近付くその時
このチケットはフリーパス。従って一日中ここを堪能できるわけだ。定番のジェットコースターやお化け屋敷などもあれば、一風変わった3Dエンターテインメントアトラクションやガンアトラクションといった、どこぞの夢の国や大型テーマパークとはまた違った雰囲気のアトラクションも豊富で、チケットが取れないのも納得のクオリティだ。ここまで目移りするアミューズメントテーマパークが今まであっただろうか。広大な土地に惜しげも無く設置された各アトラクションを確認しながら歩いていると、いつの間にか先導していた仁科さんに呼びかけられた。
「こういう時は先立ってエスコートするのが紳士ですよ?」
「エスコート以前に、俺ここ初めてだからロクに知識持ってないんだけど」
追いついてみればそう言われて戸惑ってしまう。不満そうに頬を膨らませる仁科さん。そんな俺たちの様子を見ながら、天宮さんは可笑しそうに微笑んでいた。
「アタシ、ここ一度来てみたかったんですよ! 彼氏なんていないから、せめて陽菜とって思ってて。そしたら妹尾さんがこうやって場所を作ってくれて、なんかもう楽しくって仕方ないんです! あ、あれ乗りたい!」
「……これじゃあ誰のためにここに来たのかわからなくなるな」
「へ?」
思わず口にしていたことに気が付いた俺は、急いで取り繕って誤魔化す。特に気にかけていなかった様子の仁科さんは、天宮さんの手を引いて指差す方へ走り出す。その先にあるのはジェットコースターだ。
今ので不審に思わなかったのだろうか。それとも、気にはなったが今は遊びたいだけなのか。仁科さんの真意は読めないが、一先ず何も起きなかった事に、安堵の息が出た。
少し並びはしたが、他に何の苦も無く乗り込むことが出来た。変に気を遣ったのか、俺と天宮さんを隣同士にしようとした仁科さんだったが、俺が断りを入れたことで二人が隣同士になる。後ろから様子を見ていたが、明るい笑顔で天宮さんに話しかける仁科さんの姿が、とても健気で、しかしどこか切なく窺えた。でも、もう少しでその時間は終わる。そして新たな、明るい時間がやってくるだろう。もう少し、辛抱していてくれないか。
「やっほぉぉぉぉぉッ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁッ!?」
発ったコースターが比較的長めのスパンを置いて急降下をする。前後から多種多様の悲鳴や歓声が聞こえる中、二人のそれもしっかりと耳に入ってくる。しかし思いっきり両手を広げて楽しんでいる様子の仁科さんに反して、彼女に必死にしがみつきながら叫ぶ天宮さんの姿がとても新鮮だ。もしかして絶叫系は不得意なのかもしれない。
そんな彼女たちの反する叫びに応えるかのように、さらに速度を付けたコースターは、遠心力をこれでもかと纏いながら急カーブに一回転、さらには蛇足しながら煽ってくる。途中涙目になる天宮さんを抱きしめる仁科さんはやっぱり楽しそうだ。仕舞いに二回転でもしてみれば、ここから見ているだけでも十分に伝わるくらいの強い力で天宮さんは仁科さんに助けを求めている。彼女にとってはおそらくやっとの思いでホームに帰って来てみれば、腰を抜かしているのか仁科さんが介抱しながらコースターを降りてくる。そんな彼女を撫でながら優しく言葉をかける仁科さんの姿は、まるで彼女のお姉さんだ。
「だからやだって言ったのにぃ……」
「ごめんごめん。でも楽しかったでしょ?」
「全然楽しくないから!」
近くのベンチに座って繰り広げられる泥仕合。未だ涙が残る瞳で仁科さんを睨む天宮さんの足は、まだすくんでいるようで震えている。“何で初っ端から”とか、“もう嫌”とか、愚痴に似た発言で拗ねる天宮さん。独り言のようで、それはしっかり聞こえている辺り、わざとだろう。苦笑いをしながら、仁科さんは彼女を説得していた。
そんな二人を見守りながら、天宮さんの休憩がてらどこか行けないかとアトラクションを探す。アマゾンの世界を体験できるというクルージングアトラクションが目についた。丁度ここからも、そう遠くは無い。行ってみないかと提案した。
「行くのはいいですけど……陽菜が、まだ」
言われて天宮さんを見ると、まだご立腹のようでこっちを見ようともしない。このままでは埒が明かないので、俺はしゃがみ、彼女の瞳をじっと見つめてこう言った。
「天宮さん。せっかく来たんだし……そりゃ、最初の選択は間違えたけど、嫌な思い出だけで終わらせたくないだろう? まだ面白いアトラクションはいくらでもあるし、なんなら次は天宮さんが行きたいところでもいい。だから行こう? 俺は、まだ一緒に遊びたいな」
