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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
決別のその時に
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【陽菜視点】 二人の休日(疑問)

土曜日。目を覚まして時計を見ると、朝の8時。ぐっと伸びをしてゆっくりとベットから起き上がった。小さく欠伸をしながら洗面所へ向かい、顔を洗って気合いを入れる。今日はデートの当日だ。そして、彼の開発している例のゲームの、テストデータが配信される日でもある。土日で多くのユーザーに知ってもらい、意見をいただくのが狙いらしい。配信は10時からだ。

――そういえば、秀哉さんもう起きたかな。

あれからというもの、秀哉さんはまるで私に隠し事をしているかのようにどこかよそよそしい。隠れて星ちゃんに相談に乗ってもらったものの、浮気とかそういうのじゃないと言われるだけで、ちゃんとした答えが貰えていない。もしかすると、件のデータ不備の真相をひた隠しにしているつもりなのかもしれない。しかし、私の想像が正しいものだったとしても追及は出来ない。これはまーちゃんとの約束でもあり、自分への戒めでもあるから。


「陽菜」


着替えて朝食の用意の確認をするためリビングに入ると、お母さんに呼ばれた。カウンター越しに近付いてみると、彼女はどこか心配そうな表情で私を見つめてきた。


「最近、ちょっと遅いんじゃない? それに外出も多いし……」


それに答えようとは思えなかった。大丈夫だと二つ返事のように告げて、食卓についた。用意されていた朝ごはんを食べていると、またお母さんは問いかけてくる。


「大丈夫って……今までほとんど、学校帰りに遊んだりしてなかったのに、急にこうなるんだもの。変な人と繋がっているんじゃないでしょうね?」


「……ふぅん、今まで散々気にしてこなかったくせに、今になって訊くんだ? しかもそんな、勝手な想像で」


少し声色を落として訊いてきた彼女に、どこか軽蔑した視線を送る。それにカチンと来たようで、彼女は強く私を睨んできた。でも私は怯まず、次の言葉を紡いだ。


「ほんと、いつもそう。私がこうしたいって言っても聞かないから自分でやること決めているのに、いざそれを知ったら勝手な考え押し付けて……。身勝手だよね」


「あなた、誰にその口利いているのか……」


「だからそれだって言ってるの」


苛立ちを通り越えて呆れた溜息が自然と出る。途中だけど朝ごはんを食べる気が失せた私は、立ち上がってリビングを出ようとした。


「だったら教えなさいよ」


しかし手首を掴まれて強く握られる。神経が骨と皮の間で圧迫されて痛みが走る。それで余計に話す気など消え失せ、私は彼女の手を思い切り振り解いた。手首は多少赤くなっているだけで問題無いみたいだけど、腹立たしさから思わず舌打ちして彼女を睨んでいた。


「陽菜! 答えなさい!」


「何だっていいでしょ! アンタみたいに暴力ばっかの親に話す義理なんて無――ッ!」


私の怒鳴り声よりもさらに反響した乾いた音。刹那、頬に激痛を感じ、その衝撃で崩れ落ちていた。視線を上げると平手を構えたお母さんの姿。そこでようやく、私が頬に平手打ちをされたことに気が付いた。


「……お母さんはね、アンタが解らない。母親として、保護者として解ってあげないといけないのに、アンタが解らない。人間として解らないの。だって、なんにも話してくれないから。何か困ったことがあったら助けてあげたいし、守ってあげたいのに、何も教えてくれないからどうすることも出来ないの。いきなり引きこもりがちになった時も、高校になって、しばらく見なかった真尋ちゃんがわざわざうちにやって来た時も、今回もそう……。どうして教えてくれないの? それで聞かないからとか言われても……じゃあお母さんはどうすればいいの、って思うの。……わかるわよね?」


今にも泣きだしそうな表情で訴えかけるお母さん。それにつられたのか自分でも判らないけれど、私の瞳には大粒の涙が溢れている。お母さんは私を抱き締めると、優しく背中を撫でてくれた。


「……教えてほしいな」


その温かな声にどこか苦しくなって、ひどく嗚咽する。知らなかったのが自分だと思い知らされ、今まで自分がしてきたことがどれほどの悪態だったのかに強く反省した。その間も抱擁を解かなかったお母さん。落ち着いて、ゆっくりと体を離すと、私は現状をありのままに話した。


「……そう。やっと、あなたが解ったわ……ありがとう、陽菜。その彼氏さん……大切にしなさいね」


その言葉に大きく頷いて答える。私を立ち上がらせてくれたお母さんは、ずっと微笑んでいた。温かな表情に心を打たれ、私も微笑み返す。ふと時間を見ると、針の角度は90度をすでに超えていた。ハッとして、急いで歯を磨いて部屋に戻ると、用意していたカバンを乱雑に担いで玄関へ。不思議に思ったのか、お母さんがどうかしたのかと訊ねてくる。


