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元暗殺者の敵討ち

 僕はアキとクルトの二人と別れた後、B5を探すべく建物内を駆け回っていた。

 しかし思うように目的の場所に辿り着けないでいた。アキからは大まかにしか内部の構造を聞いておらず、想像以上にこの建物は広かった。

 コンクリートでできた味も素っ気もない造り。さっきも同じ道を通ったのではないかと思うほど代わり映えのしない景色。まるで迷路のようである。幸い組員の連中とはあまり出くわしていない。たまに気配を感じたら、身を隠してやり過ごしていた。

 何度目になるだろう、突き当りを右に曲がろうとする。が、そこで足を止める。

 人の気配だ。少し後ろに戻って壁に隠れる。

 男二人と、女が一人。

 女のほうは腕を縛られ、男達の間で引っ張られるように歩いている。様子からして人質の一人である可能性は高い。クルトから聞いたフルールという少女とは、容姿も年齢もまるで違うから、もしかすると町で噂されていた酒場の〈歌姫〉かもしれない。

 その時、建物全体にけたたましい音が響き渡る。

 警報機だ。アキ達だろうか。

 しかし、いいタイミングである。男達は警報機の音に動揺している。

 僕は彼らの前へ飛び出した。

 男の一人に思いきり右腕を打ち当てる。きれいに首に入り、男は昏倒した。

 もう一人の男は驚いた表情で僕を凝視するだけで隙だらけだった。その男の顔面に拳を叩き込み、また昏倒させた。

 女は驚いた表情でこちらを見ている。

「君は攫われてここに?」

 僕の言葉に、彼女は一瞬戸惑うように視線を泳がせて頷いた。

 さて、どうするか。本当ならすぐにでも彼女を外に逃がしたいところだけど、警報機も鳴った今、一旦外に出るなどという悠長なことは言っていられない。

 連れて行くか?

 しかし危険すぎる。彼女を守りきる自信がない。だからこそクルトもアキに託したのだ。

 気付くと彼女は僕を真っ直ぐに見つめていた。

「あなたの目的は……何?」

 答えに窮する。

 とはいえ、ここで嘘を言っても意味はない。

「僕は千石組を倒しに来た」

 彼女は少し驚いているようだった。

 しかし、すぐに何か決意したような表情を見せる。

「あなたについて行くわ」

 彼女の言葉に、今度は僕が驚く。

「しかし……」

「もう、逃げるのは嫌なの」

 僕は彼女の言葉を完全には理解できなかった。

 彼女が千石組に狙われている理由も知らないし、千石組とどういう関わりがあるのかも知らない。

 でも。

 彼女の意思がとても固いことだけはわかる。彼女の瞳に迷いがなかったから。

「わかった」

 僕も覚悟を決めて頷いた。



 道すがら、彼女と少し会話をした。青蓮という名前と、やはりあの酒場の〈歌姫〉だったいうことがわかった。歌姫などというと、もう少し高飛車なイメージがあったのだが、彼女はとても落ち着いた大人の雰囲気を持っていた。まあ、単なる僕の偏見である。

「あなたは何故……千石組を?」

 僕の少し後ろを走ってついてきながら、彼女が遠慮がちに聞いてきた。

「敵討ち……ってことになるのかな」

 それが僕の中で一番大きいのだと思う。

「曖昧なのね」

「そうだね」

 彼女との距離が少し開く。彼女のペースに合わせ、少し走るスピードを落とす。

「……君はなぜ千石組に? 町では幹部の人間に見初められたっていう噂とか飛び交ってたけど」

 僕の質問に彼女が小さく笑った。

「まあ……そんなところかしらね」

 何か含みのある言い方だ。

「君も曖昧だな」

「ええ、そうね」

 どこか陰りのある雰囲気に、僕はそれ以上問い詰めなかった。まだ会って間もないのだが、僕は彼女――青蓮に何か近しいものを感じていた。おこがましいので気が引けるのだが。

