72話 「二夕見しおの苦悩」
言い返そうとした時、すぐそばを、小学生くらいの男の子二人が通り過ぎていった。
「なんだこの不細工なぬいぐるみ!だっさ!」
「金返せよあのクソゲー。変なのキャッチしやがって。このキモいのまだあったぜ。うざすぎ」
その少年たちが手に持っていたのは、あの大人気消しゴムシリーズのキャラクター、うんこ消しくんだった。
「お、おい二夕見!急いでゲーセンのUFOキャッチャーに向かうぞ!」
「な、なによ急に。ゲームしたいの?」
「違う!うんこ消しくんをゲットするんだ!こんなところにあのうんこ消しくんのぬいぐるみがあったとは!誰かに取られる前に取らなければ!」
「こんなキモいの欲しがるのあんた以外いないから安心しなさい」
というわけで俺たちは二階のゲームセンターに来ていた。
「なんかうるさい。久しぶりに来たけど色んな音が響いてて頭痛くなりそう」
あまりゲーセンに来ない二夕見が不満をこぼす。
「そんなことよりうんこ消しくんがある台を探せ。俺は一万円を崩してくる」
「いやあんたいくら使う気よ!そんなものにお金かけるくらいなら洋服とか買いなさいよ」
「男は何にお金を使うかでそいつの真価が測れるという。俺の生きざまをとくと見よ」
「アホ丸出し。小学生から成長してない。ていうかまだ小学生の方が有意義にお金使うし。今の発言僕アホですっていう自己紹介ってことでいい?隣にいるのも恥ずかしいレベル」
二夕見がなんか言っているが無視して両替しに行く。しかし。両替したのはいいが、そのうんこ消しくんが見つからない。
「お、おい!な、ないぞ⁉うんこ消しくんがない!う、うんこくんは!うんこはどこだあああああああ!」
「省略するな!周りの小学生に嘲笑されてることに気づけ!ほんとに恥ずかしい!」
頬を赤く染めた二夕見が自分の体を抱いて居心地悪そうにしている。
「あ、あった!あったぞ二夕見!これで!これで今日ここに来た目的が果たせたぞ!やったなおい!良かったな二夕見!しかも、うんこ消しくんだけじゃないぞ!うんこ消しちゃんにうんこ消し仙人に、うんこ消し犬もいるぞ!どれが欲しい⁉」
「私が欲しかったみたいな感じになるでしょうが!微塵もほしくないわよ!そんなことのためにデパート来たかったわけじゃないし!どれも全部ゴミだし!さっきから周りに笑われてることに気づけ!」
俺は急いで百円硬貨を投入すると、数あるぬいぐるみたちの中からうんこ消しくんたちを狙いクレーンを動かす。ぴったりうんこ消しくんの上で止め、そのまま下に降りていく。アームが開き、うんこ消しくんを掴んだ。
「よし!」
「あんた小学生みたいにガラスに顔面押し付けてやらないでよ。恥ずかしいんだけど」
「見ろ!掴んだぞ!」
「あー、そう。よかったわね」
隣でどうでもよさそうに返事する二夕見。しかし。持ち上げてすぐに、うんこ消しくんはアームから逃れて落ちてぬいぐるみたちの中に落下する。
「ま、まあまだ一回目だしな。これからが本番だ」
しかし二回三回、四回と繰り返しても、掴むところまではいくが出口まで近づく前に必ず落ちる。
「はあ⁉今絶対取れただろ!わざとアーム緩めただろ!なんだこのクソゲーは!」
「だから小学生みたいにガラス叩くな!店員さんくるでしょ!」
「いいやヤンキーは蹴るぞ!」
「だから何よ!ほら店員さん今睨んで―――ちょっと待って⁉」
言いかけた二夕見が急に目の色を変え、ケースの中を凝視する。
「ええ⁉何このぬいぐるみ!モンゴリアンデスワームじゃない!可愛い‼こんなのもあるの⁉私これ欲しい!これ取ってよ!」
とガラスに顔面を押し付けて小学生みたいに覗き込んでいる。
