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24・愚か者が目を覚ます

 ユーリアとアートルムが、広間で他の貴族達の視線を釘付けにしながらワルツを踊っている最中――


「…………」


 仲睦まじい2人の様子を、国王が見守っていた。


(やはり聖女は、あのユーリアという娘ではないのか?)


 国王はこの城の窓から、先程の魔獣と騎士達の戦いを見ていた。

 騎士達が苦戦していたところへ、黒竜に乗った謎の女が現れ、天へと昇っていって……それから少し後に、まるで奇跡の残滓のように美しい光の粒子が降り注いだのだ。そうして、魔獣の気配は消えた。


 その際、ユーリアとアートルムの姿は、この広間にも、騎士達がいた中庭にもなかったことを確認している。

 それに……仮面をつけていたことと、遠目だったため不確かではあるが。黒竜の背に乗った令嬢は、ユーリアに似ていた。

 勘と言えばそれまでではあるが、あの黒竜の雰囲気も、アートルムに似ていた気がする。オブシディアといえば魔の眷属であると噂されているし、竜に姿を変えるということも有り得るのかもしれない。


 しかし、あの聖女と黒竜が、ユーリアとアートルムなのだとしたら。なぜ、自分達で名乗らないのか。

 これだけの王族と貴族、他国の貴賓まで揃っている中で皆の命を救ったのだ。聖女だと名乗り出れば、国の英雄としての待遇を受けられるというのに……。


(……自分が聖女だと、公言してはいけない理由があるのだろうか)


「陛下」


 そこで、王立騎士団長が国王に声をかけた。


「どうした。先程の、魔獣との戦闘の報告か」

「はっ。陛下に、お耳に入れたいことがございまして……少々、こちらへ」


 国王は騎士団長と共に、広間の隣室へと足を踏み入れる。

 隣室の(テーブル)の上には、小型犬ほどの大きさの、8色に輝く魔石が置かれていた。どんな人間でも、ひと目見て特別な魔石だとわかるほどの代物だ。


「この魔石は……一体どうしたのだ」

「それが……この置手紙と共に、城の裏口に置いてあったのです。魔獣騒動の後、騒動に乗じて盗人などが悪さを働いていないか城内を点検していた際に見つけました」

「置手紙?」


 国王は騎士団長から手紙を受け取り、その内容を読む。



『この魔石は、先程の魔獣を浄化して生まれたものです。

 私は魔獣が浄化された際、偶然、その場に居合わせて傍観していました。

 この魔石はとても強い魔力を宿していますので、どうぞ、この国の未来のために活用してください。

 国王陛下であれば、人々のために最も良い形でこの魔石を使ってくださると信じております。

 建国記念祭の夜に魔獣の襲撃があるなど不運ではございましたが、脅威は消えました。

 どうぞ、皆と素敵な夜をお楽しみくださいませ』



 ちなみにこの手紙はもちろん、ユーリアが書いたものである。

 聖女だと名乗り出るわけにはいかないが、強大な力を持つ魔石を独占するのも気が引けるし、何より国のために役立てた方がいいと考え、このような手段で国王に託すことにしたのだ。


 国王はその手紙を読み、考える。


(……この手紙には、『偶然』と強調されているが。その場面を見た傍観者で、魔石を持っているというのに、直接私のもとへ来ないのはおかしい。やはり何か、公言できない理由があるのだろう)


 いずれにせよ、名乗らないからには、何らかの事情があるはずだ。

 それに自分は国王として、国が混沌に呑み込まれぬよう導く必要がある。


(聖の力も魔の力も……強大すぎる力は、世に混乱をもたらす可能性がある)


 魔獣を浄化した存在が公になれば、国を救った英雄とされる一方で、尋常ならざる力を持つ異端者として民達から恐れられる可能性もある。どちらにせよ無駄な注目を浴びることになり、それは当人達の平穏を脅かすだろう。


