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12.伝染

 壊滅させたアジトからそこそこ近い村へ案内され、いわゆる戦乱の渦中にある俗世から切り離されたのどかな所。

 そのように言いたいところだが、訪れたこのトックという村は盗賊団デッドフォックスによる理不尽な管理、という名の搾取を受けていた村だ。

 エリアルから今まさに聞かされた。


「え、エリアルさん……これ以上差し上げるものは……」


 村へ入るなり、みんなエリアルを見てはそそくさと逃げ出していく。

 村はデッドフォックスからの搾取を受ける代わりに、申し訳程度の庇護下に置かれていた。

 それはその表現の通り気休めに過ぎず、元々めぼしいものがこの村に無いことから外敵が出ることも無いというのも相まって、ただの理不尽な搾取と変わらなかった。


「ご主人様、今日は汗もいっぱい掻きましたし、宿屋で一休みするとしましょう」


 エリアルが浴びた返り血は目に付くため、テムズが大方拭き取った。

 それでも細かい汚れと泥臭さが鼻に突き刺さり、出歩くにはいささか不潔感が拭えない。

 しかしながら、元々この村の住人からは蛇蝎のごとく避けられているために、無駄骨な部分がどうしても否めない。

 魔物の巣窟の中心で野宿と、さらには敵地への強襲。警戒心を常に尖らせていたためにかなり磨耗していた。


「エリアルの提案に乗るとしよう」

「この近くに良い宿屋があるんです。紹介しましょうか」


 盗賊たちに荒らされ、隠蓑にもされたこの寂れた哀れな町トック。できずと侮られていたエリアルですら恐がっているこんな村に、まともに経営されている宿屋があることすらすでに驚きだ。


「荒れようを見ていると、その情報はかなり怪しく思えるのだが」


 エリアルはこんな所にも宿屋があると豪語して止まない。

 町人が避けていくのを横目に、雑草やゴミで荒れた村中を行く。荒れ果てたこの地で満足行くサービスが受けられるのか、未知が囲う現状は不安しかなくてどうしようもない有様だ。

 買い溜めして空き家で泊まり込む算段が、商人すら逃げていくせいで水の泡だ。

 村の惨状を見ていると、エリアルの証言が信じられなくなっていく。


「安心してください。質は保証しますよ」


 エリアルが指差している方向を注視しながら歩いていると、一見して立派な建物が構えてあった。庭は整えられており、見栄えに貢献する美しい花も飾られている。感慨深さに強張っていた心が溶ける気分に酔う彼とは裏腹に、エリアルは目的遂行を重視、花になどみじんも意識を割かない。