「どこがだよ。ただのバケモンじゃねえか。こんなのキモカワでも許されないだろ。名前にデスってついてるしよ」
俺は無視してうんこ消しくんを再度狙ってクレーンを動かす。
「違う違う違う!もっと右よ右!それじゃ届かないでしょ!」
さっきとは一転して、今度は横から邪魔してくる。
「違う違う違う違う!もっと奥!手前すぎよ!あんた取る気あんの⁉」
「うるせえよ!お前のせいで間違えただろ!こんなキモイ幼虫みたいなバケモン興味ねえんだよ!俺はうんこ消しくんを取りたいの!黙ってろお前は!」
「何がキモいのよ!そのんこ消しくんとかいうやつの方がキモいわよ!小学生にも人気ないとか情報と違うじゃないこの嘘つき!」
「うるせえ!モンゴリアンデスワームとかどの層にも人気ねぇだろ!なんならお前以外の人間はみんな恐れてるんだよ!いいからさっさとどいてろ!」
二夕見を手でしっしっとやって追い払おうとするが、
「あんたがどきなさい!次は私の番よ!」
「うるせえもう金入れてんだよ!うんこ消しくんシリーズ全部取った後にやれ!」
「あんた百回分両替したんだからケチケチするんじゃないわよ!五十回はわたしにさせなさい!」
などと無茶苦茶言って人の金で取ろうとし出す二夕見。
「バカ言え!なんで五千円もこんなののために使わなきゃいけねえんだよ!」
「あんたは今日は召使いなんだから口答えするんじゃないわよ!大体そんなのに一万円かけてるやつに言われたくないのよ!」
結局触られたら怒るくせにぐいぐい来る二夕見に負けて、退かざるをえなかった俺は譲るはめになる。
「よーし!まずは慎重に横に移動ね。もうちょっと。もうちょっと。もうちょああっ⁉」
そのまま通り過ぎていく。
「へったくそだなあお前」
「こ、これは練習よ!あと九十回あるし大丈夫!」
「おーいそれ俺の金」
今度は奥に進める番だが、もうモンゴリアンデスワームは取れないため適当にやる二夕見。しかし、そのまま降りたアームは、うんこ消し仙人を掴み上がって来る。
「は、はあ⁉」
「おいおいなんだようんこ消し仙人派かよ。渋いねえお姉ちゃん。やっぱこっちの方がよかった?」
「た、たまたまよ!こんなゴミ要らないし!」
しかしその後も何度も繰り返すが(俺の金で)、その度に掴むのはうんこ消しくんシリーズだった。
「そんなにこいつら好きだったのかよこの照れ屋さんめ。おいおいうんこ消しちゃんのスカートを掴むんじゃねえよこのスケベめ」
「なんでよ!なんで毎回毎回このゴミしか掴めないのよ!ふざけんじゃないわよ!」
地団太を踏んで怒る二夕見。
「しょうがねから二つ取れたら一つはお前にプレゼントしてやるよ」
「要らないわよ!あんたみたいな病気になったらどうすんのよ!」
「誰が病気だこのクソ女が!」
その後も続けること十何回目。とうとうアームがモンゴリアンデスワームを掴んだ。
「や、やった!掴んだわ!いけ!そのまま!いけ!」
恐らくぬいぐるみから見るとこいつにだけは取られたくないと思うくらい鬼気迫る顔をガラスに押し付け、中から見るとそうとう愉快な顔になっているであろう二夕見。
しかし、あと少しで取れるというところで、無慈悲にもアームから零れ落ちるモンゴリアンデスワーム。
「ふざけんじゃないわよ!何よ今のは!不正よ!不自然な離し方だったわ!いくらかけたと思ってんのよ!」
怒り狂い台を蹴る二夕見。
「ヤンキー並みに蹴ってんじゃねえか。お前さっき俺に言った言葉覚えてるか?どの口が注意してたんだよ。しかもお前が使ってるの全部俺の金だしよ」
「分かったわよじゃあ足りなくなったら私が出すわよ」
