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天使と悪魔と従者・3

「ところで、不老不死って殺せるのか?」

 俺は不本意なことに、グラスと二人っきりで町を歩いていた。

 フルール嬢は宿屋でお留守番。

 何故こんなことになっているかというと、グラスの『人魚と不老不死を殺したぜ』発言の翌日、フルール嬢が体調を崩したからだ。原因はまあ、グラスの驚きの発言のせいもあったのかもだが、疲れが溜まってたのが一番だろうと俺は思う。こんな長旅なんて初めてだろうしな。しかしその疲れを吐き出させてしまったのは、隣にいるこの男だということは間違いない。

 そして俺達は宿屋の主人の奥さんにフルール嬢を預け、その奥さんの代わりに夕飯の買い物に出掛けることになったのだ。こいつと二人で買い物ってかなり嫌な気分だが。

 まあガキとはいえ女の子だし、俺達が看病するよりも女の人に看病してもらったほうが、何かと融通が利くだろうとの判断からだ。

 もちろん俺の、な。

 グラスは当然自分で看病すると言って聞かなかったが、騒ぐほうがフルール嬢に迷惑だと説得すると、こいつは素直に折れた。この時の俺の快感といったらない。

 それに体調を崩したと言っても、一日寝てたら治るだろう程度の微熱だ。一応病院にも早朝に行って、薬ももらったし。全く、朝のグラスの慌てようと言ったらなかった。正直笑えないほどに。

 で、買い物途中、昨日のグラスの発言に疑問を持った俺は、こいつに質問を投げかけたというわけだ。

「ふん、愚問だな。あいつらはオレ達悪魔に劣る下等な存在だ。それを悪魔のオレが殺せないはずないだろう」

 当然のように返される。

 人間の夢ともいわれる不老不死が、下等な存在呼ばわりか。

「どうやって殺すんだよ」

 単刀直入に聞いた。

「お前も物好きだな」

 少し呆れたように言われる。

 まあ、すでに悪魔と自称するこいつと肩を並べて歩いてる時点で、俺はその言葉を否定できないなと思う。

「……人間の血だ」

 小さく呟かれた声を、俺は聞き逃さなかった。

「人間の血を……どうすんだ?」

「飲ませるんだ、不老不死に」

「それだけかよ」

「それだけだ」

 なんというか、簡単すぎるな。

「っていうか、お前じゃなくてもできるじゃねえか」

 悪魔が云々関係ねー。寧ろ人間が必要だろ。

「飲ませずとも、触れるだけで怪我するがな。大量に頭から浴びれば、飲まずとも死ぬかもしれん」

 俺の言葉は華麗にスルーされる。

 だけどそれは一体どういう原理なんだ。

「不老不死は人間とは相容れない存在ということだ」

 それで片づけるか。

「それじゃあ、悪魔の血を飲ませても死にそうなもんだが」

 適当な思いつきにグラスは俺を見下ろしてくる。

 くそ、この身長差もどうにかなんないものか。

 俺も背は高いほうではあるが、グラスのほうが圧倒的に高い。しかもこいつ、背筋もピシッと伸びてるから余計高く感じるわけだ。

「下等な輩にこのオレの血を飲ませるなど、ありえない」

 そういう問題じゃないだろ。

「それに、飲ませたところで――」

「どうも、お兄さん方」

 グラスが何か言いかけたところで、急に後ろから声を掛けられる。残念ながら、逆ナンじゃない。チンピラ風の男だった。

 これはやばい気がする。また何かケンカを吹っかけられるのかもしれん。いつもはフルール嬢もいるから穏便に事を運んできたが、グラスがキレたら俺だけでは止められない。

「悪いけど、そういう趣味ないから」

 そう言って俺は、グラスの腕を引っ張って歩き出そうとする。

「あれぇ、怖いのかい?」

 あからさまな挑発。

 グラスが蔑むように男を睨みつける。俺も少しイラッとしたが、まだ大丈夫。

 落ち着け俺。

 しかし気付けば周りは閑散としていた。しかも何やらぞろぞろと建物の影から現れるチンピラ風の男達。

 これは、完全なる待ち伏せ。

 おいおいおいおい、勘弁してくれ! 思えばここは、せん何たらというヤクザが取り仕切る町! 物騒極まりない町だった!