 ご主人様の目的に関与しない存在に、彼女は価値を見出せない。ゆえにそれらは存在しないものとして扱われ、踏まれ、放置される。 

 庭に生けられた花が彼女に踏まれるが、踏んだ当人は気にも留めない。主人しか目に映さない。


「ご主人様、ご主人様」

「なんだ?」


 あどけなさの裏は虚な世界。偽の感情を武器に、エリアルはテムズに取り入ろうと甘えてきていた。


「呼んだだけです」


 目前に控える宿については、他に当てがないか聞いても知らぬ存ぜぬ、やはり村そのものは酷く退廃しているようだ。

 そのような有様では希望をそこへ見出すしかなく、藁にも縋る想いでためらわずにその扉を叩き、反応を受けて中を拝む。

 清潔そうな宿の中には清楚な茶髪の大人びた女性が一人。怯えた様子でテムズたちを見ている。


「エリアルさんですか。この前お金は払ったはずです。次のお金は必ず準備しますので、どうかこのままお引き取りを」


 エリアルが入るなり、柔らかな物腰で対応する女性。しかしながら、動揺は隠しきれていない。横柄にもエリアルは彼女を無視し、家内へ向けて勢い任せに踏み込んだ。


「もう金は要らない。この方とあたしをここで休ませて」


 エリアルは疲れているテムズを慮る一方で、宿屋の女性には凄まじい剣幕で迫る。

 主人以外にはどこまでも冷血に振る舞うのが、このエリアルという女だ。


「お金が要らないとは、盗賊稼業の貴女たちは安定した財源をこの町で賄っていたのではないのですか?」


 この村はデッドフォックスが外部の奴隷商と仲介する拠点として使っていた。

 ギルド連盟に勘づかれないように頻度は少ないながら、村人への口止めをしつつ、奴隷たちの受け渡しを秘密裏に進める。

 表向きは一見して鳥が囁くのどかな村。

 しかし裏の顔は犯罪組織に牛耳られていた奴隷売買の温床となっており、これを知る周辺の村の人間や若輩者の冒険者は避ける傾向にある。

 水面下に潜む忌まわしい汚泥を掬おうと思えばあちらから沸いてくるという、不気味な本性が垣間見られる。

 興味本位で近づく者もいたが、全て返り討ちに遭っている。


「盗賊ねぇ、ご主人様のためならあんな奴ら、もういくらでも壊せちゃうからね。この方のためにすでに潰してきちゃった」


 エリアルは先程行った事の顛末を正面から堂々と言ってのける。


「それではデッドフォックスは……」

「もう壊滅してるよ」


 エリアルからのデッドフォックス壊滅の報せを聞いたことで、彼女に入っていた力が一気に抜けているのが伝わる。

 彼女のそれはもちろん糠喜びである。

 エリアルはここを救う救世主になったのではないと薄々勘づいているからだ。

 盗賊なんて小悪党よりも、さらなる屑に身を堕としている。

 自分の骨身を惜しまずにテムズへと奉仕する非人間は宿屋の娘の背後に回り、そのまま組み伏せる。


「きゃっ! 何をするんですか!」


 困惑する彼女は固く組まれた拘束から抜け出せない。

 力ではエリアルの方が何倍も上回っており、その気になればいつでも殺せる。

 他人から生殺与奪の権利を剥奪する。正義というしがらみに巻かれる悪党にとっては、これほど清々しくなれる行為はそうはないだろう。


「勘違いしてもらっちゃ困るよ。デッドフォックスは新しく生まれ変わったんだ。このテムズ様を新しくボスに据えることでね」


 デッドフォックスをただ潰すのではなく、こちらの好みに合わせて改装する。エリアルとテムズでパートナーを組むという、エリアルの欲塗れな発想から生み出されたものであり、盗賊団デッドフォックス自体は形骸化しているも同然の有様である。


