ミアは心の中で苦笑する。
「私のような、とは?」
あえて聞き返す。
すると——
「力を隠している者だ」
即答された。
(うわ、直球)
一瞬だけ思考が止まりかける。
「買い被りすぎでは?」
「そうは思わない」
きっぱり否定。
そして——
「だからこそ、確認したい」
「……何を、でしょうか」
「お前が何者なのかを」
空気が、わずかに張り詰める。
逃げ場はないな。
(ほんとこの人、真っ直ぐすぎる……)
ミアは一瞬だけ目を伏せて——
すぐに、微笑みを戻した。
「ただの一学生でございます」
「それ以上でも、それ以下でもありません」
無難な返答。
だがレオンハルトは——
「……そうか」
否定はしてこない。
けれど、納得もしていなそうだ。
そのまま一歩、距離を詰めてくる。
「ならば、そのままで来い」
「……え?」
「取り繕う必要はない」
静かな声だった。
「そのままのお前で、来い」
(ええ!?)
ミアは内心で叫ぶ。
だが顔は崩さない。
「……善処いたします」
「期待している」
短く言って、レオンハルトは背を向けた。
そのまま教室を出ていく。
残されたミアは——
「……無理でしょ」
ぼそっと本音を漏らした。
「無理だね」
すぐ横から、レメナの声。
「聞いてたの!?」
「ほぼ全部」
「最悪……」
机に突っ伏しそうになる。
「完全にロックオンされてるよね」
「そうだね……」
ミアは遠い目をした。
「しかも今回のパーティー、ただの誕生日じゃないよ」
「やっぱり?」
「うん。母様も来るって言ってたし」
「……え?」
ミアの動きが止まる。
「レメナのお母さん?」
「うん」
さらっと言う。
だが——それは軽くない情報だ。
(母様の妹……つまり……)
頭の中で繋がる。
「……終わった」
「だから始まるんだってば」
レメナは楽しそうに笑う。
「面白くなるよ?」
「当事者なんだけど……」
ミアは深くため息をついた。
だが——
(父様も来る)
(レオンハルトもいる)
(セリスティアも来るだろうし……)
そして——
(レメナの母様)
全部が、一つの場所に集まる。
「……ほんとに戦場じゃん」
小さく呟く。
でもその目は——
ほんの少しだけ、楽しそうでもあった。
夕刻——クランツベルン家の屋敷。
馬車が静かに門をくぐる。
見慣れた庭、見慣れた建物。
(はぁ……帰ってこれた……)
ミアは小さく息を吐いた。
学園では気を張りっぱなしだ。
令嬢としての顔。
魔法の力を隠すのも一苦労。
そして——王子とのやり取り。
「お疲れ様でございます、ミア様」
玄関で出迎えたのはデゼヌだった。
いつも通り、完璧な所作。
「ただいま、デゼヌ……」
ミアは力が抜けた声で答える。
「本日は少々お疲れのご様子ですね」
「……まあ、色々あってね」
曖昧に笑う。
「レオンハルト殿下とお話を?」
「なんで分かるの……」
「お顔に書いてございます」
(うそでしょ……)
ミアは思わず自分の頬を触る。
「安心してください。外では完璧でございます」
「それならいいけど……」
軽く肩を回しながら、屋敷の奥へと進む。
そのとき。
「——で、あいつは来るのか?」
廊下の先。
壁にもたれていた人物が、そう言った。
「うわっ、グラ姉!?」
「驚きすぎだろ」
グラ姉が面倒そうに片手を上げる。
「いるなら言ってよ!」
(というか早く出てけよ……)
ミアは軽く睨む。
「で、どうだったよ。王子様は」
「めんどくさかった」
「だろうな」
グラ姉は面白そうに笑った。
「しかも“取り繕っていない自分で来い”とか言われたんだけど」
「ああ、それは——」
グラディウスは少しだけ笑う。
「見抜かれてるな」
「やっぱり?」
「勘だけで来るタイプだ。ああいうのは厄介だぞ」
ミアは盛大にため息をつく。
「ほんと嫌な予感しかしない……」
「いいじゃねぇか。面白くなってきた」