と口を尖らせている。
しかしその後も何度やってもなかなか取れない。
「ぐぬぬぬっ!な、なんなわけこのゲーム!イライラする!なんで毎回離すのよ!磁石なの⁉SとNなの⁉」
怒れる二夕見が台パンする。
「はあああああああああああ!動け~!うううううううう!ぐおおおおおおおおおお!」
今度は諦めて念力に現実逃避し始めた二夕見。
「あ!今ちょっと動いたんじゃない⁉あと少しかも!いけー!はあああああああああ!」
「仕方ない俺も最後の手段に出るとするか。届け。トイレの神々へ。トイレの神様に捧げる踊り。あ~うんこお~ぶりぶり~まっ茶色~。あっそれ。お腹あぐるぐる~ヨーグルト~。あっそれ」
二夕見の隣で一緒になって神様に歌と踊りを捧げる。
「変な歌横で歌うな!踊るな!気が散るでしょうが!はああああああああああああっ!」
二夕見が早口でキレてまた念力に集中し出す。
「ママー。変なのがいる。変なカップルがいる」
「しっー!見ちゃダメよあきらちゃん!こっちおいで!」
後ろの方で失礼な親子が通り過ぎていく。
「は、はあ!な、なかなかいい所まで動いた気がするわ。こ、これならいけるかも」
「一ミリも動いてねえけどな」
二夕見が無視して、ボタンの横に置いてある百円硬貨がたくさん入ったメダル入れから一枚取って機械に落とす。
「よし。まずは横ね。いいんじゃない?次は奥!」
すると奥もちょうどいい位置、真上で止まる。
「ここまでは何回かきたわ。問題はここからよ」
二夕見が唾を飲み込む。降りていくクレーン。アームがモンゴリアンデスワームを掴む。そしてそのまま持ち上げていく。
「イエス!あとはアームよ!絶対離すんじゃないわよ!」
しかし。上に引っ張るがなかなか持ち上がらない。よく見るとうんこ消しくんとうんこ消し仙人がからみついている。
「なんなのよこいつら!放しなさいよ!邪魔よ!ひっつ付いてくるな!」
しかしまるで絶対にいかさないと強い意志を感じるほどにからみつき、なんなら引っ張っているようにさえ見える。結局少しだけ持ち上がったと思ったら、うんこ消しくんとうんこ消し仙人の重みに耐えきれずに、蜘蛛の糸のかんだかのように亡者とまとめて落下していった。
「ふざけんじゃないわよ!あんたがアホみたいな儀式したからんこパワー増してしがみついてきたじゃない!どうしてくれんのよ!」
今にも襟元を掴まんばかりの勢いで俺につっかっかってくる。
「た、たまたまだろ。もう一回やってみろよ。惜しかったしそろそろ取れるんじゃないか?」
むすっとした目で見て、ふんっと視線を外すとまたお金を入れる。
「今度こそ!」
今度も順調に良い位置で止まり、そのまま下に降りていく。モンゴリアンデスワームを掴んだ。そして、引っ張り上げると、今度はモンゴリアンデスワームのしっぽを、うんこ消しちゃんの手が掴んでいるようにしか見えないほど不自然に引っ付いてくる。
「は、はあ⁉こいつ自我あるでしょ!あんたが変なことするから意志持っちゃったじゃない!呪いの人形でしょ!その手放しなさいよ!また落ちるでしょ!」
不安定なまま出口まで移動していき、なんとうんこ消しちゃんが先に落ちた。そしてモンゴリアンデスワームは縁に当たりバウンドして出口横に落ちる。
「は、はあ⁉あ、あんたなんてことしてくれんのよ!あと少しで取れたのに!その人形よこしなさい!大好きなトイレにつっこんできてあげるわ!」
「いや俺に言われてもな。トイレの神様が協力してくれたんだよきっと」
しかし取口から拾って顔を見ると、にやりと笑っていて気味が悪い。こ、こんな顔だったっけ?もっと可愛い顔してなかった?