これじゃまるで拗ねて意固地になっている子供を宥める父親だ。そんな状況に、少し可笑しさも感じてしまう。しかし意外にも、それが効果を表した。天宮さんはほんのり頬を朱に染め、わがままを言いたくても言えない子供のように切なげな視線で俺を見つめると、視線を外して小さく頷いた。
「よし。じゃあ――……っと」
何も意識せず、まだ足の震える彼女をおぶろうと体を反転させていた。その瞬間に、自分の目的を思い出した俺は、不自然にならないようにすぐに立ち上がると、仁科さんに天宮さんを任せて先頭に立った。
「仁科さん。天宮さんをお願い」
驚いたように瞳を見開いていた仁科さんは、何かを悟ったように小さく苦笑いし、天宮さんに肩を貸す。恨めしそうに俺を見てきた天宮さんに、チクリと心が痛む感覚があった。
とりあえず入ったクルージングアトラクションが終わる頃には、天宮さんもちゃんと自分の足で立てるくらいには回復していた。頃合い良く昼食を取ったその後、次に訪れたのはお化け屋敷。よくある安っぽい施設ではなく、確かに雰囲気を残しつつ進み応えのありそうなアトラクションの気もするが、ここを選んだのが天宮さんだというのが何より意外だった。
「……本気?」
「うん。面白そうだから」
一方で思わしくない表情をしている仁科さん。天宮さんは清々しいくらいの良い笑顔だ。これではまるで、先ほどの仕返しとして選んだと思わざるを得ない状況に、思わず苦笑いが込み上げた。
よくある廃病院をモデルにした建物ではなく、10年前に廃校になった高校という設定の舞台らしい。仁科さんは、この雑草や苔、蔦に覆われた外観を見ただけで、すでに足取りがおぼつかない。天宮さんはそんな仁科さんをゆっくりエスコートしながら建物に近付いていた。
「ようこそ、戦慄の廃学校へ……」
「ひゃあぁぁぁぁぁッ!!?」
気配も無く物陰から現れた案内役の女性にひどく当惑する仁科さん。あまりの出オチで呆気にとられたのか、案内役の女性は雰囲気もすっかり忘れて落ち込んでいた。
「あの……まだ始まってないんですけど……」
「陽菜ぁぁぁぁ……やっぱやめようよぉぉぉぉ……」
生まれたての子ザルか、はたまたコアラよろしく、ぴったりと天宮さんにしがみついて涙声で懇願する仁科さん。天宮さんはそんな彼女を軽くあしらいながら、案内役の女性に説明の続きを申し出た。気を取り直した女性は説明を開始する。指定された数ヵ所に設置されている、お清めのまじないが記された祠にお札を張り付けて裏口から出るという形式だそうだ。お札は一組に一枚ずつ渡される。しかしどんなことが起こっても保障は出来ないと釘を刺された。一連の説明が終わっても、相変わらず戦慄している仁科さんを強引に引っ張りながら、天宮さんは先導する。前に出ても意味は無いので、俺は二人を背後から見守るようについていくことにして、ゆっくりと廃校へ足を踏み入れた。
階層は三階。驚かされる度に飽きもせず悲鳴を上げる仁科さんに気を良くしているのか、徐々により大胆な驚かしへと変化していく。世話を見つつ先へ先へと進んでいく中、特にイベント事の起こらないある教室内で、不意に天宮さんが足を止めた。
「なに……? 行き止まり……?」
もはや涙声がデフォルトになりつつある仁科さんが問う。首を振り、違うと告げた天宮さんだが、動こうとはしない。
「ねぇ……陽菜ってばぁ……」
もう一度呼びかけられても、今度は反応が薄い。一体何がと思い、彼女が手に持つ懐中電灯で照らしている教室のコルクボードにあるのは、スケッチブックの1ページ。二分の一以上が腐り落ちてしまっているのだが、その紙に書いてあるのは“ずっと、友達”という文字。舞台の設定上、その文字の上に、無情な引っ掻きの跡が刻まれているのが何とも心苦しい。
「……この人たち、どうなったんだろうね」
投げ掛けられた言葉に、ただ一言、どうなったんだろうなと、曖昧な返事を返していた。見て取れる情報としては、きっと、この絵に描かれていた人物の誰かが、裏切られたか何かで絶望した。そう思うのが妥当だ。
しかし、この絵を見つめている天宮さんは、何を思ってこれを気にかけたのだろうか。もしも、それが俺の言ったことに通ずるものであるのなら、そしてそれが、より彼女への大きなキッカケになったのであれば、俺が役割を終える時は、もうすぐ目の前なのかもしれない。