 ユーリアもアートルムも、この国の大事な国民であり、国王にとって守るべき者である。

 何より、魔獣を浄化してくれた者は、今この場にいる全員の、命の恩人なのだ。

 その本人達が自ら名乗り出ないのだから、本人達の意志、事情を尊重しよう――

 国王はそう決意しながらも、再び広間に戻り、優雅に踊るユーリアとアートルムを眺めた。


(他の皆が、気付いていないのだとしても。私は……王として、ユーリア嬢と辺境伯殿に、全力で報いよう)


 国王は幸福そうな二人を見守りながら、心の中で深い感謝と敬意を捧げる。


(それにしても――)


 おそらく聖女と魔の眷属であるが、今この場ではそんなことを全く感じさせない、ごく普通の仲睦まじい夫婦のように見える2人。あまりに幸せそうだから、見ているこちらも自然と笑みが浮かぶが……


(聖の力を持つ令嬢と、魔の力を持つ辺境伯とは……凄まじい、最強夫婦だな)


 ◇ ◇ ◇


「リリーナ……リリーナ、大丈夫かい?」


 一方、その頃――

 魔獣を前にした恐怖によって、白目を剥いて気を失っていたリリーナは。兵士達によって「このまま中庭に転がしておくわけにもいかん」と一旦運び込まれた城の医務室、ベッドの上で意識を取り戻した。


「あれ……? 私、は……」

「よかった。気がついたんだね、リリーナ」


 誰かがベッドの傍にいてくれるようだけれど、ぼんやりとしていて、顔がよく見えない。

 ただ、声からして、ヴォイドではないことは確かだった。


(……当然よね。私を盾にしようとするなんて、ヴォイドの奴、本当に最低……!)


 自分を罵っていたときの、ヴォイドの醜い顔といったら。思い出すだけでも反吐が出そうだ。


(あ……というか私、聖女では、なかったのよね……。ど、どうしよう。皆からの笑いものだわ。きっと皆から罵倒されるんだ……!)


 意識が戻り、魔獣の前での醜態を思い出すにつれ、リリーナはベッドに横たわったままざっと顔を青ざめさせる。

 この先自分がどうなるのかと、恐怖でぎゅっとシーツを握っていると――まだぼやける視界の中、目の前に何かが差し出されたのがわかった。


「ほら、回復薬(ポーション)だよ。怪我はないみたいだけど、恐怖で疲れているんだろう? 飲むといい」


(お優しい、御方……)


 あれほどの醜態を晒した自分に、それでもなお、こんなふうに優しくしてくださるこの男性は、心から素敵な殿方なのだろう。


 ――真実の愛、とは。こういうものをいうのではないのだろうか。

 そんなふうに、リリーナは思った。


 今までは、誰かのものである男性や、身分の高い男性、顔のいい男性ばかり、落とすことに快感を覚えていたけれど。

 誰かのものでなくていい、身分が高くなくても、顔がよくなくてもいい。

 大切なのは、自分がどん底にいるときでも、こんなふうに優しく手を差し伸べてくれる男性ではないのか――


「あ、あの……ありがとうございます」


 トクン、トクンと胸が高鳴るのを感じながら、リリーナは渡された回復薬を口に含んだ。

 すると、意識が明瞭になり、ぼやけていた視界も晴れて――


「あなた、は……」


 さあっと、再びその顔が、青ざめる。


「……ひさしぶりだね、リリーナ」


 ――「真実の愛に目覚めた」とヴォイドを姉から奪い取ったリリーナだけれども。かつてはリリーナにも、子爵令嬢としてちゃんと、婚約者がいた。


 もっとも、ヴォイドと婚約する際に、リリーナは元婚約者のことをゴミのように捨て、二度と会うことはないだろうと思っていたのだが――


 ……その元婚約者が、今、目の前にいる。

無様に捨てた元婚約者が、今更素敵な相手だったと気付いても、もう遅いのです……!

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