「な、なんか呪われそうだしこれあんたにあげるわ。あんた欲しがってたものね。よかったじゃない」
「い、いややっぱりいいかも。俺仙人派だから。女の子の人形とかちょっと恥ずかしいしやめとくわ」
「いいからもらいなさい!あげるって言ってんのよ!押し返すな!」
二人で押し付け合って結局俺が持って帰ることになった。こわすぎ。その後もなんども挑戦するがなかなか取れない二夕見。ていうか俺の金お前がほとんど使ってない?
「おい。そろそろ俺にもやらせろ。時間切れだ」
「も、もう一回だけ!これで最後にするから!」
「これで最後な」
しかし。持ち上げることはできるが、またすぐ落ちてしまい、失敗に終わる。
「はあ」
落胆した二夕見が後ろに下がって俺に譲る。
「まあ俺に任せとけって」
「え?」
俺はモンゴリアンデスワームのタグに標準を合わせ、アームをひっかけると、綺麗に持ち上げた。そう。こいつは長くてけっこう大きいから普通につかむだけだとすぐ落ちてしまうのだ。しかし、タグにひっかければこっちのものだ。安定して出口までたどりつくと、綺麗に落ちた。
「と、取れた!でもなんで」
目を大きく見開いてそれから戸惑うように俺を見る。
「ほらよ。やるよ」
「え、いいの?なんで私の取ってくれたの?」
「だってこいつら普通に怖いし。もう欲しくなくなったわ。それにお前こんだけ人の金で挑戦して取れなかったらなんか俺も悔しいしな。だからやるよ」
「返さないわよ?」
「いらねえよ」
「あ、ありがと。た、大切にするわ」
受け取ると大事そうに胸に抱えて、まるで普通の可愛い女の子みたいだ。と思ったがぬいぐるみを見てその考えを改める。うん全然可愛くないわ。
「はーあ。結局何千円使ったんだよ。しかも何時間ここにいたことやら」
「あ、あんただってあの不気味なぬいぐるみ狙って一緒にゲームしてたでしょ」
と罰が悪そうな顔を浮かべている。
「別に文句言ったんじゃねえよ。結果的に取れたんならまあいいし。行こうぜ」
俺がゲームセンターの外に出ようと歩きだすと、二夕見も後ろからついてきた。と思ったが、数歩歩いて足音が止み気配が消えた。不思議に思い後ろを振り返ると、立ち止まった何かを見ていた。
「どうした。もうお金ねえぞ。それで満足しろよ」
二夕見のところまで戻ると、どうやらすみっこにあるプリクラコーナーを見ていたようだ。なんだか少し緊張した面持ちだが。
「あれ撮りたい」
「ふうん。まあいいんじゃねえの。撮れば」
むすっとした顔で見てくる。
「なんだよ」
「あんたも付いて来てよ。一人で撮ってたらなんか空しいじゃない」
「嫌だよ。あんなの撮ってどうしろってんだよ」
「いいから付いて来て!これは命令よ!あんたも一緒に撮るの!」
「大体なんでそんなに撮りたいんだよ。スマホで撮ればいいだろうが。加工アプリとかもあるんだからよ」
俺がめんどくさそうに返すと。
「最近の女の子はみんなプリクラ撮るのよ。私は撮ったことないから撮ってみたいの」
はあ。そういう感じね。
「めんどくせえなあ。今撮ってやるからそれで満足しろよ。いくぞ。3,2,1。ハイポーズ」
俺はスマホを二夕見に向けるとシャッターボタンを押す。
「あ、やめて!撮らないで!いやっ!」
嫌がって顔を隠すがすでに遅く、スマホには二夕見の顔が。
「……」
顔が。
「え?」
じこった。やっべブスになった。なにがどうなったらこんな写真写り悪くなるんだ。。二夕見の方を見ると。
「見た?」
目の奥を真っ暗にし、真顔で問いかける。
「え、いや。その。なんかミスっちゃって。消すわこれ」
「撮ったんだ。見せて?」
やべえなんか目に生気がともっていないっていうか、ヤンデレの子みたいな表情になってる。
「いやこれはやめておいた方が、いいと思うなぼくは。うん」