「今から会う約束してるの、もう時間無い! ごめんお母さん、またゆっくりできる時に話すから!」


答えを待たずに勢いよく外に出たけど、言い忘れたことを思い出して振り向いた。


「今日、多分泊まりになるから」


私は大急ぎで駅まで向かった。待ち合わせは中心街の駅。今から間に合う確率はほとんど絶望的なのを受けて、私は秀哉さんに電話をかける。


『陽菜?』


「秀哉さん。ごめんなさい、寝坊しちゃった」


可笑しそうに笑う声が聞こえる。からかわないでと言うと、彼は平謝りする。


「私から誘って、配信と同じ時間に合わせるんだって言ったのにこんなだもん。本当に反省してるんだよ?」


『わかってるわかってる。正直俺も間に合うか心配だったから、ある意味ちょうど良かったよ。どっちが先に着いても恨みっこ無しだな』


嘘も方便と言うけれど、罪悪感は否めない。でも、そんな能天気な彼の声に心が満たされる気がした。ようやくマンションから出て、すぐ先の道を曲がろうとした時、不意に何か、悪寒を感じた。


「ッ――!?」


振り返ってみても何も無い。見えるのは裸の木々とまだ誰も居ない公園。でも確かに感じた寒気。まるで、冷たい氷の刃に切り付けられたかのように嫌な感覚。もう一度見渡してみても、やはり何も無い。


『陽菜? どうした?』


心配する声に、何でもないと告げた。彼はあまり気に留めなかったようだけど、お互いに早く着くようにしようと促された。私はさらに急ぎ足で駅まで向かって行った。

中心街の駅に着き、待ち合わせに指定した時計台に行く。秀哉さんを見つけるのにそう時間はかからなかった。立ちながら器用にノートパソコンを操作する彼に近付くと、私に気付いた彼は軽く片手を挙げて挨拶してくれた。彼の隣にポジションを固定して、チラッと画面を見る。何かのグラフがリアルタイムで加減していた。


「テストデータのダウンロード数とレビュー数の比較だよ」


そう説明されて思い出した私は、フリーアクセスポイントに繋いで、教えてもらったURLからデータをダウンロードした。それを開くと、テストデータとはいえ、手を抜くことなくしっかりと作られたタイトル画面が映る。それだけで、なんだかワクワクしてくる。


「初回のダウンロードがあるから、それを終えたら少し席を変えようか」


その様子を見た秀哉さんがそう促す。とは言え私の立案なので、お店は私が決めてもいいかと問うと、即答でOKされる。少し待機して初回のロードを終えると、私は別ウインドウでメモを開き、この間まーちゃんと見つけたお店から適した店舗を抜粋、決定し、パソコンをしまった秀哉さんと一緒に駅を後にする。目的地は、少し歩いた先にある喫茶店だ。そこに向かっていると、秀哉さんが不思議そうに聞いてきた。


「急いでいたからか? ちょっと寝癖付いてる」


驚いて鏡を見ると、確かに左サイドの毛束が膨らむように弧を描いている。恥ずかしくてたまらなかった。


「み、見ないで……」


「でも雰囲気ちょっと変わって、そのままでいいと思うぞ?」


お世辞だとしても、そう言ってくれることに嬉しさを覚える。すると秀哉さんは歩きながら、どこか慣れた手つきでその癖を手櫛で梳く。その時に何か手に付けていたようで、ひんやりとしたものが少し肌に付いた。


「ちょっとは目立たなくなったかな」


何をしたのかと思いもう一度鏡を開くと、膨らんでいた毛束が、緩めのカールを巻いた時のようにふわりと纏まっていた。ウェットティッシュで手を拭う彼に、何をしたのかと訊いてみた。


「星ちゃんが、さ。俺が遅刻ギリギリで髪直してる暇無いって知って、ジェルワックスを渡してきたんだよ。丁度良いかなって。目立つ感じだったし、気休めにはなるだろ?」


頷いてお礼を言う。こうもスマートにフォローされると、キュンとしてしまう。


「あ、でも、あれか。あんまり髪とか、触られたくないよな……。ごめん、ちょっと配慮不足だった」


何を思っておせっかいをしたと感じたのかわからないけど、何故か秀哉さんは申し訳ないと苦笑いする。嬉しいよと微笑みながら言うと、少し顔を赤くして彼は視線を外す。恥ずかしそうに、それならいいんだと呟く彼は、非常に可愛かった。しかし、ここまでなんだか変に積極的なことに、多少の疑問が浮かんでいた。

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