「俺はそんな気はさらさら無いんだがな」


 娘は抵抗を諦めないが、エリアルの力を征するのは普通の人間では限りなく不可能。魔物に裸一貫で挑むような無謀である。


「あれだけの勢力を誇ったデッドフォックスは今や二人だけ。あたしはこれだけで満足だけど、ご主人様の器には狭過ぎるとやっぱり思うの」


 これまでカモフラージュしていた彼女の瞳には例の魔法陣が浮かび上がる。

 少しして、両目に浮かんでいた紋様の片方が何故か消える。

 テムズは目を見開き、その行方を探す。

 これまでには無い新たな事象に、テムズは恐怖を覚えると同時に探究心をくすぐられた。


「あっ……」


 その行方はすぐに明らかになった。紋様は消えたのではなく、捕まった村娘に伝染していた。

 彼女の右目にはエリアルの左目に浮かんでいるのと同じ、複雑な魔法陣が組まれている。

 娘を覗き込んでいた瞳から、彼女へ伝染した。

 このような能力は完全に想定外で、無知な術者は腰を抜かす。

 これは一人に留まらず、伝染する魔術ということが、これより明らかになる。


「魔力の受け渡し完了です。ご主人様」


 エリアルの魔力がやや減少している代わりに、娘の魔力が跳ね上がっていた。

 およそ凡庸な才能が国の宮廷魔術師に引けを取らない値にまで伸びている。

 テムズの計測に狂いが無ければ、大方この見立ては正しいだろう。


「うひ……」


 魔術が伝染した彼女はけたけた笑いながら、身体を揺らして立ち上がる。

 雰囲気は以前までの怯えた、卑屈な様子から変遷しており、みなぎった力に活力を受けることで生まれる快楽を享受している。


「テムズ様、今日はお泊まりですか。もちろん貴方とその奴隷はタダですよ。奴隷たるもの、等価交換すらおこがましい下等な存在。奴隷はただ搾取されるのみにございます」


 奴隷の名前はアーキア。

 胸元に飾られたネームプレートが、錯綜する状況の中でも真摯に教えてくれた。

 彼女は初対面のテムズに胸を押し付け、甘い息を耳に吹きかけてくる。

 魔術はすでに両目にまで伝播し、頬を膨らませているエリアルもそれは同様であった。

 彼女もまた、エリアルに次ぐ新しい奴隷としての生を受け、テムズに尽すことを誓っていた。

 宿屋の娘は魔法陣に侵されてから、テムズたちに見せる態度が劇的に変わっていた。


「ふふ、テムズ様のために、このアーキアも奴隷になりました」


 魔術はエリアル曰く、奴隷が対象に乗っ取りたいと意思を持って接近し目を合わせると伝染するようだ。

 彼女はエリアルからの魔力の受け渡しを経て、本人も言う通りの奴隷となっていた。

 エリアルは本能で魔術の機能、その一部を解析し、実行に移したという。

 そこまでの話だとこの機能、聞こえは良いのだが、魔力に優れた相手には何らかの手段を講じて半殺し程度まで弱らせない限りは洗脳が効かないとのこと。

 誰でも彼でも洗脳が通るわけではなく、万能性にはやや欠ける。


「テムズ様に名乗らねば。私はアーキア、このボロ宿を盗賊に不当に集られながら切り盛りしていた情けない女です」


 自虐だらけの自己紹介が尾を引かせる茶髪の娘アーキアは日も暮れた頃、夕食の準備に取り掛かる。

 宿屋を一人で切り盛りするたくましい娘らしく肉や野菜を手際良く切り、パンを人数分テーブルに並べる。

 名前はネームプレートから見ていたが、わざわざ名乗るとは見た目の慎ましさ通り律儀である。


「アーキア、宿代はどれくらいだ。やはり払った方が良い気がして」


 ちょっとした良心に呵責され、改めて賃金の支払いを申し出る。

 デッドフォックスがやっていたような搾取行為は彼らと敵対していた経緯もあり、気が引けるものだ。


「要りません。私はテムズ様に搾取される奴隷。宿代なんてとんでもない。銅貨の一枚も払わなくて結構ですよ」


 アーキアは笑みを讃えて料理に専念しながら、奴隷らしく搾取を望む。

 これでは無理に渡そうとしても断られるだけだ。かといって命令して受け取りを強要したところで、後々に密かに返されたりなど、お気持ちだけです、などとやられかねない。

 奴隷に奉仕するのはかなり難儀なことになりかねない。


「そうかい」


 椅子に腰を掛けてのんびりとしながら、芳しい厨房から流れてくる焼き肉の香りを受け止めるテムズ。

 とりあえず宿代については諦め、目の前に連なる夕食に専念することにした。


「アーキアの料理、とても美味そうだ」

「あたしだって肉料理は得意分野ですよ!」

「野性味溢れる男料理と繊細で華やかな彼女の料理を一緒にするな。お前の料理も美味しいのは認めるが、見た目は雲泥の差だぞ」

「むぅ、ではご主人様はその女の料理に魅入られたのですね。ちょっと悔しいです」


 肉とは別に、横で湯気を立てているのは頰を膨らませているエリアル。

 彼女の盗賊流の荒々しい料理はテムズの口に合い、また食べたいと思わせる魅力を持ち合わせている。


「明日は朝一番にお前の料理を食べさせてもらうよ」


 人間らしい生気を感じさせない目でありながら、それとは裏腹に感情的に受け答えするエリアルとアーキアは不気味に見える。

 その一方で、人間的な理解を超越した神秘の匂いに包まれている。


「あ、嬉しい。嬉しいです! では明日は腕によりをかけて作らせてもらいますね!」


 あの目は人格を司る脳を破壊された証だ。しかしそれなら喜怒哀楽はどこから出て来るのか気になるところだ。

 彼女たちは主人を祀り上げる以外は普通を装ってそれらしく動いていた。

 よく言えば人間を良く再現している。別の角度から映せば不気味な人形と遜色無い。

 テムズにはとにかく不思議でならない不可思議な現象だ。

 未だ謎が多いこの魔術を解き明かしていく上で、いつの間にやら感情らしい要素を芽生えさせた彼女たちについて、研究の足掛かりになればと懸命に考えていた。


「ご主人様、考え事ですか?」

「ああ、お前たちを奴隷たらしめる魔術について少々」


 情報を外に漏らす可能性が無いであろう奴隷に秘め事は要らぬ世話。彼はエリアルに考えていた事を談笑の流れで吐露していく。


「あたしたちの感情ですか? そういうものは全てご主人様に向いています。それ以外は無です。ご主人様以外に労力を割くのは奴隷に必要ありませんから。唯一、ご主人様を虐げた世界に対する怒りがありましょうか。その他はご主人様に割くべき感情であると決定付けられており、今後変更する方針もありません」