 すると少し間を置いて、彼女が「ねえ」と話しかけてきた。視線だけ後ろに向ける。

「私たち、気が合いそうね」

 何となくだけど――とポツリと呟く彼女に、少しだけ気持ちが弛緩する。

「……僕もそう思ったよ」

 そう告げると、青蓮は小さな笑みを返してくれた。



「ここが、アキが言っていた資料室……だな」

 僕はそれらしい扉の前で立ち止まり、軽く深呼吸をする。

「資料室……が何なの?」

 その行動を怪訝に思ったのか、青蓮が首を傾げた。何と答えようか少し思案する。

 僕の目的は千石組を倒すこと。そして、まずはB5を倒す。この手で。

 普段B5はこの本拠地にいる時、資料室で過ごしていることが多いとアキから聞いている。今は千石組も活動を控えている時期。彼も恐らく鳴りを潜めているはず。もちろんイレギュラーもあって、アキもB5も仕事をしていたようではあるのだが、この前に会った彼の様子だと僕達のことを待ち望んでいるとでもいったような雰囲気だった。

 とはいえ、先程の警報機が鳴ったことによって、もしかするとこの資料室から移動してしまった可能性も考えられるが。

「ここに、僕が一番倒したい敵がいるんだ」

「……そう」

 僕の答えに、彼女はそれ以上口を開かなかった。

 扉を開けずに中の気配を探る。

 人の気配。一人……か。

「青蓮、中に入ったら扉の近くにいるんだ。僕に何かあったり危険だと判断したら、すぐに逃げてくれ」

 僕のあまりにも身勝手な忠告に、彼女は素直に頷いて見せる。

 僕が負ければ彼女を危険に晒すことになる。この建物から一人で逃げ切ることはまず無理だろう。それでも僕は、このチャンスを逃すわけにはいかない。

 まだ中にいるのがB5かどうかもわからないが、覚悟を決めて扉を開く。

 中はだだっ広い部屋だった。コンクリートの壁全てを埋めるように棚が並べられており、大量の資料が敷き詰められていた。部屋の中央には机と椅子がいくつか並べられている。しかしそれ以外には物が全くなく、無駄に空いているスペースがあって何とも勿体ない配置だ。

 青蓮も、変な部屋――と小さく漏らす。

 だが、肝心のB5の姿はない。どころか人一人見当たらない。

 青蓮が扉を静かに閉める。

 その瞬間、僕と青蓮の間に影が現れる。

 後ろに飛び退こうとするが、間に合わない。

 足――

 そう思った一瞬のうちに、僕は吹っ飛ばされた。

 部屋の中央の机と椅子に思いきりぶつかり、盛大な音を立てる。

 腹に蹴りを入れられたのだ。僕は小さく呻く。

「……待ってましたよ」

 驚く青蓮の目の前に立ち、僕を見据えるB5。

 気配を感じられなかった。

 僕らが部屋に入った瞬間に、天井にでもへばり付いていたのかもしれない。

 体中に走る痛みを堪えながら立ち上がる。

「それにしても……U2はいつの間に、こんな美人さんに成長されたのでしょうかねぇ?」

 面白そうに青蓮を見つめ、つまらない冗談を言うB5。青蓮は一歩後ずさって身構える。

 僕はナイフを二本腰から抜き、彼へと切りかかる。

 B5は懐から黒く細長い何かを取り出す。

 鞭だ。

 僕のナイフがB5に届く瞬間、彼の鞭が受け止めた。

 切れない……!

 B5は笑みを浮かべる。

「これ、特注なんですよ」

 一旦ナイフを下げるが、すぐに彼の足を狙って蹴りを入れる。

 彼は僕の真上を飛び越してそれを避けた。

 僕は青蓮を後ろにし、B5に向き直る。

 着地した彼は厭らしく笑う。

「ふふっ、安心して下さい。青蓮さんには手を出しません。大事なお客様なのでねぇ」

 そういえばB5と出会ったのは青蓮が働いていた酒場がある町だった。名前を知っているところを見ると、彼女に何か探りを入れていたのかもしれない。もちろん捕まえた後で知ったという可能性もあるのだが、彼の話し方には彼女をよく知っているような雰囲気が漂っている。

