第21話 話し合い
「あらあらぁ、床にねまるなんて体冷えるべぇ? とりあえずちゃぁんと話聞ぐがら、椅子にねまってけれ」
一方的にやらかしていた事実に悶えながら頭を床にこすり付けていた時、穏やかな口調と共に、肩に優しく手が置かれた。
ゆっくりと頭をあげると、アイナリンドが穏やかな笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
少女めいた甘さが残る容姿と華奢な体躯に合わない、母性を感じるような慈悲深い眼差しが遠い記憶の中に居る祖母と重なり困惑したが、それでも申し訳なさから体を起こせずにいると、グイと強い力で手を引っ張られて、自身の大柄な体を立ち上がらせた。
「しかし、無意識とはいえあなたたちに迷惑をかけて……」
「そごら辺の事情も聞ぎでゃのよぉ。んだんてほら、ねまっておぢゃ飲んで落ぢ着ぎなさいなぁ」
「先輩、とりあえず座りましょ。話の分かる人たちみたいですし」
「……そうだな」
同じく顔をあげていた後輩にも促され、元の椅子へと腰かける。
ギシリと椅子が軋む音が小さな集会所に響くと、エルフたちの表情は焦りから安堵に変わっていた。
出されていたお茶を飲むのように言われ口を付けると、湯気から香る甘い芳香のわりに若々しい爽やかさを感じる茶は日本で飲んだ茎茶のようで、無意識の内にホッと息を吐く。
だんだんとやらかしで煮詰まっていた脳内が落ち着いてくると、咄嗟に土下座という行為をしたことさえもやらかしに感じて来て血の気が引く思いだった。
それは隣で青ざめている後輩も同じだろう。
相手が土下座という文化を知らない可能性もあるのに、話そうとした相手が急に地べたに這いつくばって謝り出したら慌てもする。
二人して青ざめた表情を浮かべているものの、どうにか落ち着いたのを確認してか、イシリオンは場を仕切り直すようにして小さく咳払いをしてから口を開いた。
「おめらの顔色みれば、あの威圧がわざどでねがったってのはわがったんだが、なしてこの森さ……しかもこんた奥まったどごろに居だのがぐらいは説明でぎるが? 」
イシリオンの声や表情に怒りはなく、むしろ心配しているような色まで乗っている。
物語で語られるエルフの傲慢さは微塵もなく、こちらを違う人種だと言って差別するような雰囲気も感じない。
ただ一個人として、集落を預かっている者として答えを聞きたいだけなのだということがなんとはなしに伝わってきた。
しかしこの森に居た事情など、正直に言えばこちらが聞きたいくらいであるが、そうなった経緯を語ったところで相手が信じてくれるかもわからない。
どこから話せばよいかを悩んでいると、後輩が横からちょいと服の裾を引っ張ってきた。
視線を向けると、後輩はジッとこちらを見ながら思い切ったように口を開く。
「この際、全部話しましょう。このエルフさんたちに敵意はないですし、ソナちゃんも警戒してないですから、悪いようにはならないはず。それに、これからこの世界で先生きていくためにも、ヘルプを見るだけではわからない生きた情報が絶対必要になります」
その真剣な眼差しに促されるように肩で毛繕いを続けるソナを見ると、ソナは手で顔を洗うのをやめてつぶらな瞳をこちらへと向け、ムゥと鳴いた。
『そのにんげんたちはだいじょうぶなのよ』
ソナの顔の横に、一言メモが吹き出しのようにポンと浮かび上がる。【同期】スキルを獲得してから、ソナの呟きは漫画の吹き出しのように目に見える形で現れるようになった。ソナの持つ感情によって吹き出しの形が変化するため、漫画を読んでいた自分としては非常にわかりやすい仕様だ。アメコミのようなポップさがソナの愛らしさをさらに引き立てて非常に可愛い。
それはそうと、ソナは目の前のエルフたちを『人間』と言っていた。
ソナ達魔物から見れば、耳の長さなど些細な違いだ、おそらく人族とエルフ族の違いなど判らないのだろう。
よく森で見かけてソプラエドを摘んでいた人間というのがこのエルフたちであるならば、あの実を今後世間に出してよいものかを考え直さなければならない。
「ソナちゃんはなんて? 」
「この人たちは大丈夫だってさ。……そうだな。何をするにしても、まずは情報が必要だもんなぁ。ただ、突拍子もない話過ぎて信じてもらえるかどうか」
「なんだが複雑な事情があるみでぇだが、これでも何百年ど生ぎでら爺だ。おめらの欲しぇ答えたがいでらがもしれんぞ? 」
太陽のような明るい笑みを浮かべたイシリオンを見て、エルフらしい優美な見た目と反してどっしりとした大樹のような安心感を感じた。
イシリオンだけでなく、話を聞くに留めている他のエルフたちも同様に、子供を見守るような穏やかな目をしているのは、きっと想像できないほど永く生きたからこその余裕なのだろう。
たかが数十年生きただけでは、彼らにとって子供と何ら変わりないのだ。
「人生の先輩すぎる……わかりました、信じていただけるかわかりませんがお話します」
意を決してこれまでの経緯を語った。
異世界から迷い込んだこと、森の奥地にある平地に降り立ち、自身のスキルを頼りに人里を目指していたこと。
それらをわかりやすいように言葉にしていくと、自分自身の心の中も整理されていくように感じる。
こちらの荒唐無稽とも言える話に茶々も入れずに相槌を打つ彼らに甘えるように、後輩と共にここ数日に起きた出来事も交えて話していく。
スマホの存在やスキルの多さ、その詳細などは伏せたものの、称号に【異邦人】とついていたことや、ソナとの出会いなどを語ると、イシリオンたちの表情は驚きに染まった。
そうして一通り話し終えた頃には、常に感じていた不安や焦燥感は落ち着き、目の前に置かれた茶の味を素直に楽しめるくらいには余裕が生まれていた。
「はぁ……【異邦人】、どうりで規格外なわげだなぁ」
「規格外? 【異邦人】について何かご存じで? 」
何やら深いため息を吐きながら髪をガシガシと乱暴に掻き上げるイシリオンに、そう問いかけると、彼は目の前の冷めきった茶を一気に飲み干して一息ついてから、言葉を選ぶように話し出した。
「【異邦人】ってぇば古臭ぇ伝記やら教会の聖書やらにだびだび出でくる伝説的存在だ。おめら、ここさ来る前、変な空間さ放り込まれねがったが? 」
変な空間と言えば、長すぎる階段と大きすぎる鳥居があった、あの場所が思い浮かぶ。
迷い込んだことを思い出しながら頷けば、イシリオンはやっぱりといったように眉を顰め、行儀悪く頬杖を突きながらコツコツと自身のこめかみを指で突いた。
「永ぐ生ぎでらど、たまにおめらみだいな特殊な奴さ出会う。前さ出会った【異邦人】は、その空間のごど【等価交換の回廊】っつってだ。どっからどもなぐ言われるんだど。『望まれだもの残し、望むものをその手に』ってなぁ」
「……っ! 」
イシリオンの口から出た言葉に、後輩を顔を見合わせて息を飲んだ。
その言葉には覚えがあった。
そう、まさしくあの空間で聞こえた言葉そのままだったのだから。