 エリアルはパンを一口分千切って取り、食べる。

 それからテムズから目を離さないまま、可愛らしい童顔を武器に口をもぐもぐと咀嚼し、それを小さく喉を鳴らしたと同時に飲み込む。


「脳を魔術で弄られてもあたしには仮の感情があります。味覚もあります。あとは、このパンは美味しかったです。アーキア、もう一本頂戴」


 残ったパンにがっつき、あっという間に食べてしまうエリアル。

 味が分からなければ、感情があればこんなことはできないとばかりに、彼女は主張した。


「しかしそれはご主人様ありきのもの。ご主人様を満足させるため、あたしたちは笑います。泣きます。ご主人様に付いて行くため、この身体の生命を上質な食で繋ぎ止めます。貴方がいなければ、あたしたちは代弁する怒りに身を任せて世界に呪いを振り撒くだけの魔物」


 エリアルがテムズの手を取り、鼻がくっつくくらいに顔を近づけてくる。

 奴隷は主人を失えば生きる意味を失う。普通に考察すると簡単にそこへ行き着く。

 では、テムズが本当に命を失ったとするなら、奴隷たちは言葉の通りに主人を殺めた世界を呪い、滅ぼすために動き始める。


「ご主人様、こんな魔物にどうか、怒り以外の感情を残して下さい。あたし、奴隷としてご主人様に笑いかけるのがとっても好きですから」


 愛が妙に重たい彼女を前に胃をキリキリさせるテムズ待望の夕食がアーキアによって並べられていた。

 互いに話したい事を話した後は、アーキアと三人で食事の時間。

 テムズは両手に華で、両隣には子どもらしい体型の盗賊と大人びた宿屋の娘が肩を擦り寄せている。

 彼女がしてくれたのは夜に溶け、別の顔を覗かせる宿屋の案内であった。

 夜道は部屋を飾る薄い明かりに照らされ、その光は外まで延びている。


「こちらが客人が泊まる寝室です」


 甘い香りがする木組みの情緒ある宿、その玄関先に吹き抜けに階段を上がった寝室は毎朝干し、取り替えている清潔なシーツを用いて、客人が快適に休めるように配慮がなされている。

 本棚には想像力における創作物である童話やこの世界を作ったと言わしめる神々の伝説を語った神話、先の時代を偉人の伝記など、暇を潰すための豊富な種類の本があった。


「ご主人様とエリアルは別々の部屋に泊まりますか?」


 選択肢はあってないようなもの。彼女は別の部屋にしろと笑わない目でエリアルを睨みつけていた。

 話下手でも人の気持ちを汲み取ることだけは観察眼から養っている彼は、この二人がどんな関係に置かれているのかは一目瞭然、完璧に見抜いている。

 ご主人様と別れろ。

 ご主人様と眠らせろ。

 陰ながら、二人の猛烈な主張は対立していた。


「お好きな方をお選びください」

「じゃあ別々にしておくか?」


 アーキアの口元が目に見えて綻び、エリアルが絶望に打ちひしがれたように萎びて動かなくなる。

 どれだけテムズの影響力が彼女に及んでいるのか、おそらく生命活動にまで達している、エリアルの萎みようからそのように邪推せざるを得ない。


「うん、一緒でも良いかな。その方がアーキアも掃除の手間を少しだが省けるだろう」

「そのような事はお気になさらず、ぜひとも一人ずつ、のびのびとお部屋を使ってください!」


 先程とは反対の構図ができあがっていて、してやったりと鼻息を吹くエリアルに対し、ごまかしてはいるものの、それは失敗に終わっており、取り乱しようが目に見えて伝わってくるアーキア。


「三人川の字ってのも良いんじゃないか」

「それなら独り占めよりは納得はいかないけど」

「ありかもしれませんね」


 ここへ来て初めて並行線を行き、擦れていた意見が合致した。

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