「やめてって言ったのに撮ったんだ。そして見たんだ。じゃあもう生かしておけないわね」
などと首に両手を伸ばしてくる。
「おい待て待て待て落ち着け!一回落ちつ―――」
しかし次の瞬間には、二夕見は膝を抱えて座り込んでいた。
「そ、そんなにショックだったのか?」
俺も膝を曲げて身を屈めて同じ視線で問いかける。
「私ね。すっごく写真写り悪いんだ。小学生の時からそう。ありえないくらい顔が変わって、ものすごくブサイクになるの。まるで女装したおっさんとか、かつら被ったゴリラみたいに見える。ピント合わせたりとか、画面に映ってる時はそうでもないのに、シャッターを押して見てみると、とても醜くなってるの」
膝を抱えてうつむいたままぽつりぽつりと話し始める。
「何かの呪いなんじゃないかって、そういう人にも見てもらったし、写真に詳しい人にも聞いたんだけど何も分からなかったし直らなかった。小学生の時にすごくバカにされて、アルバムは燃やした。誰もそのことを知らない中学校に行って、写真撮影の日は必ず休んだ。
アルバムの写真とか生徒手帳は合成写真で普通に見えるのをお願いしたりしたの。イベントの日とかも必ずカメラから逃げたし、いつも警戒して落ち着かなかった。だから、今まで逃げてきたんだけど、プリクラなら加工したらいけるんじゃないかって思ってた。だから、今日ゲームセンターに来たついでに挑戦してみようかなって思ったんだ。写真撮ったらあんたは追い払って加工して可愛くするつもりだった」
そうだったのか。それはきっとさぞや生きづらかっただろう。小学生やアホな男子はデリカシーというものがないから、きっと心無い言葉に傷ついたりもしたのだろう。リスクを冒してまで俺と撮ろうとしたのは、一人じゃ怖かったからなのだろうか。
「軽蔑したでしょ?ごめんねこんな醜いの見せて。私これからずっとこうなのかな。普通に楽しく写真を撮ること一生できないのかな。みんなの雰囲気壊して写真から逃げ続けないといけないのかな。誰かとの時間を思い出に残すこともできないのかな。寂しいなあ。悲しいなあ」
徐々に声が震えだし、最後の方は嗚咽も混じって聞こえた。
「二夕見」
俺は二夕見の顔を優しく両手で包むと、ゆっくりと顔を上げる。涙でぐしょぐしょになった目と鼻、頬を赤くした顔があった。
「確かに写真っていうのはすごい発明だ。その瞬間を切り抜いて形として半永久的に残すことができる。現代の若いやつらはみんなインスタにティックトックと写真や動画ばかりに価値を置いてる。だがな。俺たちが経験するその瞬間っていうのは結局のところ、レンズや機械を通すと何かが違うっていうのが俺の意見だ。
俺たちの生きている一瞬一瞬っていうのは、写真にして見ることよりも、どうしようもなく俺たちの心に刻まれているんだと俺は思う。俺はむしろ最近のやつらはなんでもかんでもスマホを通して見すぎだと考えてる。自分の目で直接見て、音を聞いて、その空気を、一瞬一瞬を肌で感じて、それで生きているって実感できるんだ。
そりゃいつかは忘れるかもしれない。でも心が覚えている。その経験は糧となって俺たちを形作っているんだよきっと。写真なんかに頼る必要ないさ。俺はお前と重ねた時間を心で覚えている。忘れたらまた思い出を作ればいい。そりゃ可愛く写真に写れた方がいいかもしれねえが、そんなのは可愛くないやつらの願望だぜ?お前はそもそもが可愛い顔してるんだから、気にすることねえよ。
なんなら人によっては甘ったれんなってぶん殴られてもおかしくねえぞ。それに笑いたいやつには笑わせておけばいいさ。人は顔じゃないだろ?心だ」
俺は二夕見の目を真っ直ぐ見て、俺の言葉を伝えた。そして二夕見の顔を離す。
「っ」
