25・愚か者達の末路
心をときめかせた相手が、以前自分が無惨に捨てた元婚約者だと知り、リリーナは顔面を蒼白にさせる。
だが、これが最後のチャンスだとも思った。自分はもう、ヴォイドとは確実に破局だし、あのような醜態を晒したのだから、国王や他の貴族達からも見放されるだろう。しかし娶ってくれる男がいなければ、自分に一人で生きていける力はない。
リリーナは最後の希望に縋るように、お得意の儚く可憐な笑みを浮かべた。
「ああ……本当にひさしぶりね! またこうして話せて嬉しいわ。ヴォイドなんかより、あなたはずっと優しい。私にとって頼れるのは、やっぱりあなただけだわ。ねえ、私達やり直しましょう!」
「リリーナ……」
リリーナの元婚約者である伯爵令息は、乾いた笑みを浮かべる。
「それは……虫がよすぎるよ、リリーナ」
大声ではない、淡々とした声だからこそ、その言葉はリリーナに現実を突きつける。
「元婚約者として……何より、人間として。無惨な姿だった君を見捨てることはできなくて、助けた。だけど、君が一方的に『真実の愛を見つけた』と言って僕を捨てたのに、今更元に戻ることはできないよ」
「そ……そんな……」
――リリーナの元婚約者は、とても心優しく、穏やかな人だった。
思えばリリーナがどんな我儘を言っても、いつも笑顔で宥めてくれた。困らせるようなことを言っても、決して怒鳴ったりすることなく受け止め、リリーナを気遣ってくれる人だった……。
それほど優しい男性であっても、リリーナを許すことなく、きっぱりと拒絶を表している。
それだけ、リリーナが過去に、彼を踏みにじってきたのだ。彼の優しさに甘え、我儘を受け入れてもらえることを当然だと思い、感謝するどころか「地味だしつまらない男」と見下してきた。
ヴォイドに心移りして婚約破棄をしたのは、リリーナの方だが――実質、リリーナの方が、彼に見放されたようなものだ。
「ね、ねえ、待って。私の話を……」
それでもリリーナが、自分の未来のために、必死に縋ろうとしたところで――
「気がついたようだな、偽りの聖女よ」
医務室に、国王が足を踏み入れた。リリーナの様子を見にきたのだ。
それはもちろん、優しい言葉をかけてやるためではない。
彼から発せられる冷気を感じ取り、リリーナは今度こそ、顔面を蒼白どころか、紫にする勢いで震え上がった。
「あ……へ、陛下、私……っ」
「身分を偽ってさんざん王家を振り回した罪、しっかりと贖ってもらうからな」
「そ、そんな! もとはといえば、私を聖女だなんて言って迎えに来たのは、そちらでしょう! 勝手に勘違いしたのではありませんか!」
「そなたは自分が聖女だということをまったく否定せず、むしろ自ら進んで聖女だと名乗り……聖女だということを盾に、好き放題していただろう。今回は奇跡が起きたようでなんとかなったものの、そなたの軽率な行為のせいで、何百もの犠牲が出ていた可能性だってあったのだ。情状酌量の余地はない」
国王の声は冷たく、慈悲は少しも望めないと、愚かなリリーナにもわかった。
「王家を欺いた罪は重い。そなたには、相応の罰を受けてもらう。……覚悟しておくがいい」
「そんな……許して……お許しください、陛下!」
国王はリリーナを振り返ることなく、医務室を出て行く。
同じように、リリーナの元婚約者も、もう話すことはないというように椅子から立った。
「ねえ……待って……あなたはわかってくれるでしょう!? ケイン!」
リリーナは涙を浮かべ、元婚約者の名を呼ぶ。
それはいつもの嘘泣きではなく、自分の末路を想像しての、恐怖による本気の涙だったのだが……。
「……君は、いつもそうだ。自分に都合の悪いときは、必ず涙を浮かべるよね」
――彼の言う通り、リリーナは今まで、都合の悪いときに嘘泣きを使いすぎてきた。
嘘を重ねたことで、真実を口にしても信じてもらえなかった、狼少年のように。もはや、リリーナの涙に説得力など皆無だ。
「親が決めた同士とはいえ、婚約者だったんだ。君への情が、なかったわけではないけれど……。婚約破棄したことを一切謝らず、自分の都合でやり直したいなんて言う相手とは……やっぱり、無理だよ」
彼もまた、国王と同じように、リリーナを振り返ることなく医務室を出て――
「……さようなら、リリーナ」
バタン、と扉は閉じられた。
まるで、リリーナの未来が閉ざされたかのように。
リリーナはベッドの上に、崩れ落ちるように倒れ込む。
ユーリアのものを欲しがってヴォイドを奪ったりしなければ。
せっかくの婚約者を捨てたりしなければ……そのまま幸せになれる道も、あったというのに。
だが、リリーナは手にしていた幸福を自ら捨て、ユーリアからヴォイドを奪ったのだ。
結局のところ、手にしていた幸福を自分で手放して、自ら破滅へと突き進んだ。
もはや誰も、庇ってくれる者などいない。
