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君がいるから  作者: 七瀬幸斗
ただ一つの信頼、一度きりの深愛
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二つの絆、大きな繋がり

通じ合った想い。全てを終わらせようと去って行った俺を探し出し、彼女は――天宮 陽菜さんは、自分の想いを打ち明けてくれた。誤解、勘違い、すれ違い、その全ては、彼女によって払拭された。俺を好きだと、俺を愛していると強く伝えてくれた彼女に答え、恋人として、共に並んで歩んで行くことに決めた。もう離さない。もう勝手に居なくなるつもりは無い。彼女が途方に暮れた時、傍に居続けることを決めた。不思議と人気の無いホームで口付けを交わし、顔を上げてみれば、ほんのりと頬を染めて微笑む麗しいその姿に心が鳴った。もう一度強く抱き締めると、彼女もそれに応えてくれる。こんなに心満たされる想いになったのは、もう何年ぶりだろうか。


「……あの」


小さく呼びかけてきた恋人の言葉を、優しく受け止める。


「……私、こういうの、初めてで……よく、わからないんです。私たち、これからどうすればいいんでしょう?」


はにかむ彼女。どうと言われても、こちらもどう答えればいいのかわからないが、とりあえず今感じている違和感を払うことに決めて、こう答えた。


「まずは……もう、敬語はいらないかな。すぐには難しいだろうから、徐々に変えていこう。それと……俺もこうするから、君もそうしてほしいかな、“陽菜”」


「っ……は、はい……“秀哉さん”」


やはり、まだまだ時間が掛かりそうだなと、可笑しくなってしまった。クスリと笑う俺を見て少しキョトンとしていた陽菜だったが、少しの間を置いて状況を飲み込んだのか、恥ずかしそうに俯いてしまった。そんな仕草すら、非常に愛らしくて、愛おしい。


「アツアツなのもいいけど、今どうするのかも考えてほしいなぁ」


不意に届いた声。二人同時にその方を見上げると、少し恥ずかしそうにしながら徐々に近付いてくる女性が居た。仁科さんだ。


「ま、まーちゃん!? あ、いやっ、これは、その……」


咄嗟に解かれた抱擁に名残惜しさを感じたが、慌てふためく恋人の姿が実に可愛らしくて、すぐに気にならなくなった。立ち上がると丁度仁科さんも合流し、微笑んで俺たちの進展を素直に祝ってくれた。


「でも陽菜、アタシが来たからって彼から離れちゃうのは良くないよ。もー、これだから恋愛未経験者はーっ」


半ばおちょくるように肘でグイグイと陽菜を小突く仁科さん。顔を真っ赤にしてやだやだと逃げる陽菜。やっぱり、もうすっかり仲良しだ。


「なぁ、二人とも」


じゃれ合う二人を呼ぶ。俺はそんな二人の手を取ると、握手させるようにそれらを合わせた。驚いた二人だったが、顔を見合わせながら微笑んでいた。


「二人はそれぞれ、どんな存在だ?」


敢えて問うと、真っ先に口を開いたのは仁科さんだった。


「一時期、周りの影響で浮かれていた時に、嫌な思いをさせちゃったけど……でも、アタシは陽菜の事、他の誰とも比べ物にならないくらいに大切で、大事で、大好きな女の子だって確信してる。絶対に……離したくない」


それに応えるようにしっかりと仁科さんの方を向いて、陽菜も自分の意志を告げた。


「ずっと、嫌いだった。ずっと、嘘ばっかりついてた。小学校の時はヒーローだったけど、中学で苦しい思いさせられてからは、話したくない、会いたくも無いって……ずっと、そうだって思ってた。でも、高校になっても独りだった私から、まーちゃんは絶対離れようともしなかった。外面ばっかりの私で、きっと苦しかったよね。でも、今もこうやって傍に居てくれている。私を見てくれている。いつの間にか……好きに、なってたみたい。ごめんね、今までずっと逃げていて。今までひどいことばかり言って。こんな私だけど……。これからも……友達で居てくれるかな?」


その言葉に涙を流し、それでもしっかり受け止める仁科さんは、ひたすらに頷いている。もらい泣きする陽菜だったが、ゆっくりと仁科さんを抱き寄せた。


「これからも大好きだよ……真尋ちゃん……ううん、やっぱり、まーちゃん」


「あたしも大好き……大好きだよ、陽菜」


角が取れたような仁科さんの一人称、響きが優しくなった陽菜のまーちゃん。たった数時間しか二人を同時に見ていないが、それでも、物凄く大きく、輝かしい一歩になったんだと実感できた。余韻が残り続けるくらいに二人の世界は大きかったが、いつまでもこれでは見世物になってしまうと思った俺は、先ほど仁科さんがやって来た時に訊いていた事柄の答えを出すべく口を開いた。


