天真爛漫男の賭け
ディノは初めて青蓮を見た時、なんて綺麗な人だろうと思った。でもどこか暗い影がある。会話をしていた時も、何か隠し事があることは明白だった。でも一人で閉じこもることをやめて貰えれば、とりあえずはいいと思っていた。だからそれ以上のことは追及しなかった。
初めて酒場で彼女の歌を聴いた時、ディノは驚嘆した。普段の彼女とはまるで違っていて、とても温かくて優しい歌声だと思ったからだ。これが本来の彼女なのではないかとディノは思う。
それからは、彼女のことが気になって気になって仕方なかった。どうにかして彼女の心の闇を取り払ってあげたかった。母と妹に満足な幸せをあげられなかったから、彼女を幸せにすることで自分自身が満足したいのかもしれない。しかし青蓮を幸せにしてあげたいと思う気持ちは本物なのだとディノは信じる。
だから青蓮に自分のことを打ち明けた。まずは自分のことを知ってほしい。それから青蓮のことを知ろう、と。
彼女は答えてくれた。自分を受け入れようとしてくれた。
しかし、青蓮の告白に素直に頷けなかった。
彼女が不老不死だと聞いた時、当然驚いたし、半信半疑でもあった。だが、初めて見た彼女の表情は、ディノを信じさせるには十分だった。
縋り付くような瞳。その瞳が忘れられない。
だから青蓮を悲しませる原因である不老不死の体をどうにかしようと思った。それさえなくなれば、辛く悲しい過去を自分が一緒に背負うことで、青蓮の笑顔を取り戻せる。ディノにはその自信があった。
しかし青蓮の提案は、予想外のものだった。
彼女は不老不死の体を受け入れた上で、傍にいてほしいと告げた。ディノはそれでも青蓮を受け入れる覚悟はあった。しかしそれは、彼女が本当にそれで幸せになれる場合の話だ。そうでなければ意味がない。
『おれは諦めない』
その言葉に、彼女は悲しそうな笑みを浮かべた。
希望は捨てちゃいけないんだよ、青蓮――ディノは心の中でそう呟く。
二人はそれきり言葉を交わさず、酒場へと向かった。
その日は客の入りが悪かった。
マスターの話によれば、千石組というヤクザの幹部がこの酒場に来ているからという話だった。
『できれば関わり合いたくない連中だからな』
そう言うマスターに、そんなヤクザが何しにこの町に来たのか問うと、青蓮の噂を聞きつけて歌を聴きに来たとのことだった。
歌い終わった青蓮に、黒いスーツを着込んだ千石組の幹部が手招きをした。ディノは警戒する。しかし、変に喧嘩を売るわけにもいかなかった。
青蓮は少し躊躇いながらも傍へと寄っていき、ディノもできるだけその近くへと寄った。
そして、彼女の耳元で何かを囁く千石組の男。
ふろうふし――その単語をディノは聞き逃さなかった。
青蓮の顔色が変わる。
『いいわ』
顔面蒼白になった彼女の言葉で、男達は席を立った。ディノは追おうとしたが、男の一人に阻まれる。
『ここの連中を殺されたくなかったら、大人しくしてろ』
脅迫だった。そのまま彼女は男達と店を出ていく。
ディノは青蓮の名前を叫ぶが、彼女が振り向くことはなかった。
外へ追いかけると、すでに彼らの姿はなかった。ディノはマスターに青蓮を追いかけると話す。
『止めねえぞ、俺は』
死ぬなよ――そう言って、マスターはディノの肩を軽く叩いた。
そしてすぐ、ディノはマスターから聞いた千石組の本拠地を目指すことにした。
「どうしよう……」
ディノは、千石組の本拠地前で立ち尽くしていた。と言っても、入り口から数メートル離れた草むらの中でだが。
大きいな――と、途方に暮れたように呟く。
十階建てくらいの高さがある、質素なコンクリートでできた建物だった。土地の広さはかなりのものがある。
こうしてディノが千石組の本拠地を眺めるのは、二回目のことだった。
実は、昨日すでにこの町に到着していたのだが、どうやって青蓮を助けるかを考えあぐねて一日が終わってしまったのである。
そして今日。まずはどう忍び込むか悩んでいた。真正面から突入しようにも頑丈な門が道を阻んでおり、見張りだろう男も二人ほどいる。
「暗殺者もいるらしいしな……」
マスターからの情報だった。
正直、無謀だと思っていた。しかし、だからと言って青蓮を見捨てるという選択肢はディノの中に存在しない。
何かいい手はないかと、必死に考えていたその時。
数メートル程離れた先で、漆黒の翼を背中に携えた黒服の男が空から地上に降り立った。
「と、鳥……じゃないよな……」
ディノは茫然とする。
男はこちらを振り向いた。
咄嗟にしゃがみ込んで、草むらの影に潜む。
しかし遅かった。足音が近づく気配がする。
「なんだ、ガキか」
その声にディノは顔を上げる。
目の前の男に翼はなかった。
「あれ……つ、翼が……」
「ほう、見たのか」
どきりとする。男が射るような視線を向けてきたからだ。
殺されると思った。
「まあいい。今はそれどころじゃない」
男は、千石組の本拠地を見上げてそう言った。
「もしかして、千石組の人ですか」
ディノは警戒して腰の剣に手をかける。すると男は忌々しそうに見下ろしてきた。
「馬鹿を言え。ぶっ潰しに来たんだ」
背筋がゾクリとする。男は憎悪に満ちた顔をしていた。
しかしディノは男に恐れを抱くよりも、これは好機ではないかという気持ちが先走っていた。何か言わねばと思案する。そして先走った気持ちの結果、
「あのっ、おれもそのぶっ潰しに協力します!」
率直な言葉を男にぶつけていた。
ディノは千石組の男が青蓮に〈不老不死〉という言葉を呟いたのを聞いている。つまり青蓮が不老不死だということが、かなり高い確率でばれているのだと推測する。それでは彼女を助けてもまた狙われる。ならば千石組自体をどうにかしなければならない。そこにタイミング良く『千石組をぶっ潰す』と話す、強そうな男が目の前に現れた。ディノはもうこれ以上の好機には巡り会えないと判断したのだった。
「は?」
男はさすがに驚いたのか、力の抜けた声を出す。
ディノはここぞとばかりに彼の両手を掴み取った。
「足手纏いにはなりません! おれにできることなら何でもします! 絶対役に立って見せます! だからお願いします! というか、嫌だと言ってもついて行きます!」
男はディノの言葉攻めに一瞬押され、もの凄く面倒臭そうに溜息を吐いた。
「……勝手にしろ」
「ありがとうございます!」
ディノは嬉しくなって満面の笑顔でお礼を言った。
もちろん不安もあった。正体不明の翼の生えた男に、ひょこひょことついて行っていいものかどうかと。しかし、一人で忍び込むくらいならこの男に賭けたいと思った。
青蓮、今行くから――
ディノは千石組の本拠地を見上げなら、覚悟を決めた。