「しかし、小田島さんお一人で来るとは思いませんでしたよ」

 僕は青蓮を巻き込まないよう少しずつ彼女から離れ、B5との間合いを詰めていく。

「そういえば先程、警報機が鳴っていたようですねぇ。U2の仕業でしょうか?」

 B5は何が面白いのか、ずっと笑みを貼り付けたままである。

「お前は僕が倒す」

 はっきりと宣言した。

「小田島さん……いい目をお持ちだ」

 B5の目が鋭く光る。

「面白い。やってみて下さい」

 十分に間合いを詰めたところで、僕は立ち止まる。

 ようやっとB5から殺気が生まれた。全身を刺すように伝わってくる。

 動き出すタイミングを見計らい、彼に向かって駆け出した。

 鞭が僕の進行を妨げようとする。

 僕は屈んでそれをやり過ごし、その反動を利用して彼へと飛びかかる。

 僕のナイフがB5の頬を掠める。血が薄らと浮かび上がった。

 隙ができないよう、瞬時に間合いを取る。

 B5は笑みを貼り付かせていた表情を変え、少し驚いたようにこちらを見る。

「もしかして、U2と秘密の特訓でもしましたか?」

 まさか今ので顔に傷をつけられるとは思っていなかったのだろう。

「少しだけ手ほどきを受けた」

 別に秘密ではないが、事実である。この町に着く前、武器の調達と共に五年のブランクを少しでも補うため、アキに模擬戦闘をしてもらっていた。まあ、彼女と真っ向から戦って勝てるわけはなかったのだが。それでもだいぶ昔の感覚を思い出すことができた。アキにも驚かれたくらいだ。

 ただ一つ、大きな問題を指摘された。

 それは、覚悟。

 人を殺す覚悟――である。

 もちろん、アキとはお互い本気で戦ったわけではない。しかし、そうだとしても覚悟が足りなさすぎると注意された。それが完全に動きに出ていると。

 それは僕自身もよくわかっていることだった。だからこそ足を洗ったのだ。

 向いていないから。技術的な問題ではない。性格的な問題なのだ。

 冷酷になろうと誓ったところで、やはりそれはどこかから滲み出て僕自身の足を引っ張っているのだ。

 でも、今回は違う。イヴァンさんの顔が頭を過ぎる。

 B5を――殺す。

「……成程成程。あなたのことを少々見くびっていたようです。いいですよぉ、小田島さん――!」

 そう言って、口の端を歪めたB5の姿が掻き消える。

 B5の影を何とか目で追う。

 右か!

 鞭が飛んできたと思ったら右足を絡め取られた。

「くっ!」

 そのまま引っ張られて体制を崩される。彼が僕に覆い被さってきた。

「いい眺めです、小田島さん」

 袖口に隠し持っていた刃物が僕の首に触れる。

 僕は右手のナイフを離し、B5の手首を掴み取って床に叩きつけるように押さえる。

 その衝撃で彼の刃物が手から落ちる。

 僕は再び自分のナイフを掴み取って起き上がる。床に手をついたB5が体勢を整える前に蹴りを入れた。

 B5は腕でそれをガードする。

 不安定な体勢だったからダメージはあったはずだ。まだ膝をつく彼に切りかかる。

 だが、またも鞭でナイフを止められた。しかし僕も同じ轍を踏むつもりはない。

 もう片方のナイフで腕を狙う。

 B5が後ろへと飛び退る。

 が、こちらの攻撃のほうが早い。そんなに深くはないが彼の左腕を切り裂いていた。

 低い呻き声を漏らすB5。僕はそのまま彼を追う。

 しかし彼の姿がまた掻き消える。

 ――どこだ!?

 先程とは比べ物にならない速さだった。

 頭上に殺気。

 見上げた瞬間、鞭で頬を殴られる。倒れ込まないよう、何とかその場に踏みとどまる。

 しかし目の前に降り立ったB5に思いきり手で顔を掴まれる。

 資料棚へと叩きつけられた。派手な音を立てて棚の資料が大量に僕に降り注ぐ。

 それでも何とかナイフをB5へと切りつける。だがしかし、それは虚しくも空を切り裂くのみ。

 胸ぐらを掴まれて、されるがままにB5に引き寄せられる。

「首絞めがいいですかねぇ」

 耳元で低く囁かれ、鞭が首に絡みつく。

 B5に背中を向けさせられて首を絞められる。

 息ができない……!

 僕の両手からナイフが零れ落ち、足が地面から離れる。鞭を両手で掴んで、もがくことしかできない。

 駄目だ、意識が飛ぶ。

「小田島さんっ!」

 遠くで青蓮の悲痛の叫び声が聞こえる。

 このまま――死んでなるものか!

 気力を振り絞って懐から投げナイフを取り出す。

「はあっ……!」

 B5の脇腹に思いっきり投げつけた!