「結構勝手に出て行っちゃったから、今日はもうこことはお別れしよう。二人は行きたいところはあるか?」


ゆっくり体を離した二人だが、何故だか手を繋いでいる。そこまで想いが強いのかと逆に感心したが口にはしないで、反応を窺う。答えたのは、仁科さんだった。


「ううん、無いです。ていうより、二人がせっかく通じ合えたんだし、あたしはお邪魔かなって」


「そ、そんな、邪魔なんかじゃ……」


驚き否定しようとする陽菜を仁科さんは差し止め、俺に目線を配るとウィンクしてきた。どう見てもエスコート頑張っての合図だったが、何を思ったのかどこか嫉妬気味の表情でお姫様は付き人を睨みつけた。


「い、今の、なんの合図?」


「あーいやいや、深い意味は無いよ。……無く手ですね? あの、陽菜殿下?」


軽く誤魔化そうとした仁科さんを執拗に見つめる陽菜。嫉妬していることが由来なのは一目瞭然だが、これは少し、彼女と付き合っていく中では骨の折れそうな一面だなと冷や汗が浮かんだ。


「わ、渡さないから」


「いや別に結構っていうか……あ、いや、妹尾さんごめんなさい、言葉の綾です。嫌いじゃないですしむしろ好き……うん、陽菜ちゃん近い近い、近いから」


もはや収集が付かない事態は、俺が陽菜の頭を撫でたらあっさり落ち着いた。“キスされるかと思った”などと言いながら息を切らしている仁科さんのことは、敢えて気にしないでおくことにした。

15分置きの電車。時間帯のせいもあって、電車が来る頃には多くの人でごった返していた。ひとたび乗車しようものなら、行きよりヒドいすし詰めの満員電車。せめて陽菜はと思ったが、彼女の大切な友達にも何かあっては困ると危惧した俺は、二人を抱き込むように端で踏ん張った。しかし乗り換えてもなお続く人混み。やっとのことで最寄り駅に着いた時には、尋常無い汗をかいた体が一気に冷やされて鳥肌が立った。


「大丈夫……?」


改札を抜けると、心配そうに見つめてくる陽菜。カバンからタオルを取り出して汗を拭ってくれた。後ろから嫌な視線を感じて振り返ると、にやにやしながら仁科さんがその様子を眺めていた。


「ひゅーひゅー」


からかう彼女を、陽菜は顔を真っ赤にして追いかけまわす。逃げながらも器用に冷やかしを欠かさない仁科さん、そしてそれを飽きずに追い続ける陽菜。二人はこれ以上無いくらいに楽しそうだ。結果的に俺と陽菜に道が拓けたわけだが、当初の目的もしっかりと果たせて、この一日を用意して本当に良かったと心から思った。


「このままじゃアツアツすぎて心も体も蕩けちゃうっ」


「まーちゃんッ!!」


やっぱりイタチごっこの二人。埒の明かない泥仕合に呆れた俺は、強制的に締めくくることにした。これじゃまるで小学生の引率の先生だ。


「ほら怒られた。まーちゃんのせいだよ」


「んな、自分も騒いでいたじゃん!?」


「おまえらは小学生かっての」


挙句に口喧嘩が始まろうものなら、俺は二人の額を小突いてやめさせる。てへぺろなどと言ってきた仁科さんにもう一発。さすがに痛かったみたいで半分涙目だった。謝りついでのようになったが、せっかくだしどこかへ買い物にと提案してみる。しかし、仁科さんにそれをやんわりと断られてしまった。


「今日の残りの時間は、もう二人の時間だよ。せっかく親友が恋を成就させたんだもの。いつまでもあたしが居るのは、二人が気にしなくったって、あたしが困っちゃうよ」


初めてしっかりと見る仁科さんの満面の笑み。屈託の無い、無垢で可憐なそれは、得も言われぬ達成感に包まれて生まれたものなんだと強く感じた。


「じゃあね、陽菜。そしてその彼氏さんこと“秀哉お義兄さん”。実はあたしの最寄はもっと向こうだったりするから、ここからはバスで行くよ」


手を振る彼女へ、成り行きで手を振り返しそうになったが、あまりの違和感は払拭しないと気持ちが悪い気がして口に出す。


「“お義兄さん”?」


返ってきた言葉を理解するのに、少し時間が必要だった。俺も、陽菜も。


「陽菜の家族はあたしの家族です!」


そう言い切って去って行く仁科さんへ、陽菜が慌ててその言葉の語弊を繕った。


「か、家族はまだ早いからッ!」


しかし届いているのか否なのか、仁科さんは可愛らしくスキップながら道を進んで行った。今の一連がどこか可笑しくて、二人で笑い合っていた。

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