第16話 それでも朝はやってくる
翌朝、爽やかとは言えない鳥のような何かの雄たけびを聞きつつ目を覚ます。
「……夢じゃなかった」
少しずつ意識が覚醒していく中、目に入ってきたテントの天井をぼんやりと眺めながら、思わずといったようにそう呟いた。
目が覚めたら自分の部屋だったということもなく、布越しに感じる朝日がじんわりと体を温める。
少々寝心地の悪い寝袋からモソモソと這い出ると、隣で寝ていたはずの後輩はおらず、無造作に置かれた鞄とスーツのジャケットが目に入った。すっかり皺の入ってしまったワイシャツを誤魔化すようにジャケットを着れば、裾が焚火の煤か何かで汚れているのが見えて、昨日の出来事が現実であると改めて突き付けられるように感じて小さなため息が漏れる。
非現実的な朝を迎えたのにもかかわらず混乱していないのは、同じ境遇の仲間がいることもそうだが、何よりも元の世界にあまり未練がないからだろう。
僅かに伸びた髭を手で摩りながらテントを出れば、既に後輩は起きており、焚火を消して異世界通販で手に入れたであろうカセットコンロでインスタントスープを温めていた。
地球でキャンプしているのとなんら変わらない風景に、ソナが居なければここが異世界だということをうっかり忘れそうになってしまう。
ソナも彼女の隣にちょこんと座りながらその様子を眺めていたが、契約者ではない後輩を警戒してか、その距離は微妙に離れていた。
「先輩、おはよーですー」
「ムゥ」
「よっす」
短い挨拶をしながら寝ぼけ眼でコンロの側に腰を下ろすと、すかさずソナが近寄ってきて肩へと飛び乗ってきた。まだ一日も経っていないような間柄だが、従魔術のおかげか本当によく懐いてくれているようで、彼女が挨拶がてらふっくらした顔を頬に擦り付けてくるのがたまらなく可愛くて、つい顔が蕩けてしまいそうになる。
呆れたように視線を向ける後輩からスープが入ったステンレスカップを渡されて一口飲むと、オニオンスープ特有の鼻を突くような香ばしさと仄かな甘みが舌から脳に伝わって、ようやっと頭が回りだす。
「あー……今日はどうするんだっけ? 」
持ち物欄から買っておいたパンを取り出し、ソナに分け与えつつもムシャムシャ食べながらそう言うと、向かい側で後輩がカップにフーフーと息を吹きかけながら考えるように視線を巡らせ、小さく唸る。
「うーん、とにかく人里を目指して歩けるところまで歩く感じですかねぇ」
「まぁ、そうなるよなぁ。あとは道中で売れそうなものをソナに見繕ってもらったり、道すがらヘルプで色々検索してこの世界の常識を詰め込んだりか」
「知識を詰め込むのは今晩の野営地決めて落ち着いたらの方が良いでしょうね。それよりも使える魔法やスキルの確認もしなきゃですよ? 自分の思うとおりにスキルが生えるなら、ガンガン生やして今後の生活が楽になるようにしなきゃ。あとは魔獣がいつ襲ってくるかもわからないですし、絶対日本よりも物騒な世界なんですから自衛の手段も確保しないと」
この世界に関してはまだまだ基本的な情報も足りず、何から調べればよいのかもわからない状況だ。
その中で最優先されるのはやはりこの世界を生きていくうえで必要な衣食住の知識。
スマホさえあれば食うに困らず着るものにも不便はないだろう。しかし自分の持つ常識がここで通用するかなどわからない。世界情勢すらわからない状態で異世界の物を披露してしまえば、トラブルの火種になりかねないのだ。
堂々と使えるのは今だけと考えた方が良いだろう。
この世界が地球で言うどの辺りの文明に相当するのかはわからないが、それでも安易に外の知識を広めてはこの世界にどんな影響が出るかも予想がつかない。
停滞する世界の文明を進ませるために呼ばれたとあれば考えなければならないだろうが、そんなことを望んでいるのなら、手厚い保障をしてくれている神的な何かから神託の一つでもありそうなもの。
けれども、今のところそう言った現象はない。
「とにかく当面の目的は人里に行くこと、この森を出る前には現地の人に違和感を抱かせないくらいに知識と常識を詰め込むこと、こちらの金銭を確保する方法を見つける、だな。んで、旅をしてみて気に入った定住先を探す、この世界に来た理由を探る……こんなところか? 」
「そうですねぇ。まぁのんびり行きましょう。焦ったところで何か変わるわけでもないですし。それにせっかくお互いに柵から解放されたんですから、異世界旅行だと思って楽しみましょ! 二人で! 」
「おう、そうだな」
カラリとした太陽のような笑みを浮かべる後輩に釣られて口角をあげると、それを見た後輩がなぜか目を見開いた後でパッと視線を逸らす。
「どうした? 」
「先輩が普通に笑うとか貴重すぎる。反則でしょかっこいいぃぃ……」
「おい、なんだって? 」
「いえ、なんでもっ、なんでもないですからぁー」
ボソボソと聞き取れない独り言を言っていた後輩は誤魔化すようにへへへと笑うと、空になった鍋やカップを洗いにそそくさとその場を離れる。
そんな彼女の後ろ姿をなんとはなしに見送ると、手に持っていたスマホのアプリを開いて自身のステータス画面を改めて見た。
スマホで見れるようなステータス情報は、本来教会へ成人の祈りを捧げる際に触れる特殊な水晶によって初めて見れるものらしい。
この世界ではスキルや魔法、称号を確認できるアイテムは教会にしかなく、一回の使用ごとに教会へと一定の金額を寄進することで確認ができるようだ。
自分たちはスマホという便利アイテムがあるので、わざわざ教会に行って確認する必要はない。けれども一切教会に行かないというのも周囲の不信感を招くことになりそうなので、人里に教会があれば寄らないとならないだろう。
他にも、スキルの熟練度などといった具体的な数値は表示されない仕様で、ゲームにありがちなレベルや体力や素早さなどの数値もなく、そもそも目に見えて成長を確認できるようなシステムはない。
その代わり、この世界では持っているスキルや魔法の数と質で強さを計るようだ。
成人の祈りの時にスキルの数が少なくとも、その後の自身の行動により追加で得ることが出来るので、いくつもスキルを持っている者が大半だ。
持っているスキルが多彩なほど経験豊富であり、身についたスキルが強力なほど自分自身と真摯に向き合ってきた証だととらえられるというわけである。
そして称号は自分の行動や言動を他者が認めたり神の目にそう認識された時に付けられるものだとヘルプの説明文に書かれていた。
であれば、後輩の【世紀末覇者】という称号は彼女が神の目にそう映ったからついたということなのだろうか。なんとも不思議な世界である。