一瞬目を見開いて、また瞳を閉じると、ぽろぽろと涙をこぼす。
「なにそれ。いつも適当なことしか言わないくせに、こんな時だけずるい」
そう言って涙をぬぐって立ち上がった。
「嬉しい。ありがとう。こんな風に言ってもらえたの、初めてだったから」
まだ震える声でゆっくりと告げる。
「そうか。俺もたまにはいいこと言うだろ?」
「ほんとにたまにね。一億回に一回くらい」
俺も立ち上がって、二夕見の正面に立つ。
「ふふっ」
俺の目を見て微笑むと、
「でも、やっぱり、せっかくだしプリクラ撮りたい。一緒なら、怖くないし」
「いいけど、その顔で大丈夫か?化粧崩れてるぜ」
「私は化粧はほとんどしてないからいいの!」
「そんな潤んだ赤い目と鼻と頬でいいのかよ」
「いいのよ。ダメでもともとだし」
かくして俺たちはプリクラの中に入る。
『人数を選択してね』
中の機械がしゃべる。荷物を台において二人で横に並んで立つ。
「「……」」
気まずい空気が流れる。おいどうすんだよこれ。
『ポーズをしてね!いくよー!3,2,1,はいチーズ!』
掛け声に合わせてピースサインを頬にあてて可愛らしく微笑む二夕見と、渾身の変顔を決めた俺。
「なによこの顔は!ふざけてんの⁉」
「いや恥ずかしくてな。普通に映るとか無理だろ」
「ちゃんとやりなさいよ。わかった?」
「へいへい」
『ポーズを決めてね!いくよ!3,2,1,はいポーズ!』
次はベクトルの違う変顔で勝負する。
「だーかーらー!変顔すんな!あんた―――もしかして、私に合わせてわざとやってるの?」
罵倒しようとして、急に荒げた肩を落とすと、目を見開いて尋ねてくる。
「……まあな。俺が次元の違うブサイクを演出することによって、お前のバグが治るかもしれないしな」
「……あ、ありがとう。その。すごくうれしい」
頬を赤く染め素直にこちらを真っ直ぐに見つめ、そうこぼす。おいやめろよ。お前さっきからなんでこんなに素直なんだよ。やりずらいだろうが。
横で照れている二夕見。そんな顔されるとこっちまで照れくさくなるだろうが。
「カシャッ」
などと思っていると、二枚目が撮られてしまった。おいおい二人して照れてるの撮るんじゃねえよ。付き合いたてのカップルみたいに見えんだろうが。空気読めよ。
「で、でも。残りは普通に撮ってほしいな。変顔以外のいつものあんたの顔も撮らないともったいないでしょ?」
「えー、どんな顔して撮るんだよ。そっちの方が難しいわ」
「別に普通にしてればいいのよ。ね、ねえ。ていうかさ、その髪ゴム外してよ」
「なんでだよ。これは俺のアイデンティティでありトレードマークであってだな」
「えいやっ!」
有無を言わさず二夕見が俺の束ねられた前髪ごと引っ張る。
「いだだだだだだだっ!なにしてんだてめえは!放せこら!」
「あははははははは!こっちの方が絶対いいって!」
「カシャッ」
またもや変なところを撮られる。
「やば!もう次で最後じゃない⁉ちょっと!次は絶対変顔しないでよ!髪ゴムも外して!」
「わーったよ」
前髪を下ろし、普通の表情をする。
「うーん。惜しいなあその太々しい感じの目さえ直せば。まあでもいいわ」
小声で何かブツブツ言って二夕見が半歩分距離を詰めてくる。
「お、おい。ちょっと近いんじゃねえのか」
『もう少し寄って下さい』
「ま、まあ機械が言うんだからしょうがないわね。私だって嫌なんだからあんたも寄りなさい」
と、なぜか楽しそうに、少し距離を撮ろうとした俺の洋服を引っ張って無理矢理寄せる。
『3,2,1,カシャッ』
こうして、最後の写真を撮り終わり、外に出てプリクラ機に移動する。表示される写真に落書きするらしい。
「嘘⁉」
写真を見た二夕見が驚愕の声を出す。
「どうだった?」