「他人事だから言えるんだよ……!」
そんなやり取りを、少し離れた位置で——
デゼヌが静かに見ていた。
(……なるほど)
観察するような視線。
グラディウス。
その名は知っている。
——“大魔女”。
魔族の間でも知らぬ者はいない存在。
戦場を単独で塗り替える災害級の魔導士。
(その御方が——)
視線が、ミアへと移る。
(このように、気安く言葉を交わしている……)
あり得ない光景だった。
本来ならば。
主従でもなければ、対等ですらない。
“格”が違う。
だが——
「グラ姉、昼ご飯ちゃんと食べた?」
「食ってねぇ」
「なんで!?」
「めんどくせぇ」
「子供なの!?」
遠慮のない言葉。
自然な距離感。
(……対等、いえ——)
デゼヌはわずかに目を細める。
(家族に近い)
そう結論づけた。
「デゼヌ」
ふいに、グラ姉が視線を向ける。
「はい」
「何見てんだ」
鋭い一言。
だがデゼヌは一切動じない。
「いえ、失礼いたしました」
「少々、興味深い関係性だと感じただけでございます」
正直に言った。
ミアが「え?」という顔をする。
「関係性?」
「はい」
デゼヌは一歩、近づく。
「グラディウス様は、魔族の間でも名の知れた御方」
「それこそ——畏怖の対象です」
「まあな」
グラ姉は否定しない。
「その御方が、ミア様に対して——」
一瞬だけ言葉を選ぶ。
「非常に、近しい距離で接しておられる」
ミアはきょとんとする。
「そう?」
「そうだろ」
グラ姉が即答した。
「普通はこんなもんじゃ済まないね」
「え?」
「私に軽口叩いた時点で、消し飛ばしてる」
「怖っ!?」
ミアが本気で引く。
「でもグラ姉、私のこと消さないじゃん」
「当たり前だろ」
即答だった。
その声音は、いつもより少しだけ低い。
「お前は——」
一瞬、言葉が止まる。
だが、すぐに続けた。
「“そういう奴”じゃねぇ」
「どういう奴?」
「……めんどくせぇ」
視線を逸らす。
「雑!!」
ミアがツッコむ。
だが——
デゼヌは見逃さなかった。
(今の間……)
確信に近いものを感じる。
「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「何?」
ミアが首を傾げる。
「お二人の関係は——どのようなものなのでしょうか」
静かな問い。
少しだけ空気が止まる。
ミアは考えて——
「……うーん」
困ったように笑う。
「なんだろ」
ミアは幼少期、魔王城で魔法を教わっていた。
その人物が目の前にいる、このだらしないダメ魔族。
ミアの魔法の師匠というわけだ。
子供の頃はずっとグラ姉と一緒だった。
(うーん…)
「師匠……はちょっと違うし」
「家族……もちょっと違うし」
「だろうな」
グラ姉が小さく笑う。
「でも」
ミアはちらっとグラディウスを見る。
「嫌いじゃないし?」
「一緒にいると楽だし?」
「なんか、雑じゃね?」
そう言ってグラ姉が言葉を挟んでくる。
「お前が言うな」
ミアもそれに応じて軽く言い合いになる。
そして——
ミアは少しだけ真面目な顔になる。
「多分ね」
「一番しっくりくるのは——」
一拍置いて、
「“信用してる人”かな」
そう言った。
グラ姉は——何も言わなかった。
ただ、ほんのわずかに目を細める。
「……そうか」
短く、それだけ。
だがその声は、どこか柔らかかった。
(なるほど)
デゼヌは静かに納得する。
(力ではなく——信頼で結ばれている)
それは、何よりも強い関係だ。
そして同時に思う。
(ミア様はやはり——)
ただの令嬢ではない。
“強者を対等に置く者”。
それこそが、この少女の本質。
「……面白くなってまいりましたね」
誰にも聞こえないように、そう呟いた。
その言葉は——
もうすぐ訪れる“祝宴”を、どこか楽しみにしているようでもあった。




