第17話 森の中は悪路
今後の目標をふんわりと話し合った後、早々に支度を済ませて森の中を進み始めたはいいものの、やはり足元が悪いせいで思うように距離が稼げない。
平たい地面に木が生えているような森であれば歩きやすさもあっただろうが、起伏がある地面にどこまでも鬱蒼と生い茂る草や木の根に足を取られ、時折聞こえる獣の鳴き声に警戒心を働かせながら移動するのは山歩き素人には大変で、気力と体力が少しずつ奪われていくのがわかる。
それだけならまだしも、生息しているであろう魔獣が空けた穴に落ちそうになるわ、思いもよらないぬかるみにハマるわで散々である。
おかげで新品だった服も靴もあっという間にくたびれ、程よい冒険者感を漂わせるまでになってしまっていた。
「はぁ、はぁ……道のりが長すぎて挫けそうだぜ」
袖で頬の汗を拭いながらそう零すと、先頭を歩いていた後輩が振り返りながらもジトリとした視線を寄越す。
「まだ半分どころか三分の一すら歩いてませんからね? その筋肉は飾りですか? 」
「そりぁお前に比べたら飾りみてぇなもんだけどよ……はぁ、腿とふくらはぎがダルすぎる……社会人になってからサボってたツケがきてるわ」
「デスクワークメインだとなかなか動かないですからねぇ」
「その割にお前は元気だな」
「まぁ、鍛錬は欠かさなかったんで」
「若さだねぇ」
「先輩だってまだ若いでしょ、まったく」
「……ムムッ」
軽口を叩き合っていた時、木から木へと飛び移っていたソナが声をあげる。
何かを見つけたのかと視線を向ければ、彼女は自分の体ほどの大きさの実を見つめていた。
木に絡みついてたわわに実を付けているそれは、洋ナシのような形をしてはいるが、色味は驚くほど鮮やかな黄色をしている。見た目だけならパッションフルーツのようだが、毒々しい赤の斑点がついていて、元の世界では嫌厭されそうな見た目をしていた。
ソナはそのうちの一つをどうにかもぎ取ると、器用に口にくわえて木から降り、キラキラしたおめめを向けながら手渡してくれた。
「えっ……毒?」
「鑑定だと食用みたいですよ、これ。しかも滅多に手に入らないらしい高級食材。しかも嬉しい効果付き」
「うわぁ、ホントだ…… よし、採取しよう。持ち物欄に入れときゃなんとかなるだろ」
鑑定では、『マリゴの実、食用。鳥の糞を介して種を特定の樹に寄生し、蔓を伸ばし巻き付いて実を付ける。発芽条件が厳しい為大変希少であり美味、高級食材として扱われている。樹に寄生することにより大地に含まれる魔力を吸い上げため込む性質があり、食べると魔力が回復し、【器】が未熟な子供のうちに摂取すると【器】を拡張することが出来る』と書かれていたので、早速手分けして採取する。
希少ということもあり表に出すことはなさそうだが、時間経過しない持ち物欄に入れておけばいつでも食べられる。魔力の回復にも使える優れものなので多めに採取しておくことにした。
それからも、ソナのおススメ素材や鑑定でよさそうな効果のある物などを拾い集めつつ移動を続ける。この世界の食材は色味が独特なものが多い印象だ。もし料理として出されたとしても、その独特な見た目で美味しそうとは感じられないかもしれないなと、思わず苦笑した。
「それにしても、この世界って魔獣がいるはずなのに、なんか全然遭わないよなぁ」
この世界には確かに魔獣という存在が居るはずなのに、今のところまともに見たのはソナくらいである。
後輩が狩ってきた猪のような生き物は分類上動物のようで、魔獣が持つと言われる【魔石】という黒い結晶のようなものが猪の体内には無かった。
「あぁ、たぶんこの森にもいますよ。ただ近づいてこないだけで」
「え、マジ? 」
そのあっけらかんとした言葉に思わず立ち止まると、後輩は特に警戒した素振りもなく辺りにザッと視線を走らせる。
周囲は相も変わらず樹齢何年かわからないほどの巨木があちらこちらに広がり、青々と茂る葉が陽の光を遮りながらも木陰を作っている。
サワサワと鳴る木々のさえずりの合間に鳥の羽ばたく音が聞こえるくらいで、今のところはなんの変哲もない森の中だ。いたって平和な光景に気が緩みそうになるが、ここは異世界の森の中、早々気を抜けるはずもない。
「周囲の気配を探ってたら【気配察知】っていうスキルが生えたんでこまめに使ってるんですけどね、なんていうかやたらとデカい気配があるんです。こう、森の中にぽっかり大きな穴が開いてるような、変な感覚なんですけど。この近くにもいるような気はするんですけど、どうもこっちの様子を窺ってるような感じだけで目立った動きが無くて……。たぶんですけど、むやみにこちらから攻撃しない限りは向こうも干渉してこないんじゃないですかね? 攻撃する気があるなら今頃魔法の一つでも飛んできてそうですし」
「へぇ……なんていうか、魔獣ってみんなそういうもんなのかね? 」
「うーん、どうなんでしょ? ただこの森ってさっきの実もそうですけど、やたら希少性の高い物が生えてるし、ソナちゃんみたいな人目に付いたらヤバそうな知性の高い魔獣もいるわけで………この森自体が特殊って可能性もありそうですよねぇ。地図見てもわかりますけど、ここ大陸の端っこにある森ですもん。アマゾンの奥地くらい未開の地なんじゃないですか? 」
スマホで地図を遠目に見ると、この森が大陸の端に位置する海に面した広大な森であるとわかる。初めに立っていた場所はその広大な森の真ん中辺り、不自然な形でぽっかりと拓けていた平地だった。
「その割にはソナが人の出入りがありそうなこと言ってたけどな」
「まぁ、秘境だからと言っても人里から浅い所なら誰も入らないわけでもないだろうし……。まぁ、とにかくここら辺で採取した物が売れるかどうかはおいおい、人里についてから考えましょう。人に遭うまでまだまだ先が長そうですけどー」
目の前に広がるどこまでも続く森にうんざりしつつも、のろのろと歩みを再開させる。
「やべぇ、疲れすぎて何も考えられん……こりゃあ体力回復するような魔法でも考えるか? 」
「それもいいと思いますけど、そういうのに頼ってばっかいると、いざ魔法が使えないって状況になった時に後悔しますよ」
「うっ……しゃーない、もう少し頑張るかぁ」
「ファイトですよ! 先輩」
「おー……」
後輩の心がこもっているようないないような応援を受け、重い足を引きずるようにして足場の悪すぎる森の中をひたすら進んだ。