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異世界転移は後輩の大事なものを奪っていきました  作者:
第一章 異世界よこんにちは
12/21

第12話 契約することで負う責任とは

 体を動かして満足したのか、後輩はかいてもいない額の汗を拭うような仕草をしながらフゥと息を吐く。



「スキルは何かしら意思を持って行動を起こせば生えてくるっぽいですねぇ。これはますます異世界らしくて楽しくなってきました! 」


「お、おぅ。そうか……」



 上機嫌な後輩は足取り軽く焚火の側へと戻ると、いい香りを漂わせ始めた串焼きに調味料をかけて再び炙りだす。

 ガーリックソルトでも塗したのだろうか、串焼きからは何とも香しいにんにくの香りが立ち昇った。


 転移時に貰ったであろう万能調味料セットというギフトは、念じれば手元に現れ、自分の記憶にある調味料なら何でも出せるという大変ありがたい物であったため、後輩も早速自分の好きな味を思い浮かべて試してみたようだ。

 このギフトはギフト所有者が許可すれば他人も使用できるのもかなり有用な点である。

 現時点で元の世界に帰れるかどうかもわからないのだ、故郷の味がいつでも食べられるのは今後のモチベーションの向上にも繋がる。実に良いものを貰った。


 肉から滴る汁が薪に落ちて上がる煙が実に香ばしく、こんな大変な時であるのにもかかわらず食欲をそそる。

 つい数時間前に食べたジビエよりも野性味を感じる濃い香りが周囲に散ることで獣などが寄ってこないか心配ではあるが、気配に敏感だという後輩が警戒していないところを見ると大丈夫なのだろう。

 こんなに小さくて可愛くておまけに希少種であるフォーチュンラビィが生息できるくらいなのだから、野生の動物はいれど、獰猛な魔獣などは居ない森なのかもしれない。



「ほら、それよりも先輩! その子と契約しちゃったらどうです? 今ならできるんじゃないですか? 」


「あぁ、そうだな。従魔契約のやり方は、っと……『従魔契約は互いを認めたうえで名を名乗り、相手に名前を付けてそれを相手が了承した時点で完了する』だってさ。名前か……」



 手のひらへと移動させて天使ちゃんを見てみるが、今は串焼きの濃い香りに夢中なのか、小さな鼻を忙しなくヒクつかせながら焚火の方へと興味を向けていた。

 その様子はクルミを見つけた子リスのようでありながら、どこか肉食獣のような貪欲さも見える。おそらく食性は雑食なのだろう。


 その外見や仕草を見つつもこの子に相応しい名前を考えてみるが、パッと思いつくような物では駄目な気がしてしまう。



「まさか、ポチとかタマとかつけたりしないですよね? 」


「ポチもタマも可愛らしいが、この子には合わないな。この子には日本的な響きよりも、もっと横文字的な名前が合うだろう。しかし高貴すぎるのも違うな……もっとこう、柔らかくふんわりしていて長すぎず短すぎず……」


「先輩、早くしないと振られちゃいますよ? この子、さっきから串焼きに夢中みたいですし」


「うぐぐ……そうだな。でもその前に、女の子かな、男の子かな? 」



 ツンツンと天使ちゃんを突いて問いかけてみると、相変わらず串焼きにくぎ付けだったつぶらな瞳をこちらに向け、どうしたの? とばかりに首を傾げる。



「君は男の子? 」


「ムゥムゥ」


「女の子?」


「ムッ! 」


「そうか女の子かぁー」


「え、今のやり取りでわかるもんなんです? 」


「考えるな、ただ感じろ」


「えぇ……」



 後輩の引いたような声を無視しながら、目の前の天使ちゃんに向かってデレデレと表情筋を溶かして大きく頷く。



「そうかそうか、じゃあ飛びきり可愛い名前にしようねぇ」


「うわぁ、先輩の顔が崩れまくってる」


「ローズ、ナンシー、リリー、キャサリン、オリビエ、ソフィア、ティファニー、ヴィヴィアン、ペネロペ、ジャスミン、ゾーイ、ベラ……うーん、どうもしっくりこないな」


「なんでそんな一気に外国の女性名出てくるの……」


「いつか自分の愛するモフモフが出来たら絶対に良い名前をつけようと思って、名前図鑑を買ってたんだ」


「うわぁ、ガチすぎる」



 実家では母が動物アレルギー持ちということもあるが、下の妹たちが動物嫌いなこともあって動物をお迎えすることはできなかった。

 一人暮らしを始めてからも、仕事中に留守番をさせてしまうことが心苦しく、もし自分に何かあった時に実家で引き取ってもらえる保証もない。だからこそ、休みの日には動物動画で心を慰めたり、猫カフェや犬カフェなどへと通っていたのだ。


 浮足立って色々と回想していた時、ふと我に返る。


 そうだ、この世界にずっと居られるとは限らない。

 もし自分が突然元の世界に戻ってしまうことがあったら、契約していたこの子はどうなってしまうのだろう。

 一緒に世界を渡れるとも限らない。もしかしたらここに取り残されてしまうかもしれないのだ。

 元々野生の生き物なのだから大丈夫だとは言い切れない。一度人慣れしてしまった生き物が突然放り出されてしまったら、元の野性を取り戻せるのかも怪しいのだから。



「……先輩? どうしたんですか? 」


「いや、この子と契約した後、なんかのはずみで元の世界に戻ったら……この子はどうなるんだろうかと思ってな。そんなこともわからないってのに、さっき一生幸せにするなんて、随分と無責任なことを言ってしまった」



 元々一匹でも生きていけるだろうこの子を、安易に契約という形で縛るような真似をしていいのかと今更ながらに迷う。

 みずから木の実を持参してまで歩み寄ってくれたことを考えれば、契約することはこの子にも何かしらのメリットがあるのだろうとは思うが、命を預かることへの責任を果たせるのかが今の段階では不明なのだ。



「だったら【ヘルプ】さんに聞いたらどうですか? 」



後輩にそう言われ、スマホを取り出して『元の世界に戻れるか』と入れてみる。

その答えは非常に簡潔に書かれていた。




『不可能』






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