「こんな……こんなの、嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
幸福な未来へと繋がる道は閉ざされ、リリーナに残されたものは、断罪だけだった。
◇ ◇ ◇
建国記念祭が終わって、少し後のこと――ゲルニア領にて。
「く……っ。屈辱だ……っ」
ヴォイドは外であるにもかかわらず、裸になっていた。
ユーリアへの婚約破棄の場での「裸で領地を一周してやる」宣言を、大勢の貴族達に聞かれていたうえ、建国記念祭の舞踏会でのユーリアとのやりとりもまた、同じ貴族達に聞かれていたためだ。ヴォイドはさんざん非難され、自分の発言を守り、裸で領地を一周せざるをえなくなった。
街の人々は、無様な公爵子息の様子を遠目に見て、ひそひそと言葉を交わす。
「やだあ、何あれ」
「理不尽に婚約者を捨てたんでしょ? あのくらい当然よね」
「普段から、ヴォイド様はとにかく態度が悪いしな」
「本当よね。私、以前、彼にお尻を触られたのよ!」
「あんな方が次期公爵になるのか? うちの領地の未来はどうなってしまうんだ……」
「それが、現公爵様が、舞踏会でのヴォイド様の醜態を大変お怒りだそうでな。公爵位は、次男のドミニク様が継ぐことになったそうだ」
「よかった、それならこの地も安心だな!」
人々の話し声は小さく、ヴォイドの耳までは届かない。
それでも領地の人々や、わざわざ見学に来た貴族達に奇異の目で見られ、確実に自分に対して馬鹿にする言葉を交わされているのだろうと思うと……屈辱で頭に血が上り、ヴォイドは平民の女性達のもとへ、裸のまま向かってゆく。
「貴様らっ! この俺をそんな目で見て、タダですむと思っているのか!? 貴様らも裸に剥いて、道連れにしてやろうか!」
「きゃああああああ、こっちに来た!」
「いやあああ、逃げましょう、皆!」
あまりの屈辱で我を忘れたヴォイドは暴走し、より一層領民や貴族達からのひんしゅくを買ったのだった――
◇ ◇ ◇
それからリリーナは、罪人達が収容される北の塔に閉じ込められることになった。
これからは自由に外に出ることもできず、ボロきれのような衣服と粗末な食事だけで生き、看守に監視される中で、毎日囚人労働を続けてゆくこととなる。
「ほら、手を止めるな! もっと働け! 貴様らは囚人なのだからな。言っておくが逃げ出そうとするなら、鞭で打ってやるからな!」
看守は鞭を床に叩きつけ、ピシャリと激しい音を鳴らす。
リリーナはその音を聞いて、ビクリと肩を揺らした。
(鞭、なんて……っ。昔は、私がお姉様に打つ側だったのに)
ユーリアとリリーナが同じ家で一緒に暮らしていた頃。聖女の証を持ちながら力を使えないと思われていたユーリアは、両親から「聖女の力を使えるようにするための躾」として鞭で打たれていた。
苦しむユーリアの姿を見て愉悦を覚えたリリーナは、自分も鞭を持ち、玩具で遊ぶようにユーリアを叩いた。ユーリアは聖女であるため傷を消すことはできるが、心の傷を消すことなどできない。
他にもユーリアは、「聖女の力を使えるようになるまで食事抜き」と言われ、飢える日々を送っていたこともある。そんなユーリアに、リリーナは「甘いお菓子なんて、お姉様にはいらないでしょう? 私が食べて差し上げますわ」と、空腹に苦しむユーリアの目の前で、見せびらかしながらお菓子を食べたこともある。
どこまでも、因果応報。今までリリーナが他の者達にしてきたことが、リリーナに返ってきただけのことだ。
「なんで……どうしてなのよ! こんなはずじゃなかった! 私は、特別な人間のはずだったのにぃっ!」
どれだけ後悔しようが、リリーナが犯してきた過去の罪は、消えることはない。
リリーナはこれからも、この塔で囚人として暮らすことになるだろう。
また、ユーリアの両親は、偽りの聖女を自称する娘を放置した罪や、これまでの領民達への傍若無人さなどを考慮され、子爵に相応しくないとして爵位を剥奪された。
ずっと貴族として生きてきて、税収に頼って生きてきた両親にとって、今から平民として労働をすることなど不可能に等しい。だが、労働以外に生きていく方法はない。
「ああ、どうしてこんなことに……っ。リリーナが大言壮語なんてするから。ユーリアは……いつだって真面目で、働き者だったというのに」
「どうして私達は、ユーリアを虐げてしまっていたのだろうな……。ああ、ユーリア。私達の娘。戻ってきてほしい……」
家事も労働もできない両親は、惨めにユーリアを縋ろうとしたが。アートルムが、二人をオブシディア領に立ち入ることを禁じた。爵位を剥奪され平民となった二人が、辺境伯に逆らえるはずがない。両親は自分達の行いを悔いながら、貧しい日々を過ごすのだった。
かくして、かつてユーリアを虐げた愚かな家族と元婚約者達は、揃って不幸の底へ落ちていった――




