第13話 別にいいか
やはりそうかというやるせなさと、少なからずこの子を置いていくことは無いという安堵が胸中で渦巻く。
その答えを見た後輩も何かを思案するように黙り込んでしまった。
見知らぬ空の下、焚火を囲いながら突然切り離された故郷を思う。
もう会うこともできない家族。
厳格で裁縫や料理という趣味を女がするものだ恥を知れと頭ごなしに言い続けた父、妹たちばかりを可愛がる母、そして周囲に甘やかされて我儘が天元突破していった妹たち。
いじめられていても男なのだから自分で解決しなさいと言われ、両親が言うまま古武術の道場に通って男らしく鍛えて相応の体になったら、今度は筋肉達磨は気持ち悪いと妹たちに詰られ嫌われた。
兄は妹の願いを叶えなければならない、兄なのだから我慢しなければならない。
初めのうちは家族のためにとそれなりに頑張ったのだ。しかし両親が欲しがる理想の長男と、妹たちが欲しがる理想の兄という存在がまるでかみ合わない。
そんな理不尽に嫌気がさして実家を出て一人暮らしを始めたが、妹たちが何かにつけて押しかけてきてはあれ買えこれ買えと強請り、彼女らが満足するまで金を食われた。趣味で作っていた小物やお菓子などは根こそぎ奪われて、一人暮らしの部屋はいつまでたっても味気ないままだった。
少なからず友人は居たが、社会人になってからは仕事が忙しくてなかなか会えず、非常に濃い家族のこともあって迷惑をかけてはいけないという気持ちから次第に遠のいていった。
そんな鬱屈としていた日々の中で起きた、まさに人生の転換期。
今まで通りの人生は歩めないが、最低限の保障はされて新しい人生を送れる環境が目の前にある。理不尽な要求をする家族もいなければ、自分のものではないような仕事を過剰に押し付けてくる上司もいない。
目の前には期待するような目を向けてくる夢にまで見た可愛らしい生き物と、優しくて力持ちな気の合う後輩。
そこまで考えてから、一つの答えにたどり着いた。
「「別に帰れなくてもいいか」」
後輩と寸分たがわず揃ったセリフに、思わず顔を見合わせる。
そして少し間が開いて、どちらからともなく笑いあった。
後輩はいい具合に焼けた串焼きを渡しながら、自身の過去をなんとはなしに語り始める。
「私、大学に入るまでは海外に住んでたんですけど、両親がとある国の特殊部隊のお偉いさんとして働いててですね。部下の人たちから色々と教わったり、ちょっとばかりお仕事をお手伝いしてたりしたら……まぁ、ほら、才能って怖いですよね。こういうことに関しては吸収率が凄かったらしくて、最終的に人間兵器みたいな仕上がりに……」
「お、おう」
「気づいたら青春そっちのけで訓練、訓練……気づいたらクラスでは浮いてて友達もできなくて、さすがに周りもやりすぎたって思ったのか、しばらくは普通に暮らしていいよって言われて母親の実家がある日本に来たんです。私からすれば突然知らない場所に放り出されたようなもので、普通の生活ってのがわからなくて周りに迷惑ばかりかけて……。それでも自分なりに頑張ってようやく慣れたと思ったら、今度は突然帰って来いって言われて。たぶん帰ったら正式に部隊に入れられて、どこかの戦場に飛ばされることになったでしょうね。あの人たちはきっと、私のことを兵器としか思ってないから」
そう語る後輩は、溌溂とした今までのイメージをガラリと変えてしまうほど寂しげだ。
周囲から見ればけして不幸というわけではなかっただろうが、生まれた環境に振り回されて自分の人生をまともに歩めなかった者同士。
そんな者はあの世界にもこの世界にも星の数ほど居るだろう。もっとひどい環境の中で今でも藻掻いている人々もいるはずである。
それでも、理不尽を押し付けられた時の悲しみや苦しみは自分たちだけのもの。
この瞬間、何の因果か異世界に降り立っているのは自分たちだ。
せめてあの苦しみから解放されたという喜びを分かち合うくらいは、許してほしい。
「『ソナ』にしようかな」
「その子の名前ですか? 」
沈んだ顔をしていた後輩が顔をあげて首を傾げる。
「どっかの国の言葉で『幸せ』って意味だよ。今の俺らにぴったりだろ? 」
そう言ってニヤリと笑った後、膝の上で丸くなっていた天使ちゃんに再度問いかける。
「俺の名前は千堂志狼っていうんだ。君の名前は『ソナ』。俺たちの門出に立ち会ってくれた幸せと幸運の女神である君にぴったりな名前だと思うんだけど、どうかな? 」
「……ムゥ!」
ジッと目を合わせ、彼女の答えを待つ。
そして、しばらくして何かがカチリと嵌まり込むような感覚が体を駆け巡った。
どうやら無事に契約ができたようだ。