俺も隣に立って覗き込むと、なんと一枚目の俺の渾身の変顔の写真は、二夕見が普通にいつもの感じで映っていた。少しそわそわして頬を赤くしていて、可愛く映っている。
「すごい!やった‼ほんとに映るなんて!やっぱりあんたの変顔のインパクトが強すぎたのかしら!」
飛び跳ねてきゃあきゃあ喜んでいる。残りの三枚も見てみると、最後の、俺がゴムを外して撮ったやつもなぜか二夕見が普通にいつも通りに映っていた。
「やった!最後のやつも綺麗に撮れてる!二枚も可愛く映るなんて!今日はほんとに素敵な日よ!」
「よかったな」
「うん!あんたが一緒だったからかも!ありがと!」
満面の笑みを向けてくる。
「そうか。ところでこのカウントはなんなんだ?」
「ああ!そうだったわ!落書きとか加工には制限時間があるのよ!」
二夕見が加工しようとしているのを見て俺が制止する。
「落書きは賛成だが、加工はいいんじゃないか?せっかく普通に映ったんだからもったいないだろ」
「それもそうね。でも違うでしょ?もっと他の言い方あるんじゃないの?」
「は?」
時間がないというのに腕を組んで不満そうにこちらをジト目出見てくる。
「普通に映ってるだけなら加工して可愛くした方がいいじゃない。さっきも言ってたでしょ。ちゃんと言ってよ」
「おいおいこんな時に何を言ってんだお前は。早く決めないと終わっちまうぞ」
「だったら早く言いなさいよ。分かってるんでしょ」
「だーっ!分かったよ!そのままでも十分可愛いから顔は加工しなくてもいいんじゃないんですかね!」
「うふふ!そう?そんなことあるわね!そんなに素の私の顔が好きならしょうがないからそうしてあげるわ」
心底嬉しそうに返すと加工をやめる。
「ダルすぎこいつマジで。分かったわ。性格が写真に表れてるんだわ」
「なんか言った?」
どすの利いた声で威嚇してくる。
「いえなんでも。それより落書きとかしなくていいのか」
「書く書く」
変顔した俺の頭の上にうんこを乗っけ、自分の周りに♡を書く。
「なんだこの差は」
「ふふ。いや?じゃあこれは?」
今度は俺の胸の辺りに、「お腹痛え~」と落書きする。
「お腹痛すぎてへんな顔しちゃってるみたいになっちゃってるじゃねえかおい。次俺に書かせろ」
「すごーい!写真を可愛く加工するってこんなに楽しいのね!ねえ可愛くもれてる?」
無視してトーンなどをいじっている。
「おい。盛れてないところがあるぞ。胸とかもっと盛ったほうがいい」
「ガンッ!」
「いだあっ!」
俺の足を踏み抜きやがった。
「はいなにか書く?」
「あと五秒で渡すんじゃねえよ」
俺は二夕見の胸の辺りに「大食漢」と書く。
「なんか私が男みたいになったじゃない!」
しかし時間切れとなり、印刷され二枚出てくる。
いつの間に書いたのか、出てきた写真二枚とも、真ん中に「夏の思い出」と書かれていた。
「これ大切にするわ。あんたも大切にしてね」
そう言って、変顔の方と、最後の一枚とで悩むと、三枚目のプリクラクーポン券を渡してきた。
「いやそこはどっちか渡せよ。なんでお前が両方持ってって俺は使いもしないクーポンなんだよ。どう大事にすんだよ」
「だって両方欲しいし」
「まあいいんだけど。せっかく可愛く撮れたんなら欲しいわな。両方どうぞ」
俺は両方あげることにした。
「それはそれでむかつくんだけど!あんたは私とのツーショット要らないわけ!」
「おい一体どうしたらいいんだこいつ。自撮りの変顔でも送り付けたらいいのか」
「コピーするから一枚はちゃんと持ってて!この私とのツーショット写真で、しかもこんなに可愛く映ってるの他にないんだからね!」
さっきからのこいつは一体何なんだ。結局二夕見からコピーしてもらった二枚とも俺は財布にしまわせられた。