「お前、恨まれるようなことしたんじゃねえのか!?」

 やけくそでグラスに問い掛ける。

「お前こそ身に覚えがあるんじゃないのか?」

 すぐさま切り返された。

 いや、まあないことはないんだが。

「お兄さん方……三日前に俺達のお仲間を散々、甚振ってくれたらしいじゃないか」

 なるほど、どちらか片方ではなくどっちもか。

 穏便に事を成してるつもりだったが、相手にとってはそうでもなかったようだな、うん。

「どいつのことだかさっぱりだな」

 グラスの言葉に俺も同意。

 飯食いに行く時とか、毎回のようにケンカ吹っかけられてたもんな。

「ここで、そういうことをされたらねぇ。千石組のメンツが立たないんだよ」

 そうそう。千石組だ。俺も噂ぐらいは聞いたことがあったんだが、何でも暗殺業もしてる珍しいヤクザだとか。とりあえず、結構やばい組であることは間違いない。

「仕方ない。こいつらを一掃したら、フルールを連れてすぐにこの町を出る」

 グラスはそう言って、ヤクザ連中に向き直る。やる気満々だ。

 俺達の周りを囲む十数人の男達。

 ここを逃げ出すのは至難の業か。グラスが翼で空でも飛べば楽勝だろうけど。そんなことしたら、余計ややこしくなるだけだな。

 俺も腹を括って、やるしかない。

「さっさと来い」

 グラスのその言葉を皮切りに、ヤクザ連中が襲ってくる。

 ナイフを携え。

 って、聞いてねー!!

 俺は瞬時にグラスの後方に下がる。

「おい、何隠れてる!」

「いやいやだって! 俺、素手同士でしかケンカしたことないし!」

 グラスは俺に文句を垂れながらも、あっさりとナイフの攻撃を躱してヤクザの一人を投げ倒す。

 相変わらず人間離れした動きだぜ。何というか、一つ一つの動きに全く隙がない。

 グラスは倒したヤクザのナイフを奪い取り、それを俺に渡してきた。

「これで、()れ」

 物騒な言葉を言い放つ。いや、『殺れ』と変換したのは俺だけど。こいつが言うと、そうとしか聞こえない。

「俺、サツに捕まるって」

「ヤクザがサツを頼ったら終わりだろ」

 真顔で返された。

 確かに。しかもこの町で警察がどの程度の幅を利かせてるのかも謎だ。悪魔に諭されるとは。

 とはいえ、人を殺すのは勘弁である。

「おらぁ!」

 そんなやり取りをしていたら、俺の背後からヤクザが襲いかかる!

 俺は紙一重で、ナイフを躱す。そして男の脇腹を狙って蹴りを入れる!

 苦しそうな呻き声を聞いてもう一丁と、顔面にグーパンチをブッ込む。

 男は倒れ込んだ。しかし、奴らは俺に休む間を与えない。

 今度は両側から二人、切りかかってきた。

 後ろに飛び退いて何とかそれをやり過ごすが、後ろからもヤクザが襲いかかってくる!

「まさかの三方向!?」

 咄嗟にグラスのほうを見るが、あいつはあいつで何人かとやり合っていて、俺のほうには見向きもしない。

 別に端から期待なんざしてねーよ?

 俺はド畜生っと叫びながら、後方の男にナイフで切りかかった。

 腹にヒット!

 だが、まるで爽快感のない感触と溢れ出る血に若干の気持ち悪さを感じる。

 しかし、そんな腑抜けなことは言ってられん!

 とりあえず痛がるそいつは放置して、こちらに向かってくる二人に向き直る。

 俺は決して華麗とは言えない動きで、二人の攻撃を躱していく。

「わっ、とっ、よっ、なぬ!?」

 三発目を躱した瞬間、男の一人に腕を掴まれた!

 そして、そのまま羽交い絞めにされる!

 まずい!

 もう一人の男が俺に正面から切りかかろうとする!

 俺は咄嗟にジャンプするように勢いをつけて、右足を蹴り上げる。男の顎にクリーンヒット!

 やっぱこの感覚が堪らん!