「なっ……!」

 驚愕の声が後ろから発せられ、首の絞めつけが緩む。

 足が地面へと着いた瞬間、首に絡みついた鞭を引き剥がし、B5の手から奪い取ってそれを投げ捨てる。

 振り向けば、B5の脇腹に僕の放ったナイフが深く突き刺さっていた。

 ゆっくりと床に滴る血。

 僕は自分のナイフを床から二本、拾い上げる。

「……ふふっ……久しぶりの感触です」

 自分の脇腹からナイフを引き抜き、汗をうっすらと浮かべながらも彼は笑みを湛えたままだった。

 僕は構わず切りかかる。

 鈍い動きではあるが、一振り、二振りと紙一重で躱される。

 足が縺れる。まずい、酸素不足だ。

 それを待っていたかのように両腕を掴まれて押し倒される。

 またもナイフを離してしまう。

 突如、頭突きを喰らわされた。

 その衝撃に視界が歪む。

 B5は僕のナイフを一本取り上げた。そして僕の心臓へと狙いをつける。

「そうは……させるか!」

 僕は彼の脇腹に蹴りを入れた。仰向けの体勢だったがために威力は劣るが、狙ったのはナイフを突き刺した箇所。

 B5は苦痛の悲鳴を上げて僕から離れる。

 すぐにナイフを一本拾い、今度は僕が彼に覆い被さる。

 もうお互い体力の限界が近い。

 一気に決める!

 ナイフをB5の心臓に向ける。

 躊躇うな。

 冷酷になれ。

 ナイフを振り下ろす――

 鈍い嫌な音が耳に響く。

 固い骨の感触を突き抜けて、柔らかい肉か臓器の感触がナイフから伝わる。

「がはっ……!」

 彼の口から赤黒い血が溢れ出し、力のない目で僕に視線を寄越す。

 即死には至らなかったようである。

 だが、さすがにもう起き上がれはしないだろう。

「……もったいない……ですねぇ……それだけの力が、ありながら……」

 吐息の多い、掠れた声で彼は言う。

 僕はよろけながら立ち上がる。

「まさか……あなたに殺されるなんて……ねぇ……」

 その言葉を最後に、彼の瞳から光が消える。

「――終わった……のか」

 うわ言のように僕は呟いた。

 これで。

 イヴァンさん――僕は。

 でも、まだだ。まだ終わりじゃない。

 千石組のトップである組長を倒さなければ。

 そうすれば、全てが――

「きゃあ!?」

 その時、青蓮の叫び声が耳に届き、すぐさま彼女のほうへ振り向く。

 いつの間に部屋に入ってきたのか、初老の男が青蓮の首に刃物を突き付けていた。

 千石組の組長、千石儀丹だ。

 裏の世界の人間で彼の顔を知らない者は、ほとんどいないだろう。まさかこんなところで出会うとは。

 ナイフを身構える。

「動くな! ……この女がどうなるかわかるだろう?」

 有無を言わせない威圧感があった。千石組のトップというだけあって、その迫力と威厳に少し怯む。やっていることは二流ではあるが。

「いいか、お前はその場でじっとしていろ。追いかけてくる気配があれば、女は傷つくことになる」

 目的は――青蓮か?

 千石直々のお気に入りということなのだろうか。しかしそれにしては彼女の扱いがぞんざいな気もする。こういう状況になったから侵入者である僕達を殺すための人質として、ということも考えられる。しかし組長自ら一人でこんなところまで来たというのだろうか。確かに暗殺者はアキ達のところにいるだろうが、千石組の組員にも腕の立つ者が数名いると聞いている。それが幹部の人間だ。

 僕が思っているよりも、すでに千石組は相当なところまで追い詰められているのか、それともそれほどまでに彼女に執心しているのか。

 だが、今は彼に従うしかない。

「……わかった」

 僕はナイフを下ろし、青蓮を見る。彼女は俯き、目を合わせてはくれなかった。

 千石は僕の様子を見て、青蓮を引きずるように扉の外へと出て行った。

 向かう場所はどこだろうか。

 やはり千石の部屋か。

 少し様子を見て、すぐに向かおう。アキ達とも合流したいところだ。

 倒れ伏すB5を横目に見る。何かよくわからない感情が湧き上がってくる。

 僕はその感情を持て余しながら、暫くその場に立ち尽くしていた。

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