 男はそのまま後ろに倒れ込む。

 俺を羽交い絞めにした男が、俺の耳元でチッと舌打ちをした。

「いつまでも俺に引っ付いてんじゃねえ!」

 男の右足を俺の右足で引っかける。そして、全体重を後ろにかける!

 ドタッという意外に地味な音を立てて、俺と男は仰向けに倒れる。

 男の手が緩んだ瞬間を見計らい、すぐさま立ち上がる。

 男も立ち上がろうと頭を上げ、

「うらぁ!」

 俺の華麗な回し蹴りがその頭を直撃する!

「さあ、次はどいつだ!」

 俺は意気込んで叫ぶ。

 が。

「あとはこいつだけだ」

 グラスのあまりに落ち着いた一言に、俺の熱は一気に冷める。

「へ?」

 素っ頓狂な声を出す俺を無視して、グラスはその最後の一人に詰め寄っていく。

 俺達に最初に声をかけてきた奴だった。腰を抜かしている。

 俺が倒したのは、四人。残りの十人以上をグラスがいつの間にやら、やっつけたということか。

 さすがは悪魔さまである。そこかしこに、ヤクザ連中が倒れていた。見た感じ、グラスは素手だけで倒したようだ。死人はいないだろう。

 少し、ほっとする。

「お、お前ら、いい気になるなよ!」

 グラス達のほうに視線を戻す。

 あの男、腰を抜かしながら何を言ってんだか。

「こ、これは単なる時間稼ぎなんだ!」

 んん? 時間稼ぎ?

「もうすでに、あ、あのガキは千石組の手の中だ!」

 あのガキ?

 グラスが怪訝な表情をする。俺も嫌な予感が頭を過ぎる。

「お、お前達の連れの娘だ!」

 まさか……フルール嬢か!?

 宿もばれてるのか! 別に隠しちゃいなかったけど!

「ほう……それで? フルールをどこにやった?」

 やばい、怒ってる……! めっちゃどす黒い空気纏ってるよ、この悪魔!

「ふ、ふん! 千石組の本拠地に決まってるだろ! どうしてやるかは、お前達シダ……!」

 ドビュッ!

 男の言葉を遮るように、鈍い音が響き渡る。

「グ、グラス……」

 俺は、一歩後ずさる。

 グラスの右腕は、男の頭を貫通していた。

 ボタボタと流れ落ちる血。

 ……マジかよ。

 堪らず目を背けた。

「クルト、お前は宿に戻ってろ」

 ズブリッと頭から腕を引き抜く嫌な音。いつもより低い声のグラスに、返事ができなかった。

 やべ、吐きそう。俺は口元を手で押さえながら、グラスの名前を呼ぼうとした。

 バサッ!

 その時、グラスの背中から真っ黒い翼が出現する。

 おいおい、いくら周りに人がいないからって、町のど真ん中だぞ! しかも、気ぃ失ってないヤクザもいるってのに!

 案の定、倒れているヤクザの一人が驚きの目でグラスの翼を凝視している。

 って、俺がナイフで切りつけた奴だ。

 止めを刺しとくべきだったー!

 そんな俺の胸中を無視して、グラスは空へと舞い上がる。

「おい、グラス!」

 慌てて空を見上げる。

「フルールを助けに行く」

 俺を見向きもせずに一言そう告げて、空の彼方へと消えていった。

 あれは完全に頭に血が上っている。普段から俺もフルール嬢に関して怒られちゃいるが、その比じゃない。ましてや、殺しまでするグラスを初めて見る。

 頭を貫通された男を、ちらりと横目で見た。

 明らかに人間業じゃないだろ。素手で人の頭を貫通って。

 あいつは……〈悪魔〉なんだ。

 でも。

 動機はフルール嬢だ。人間を無闇に殺そうとしたわけじゃない。

 あいつは情で動いてるんだ。

 ならあいつをあのまま野放しにしちゃダメだ! フルール嬢だって、あんなグラスを見たら速攻で幻滅する! ただでさえ、人魚と不老不死殺しでショック受けてんだからな!

「ったく、このまま放っておけるかよ……!」

 こうなったら、俺も。

 千石組に乗り込んでやろうじゃねぇか!

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