伝言は、いちばん短い荷物だ
第二十三話 伝言は、いちばん短い荷物だ
「セレンさん、読んで! 俺が送る!」
「はい!」
残り、五分。
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ツギニ ココヘ クル ヒトヘ
コノ ホシハ ジッケンジョウ ダ
オレタチハ ヒカクノ タイショウ ダ
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「……比較の対象?」
セレンが、そのまま読み上げた。
悠人の頭が、一瞬止まった。
比較。
何かと、何かを、比べている。
「送ります!」
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ヒトツノ セカイニ ヒトツノ ジョウケン
オレタチノ カイハ 「カンリ ツヨメ」
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「一つの世界に、一つの条件……」
「セレンさん、条件って言葉、覚えてください。絶対に」
「覚えます」
悠人の手が、震え始めた。
――そういうことか。
三百年前の二百十四人。
今回の十一万人。
同じ場所で、同じことを、条件を変えて繰り返している。
自分が魔法にやっていたことと、まったく同じだ。
Δlogを取る。条件を変える。数字を比べる。
――俺たちは、実験の一回分だ。
***
残り、四分。
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オレハ キドウニ トイアワセタ
「カエシテクレ」ト
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「返してくれ、と……」
「返事は!? 次!」
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コタエ
「キカンハ ケントウ サレテイマセン」
「ホンケンハ シュウリョウジ イッカツ ショリ サレマス」
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セレンの声が、途中で止まった。
一括処理。
前回の一回分の記録。
搬入二百十四、帰還ゼロ、残存ゼロ。
一斉回収。
「……悠人さん」
「読んで。止まらないで」
「……はい」
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オレハ キイタ
「ナゼ オレタチヲ イキカエラセタ」
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残り、三分。
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コタエ
「アナタガタハ シンデイマセン」
「タイキ シテイマス」
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「……待機?」
セレンが、顔を上げた。
「死んでいない。待機している……どういう意味です」
「分かりません。次!」
悠人は画面を送った。
指が、汗で滑る。
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オレハ リカイ シタ
コレハ シケン ダ
ゴウカク スレバ カエレル ト オモッタ
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ダガ チガウ
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残り、二分。
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シケンサレテイルノハ オレタチジャナイ
シケンサレテイルノハ 「カンリノ ホウホウ」ダ
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悠人の口が、乾いた。
試されているのは、俺たちじゃない。
管理の方法だ。
――どのやり方で人間を管理すれば、うまくいくか。
それを確かめるために、条件を変えて、何度もやっている。
俺たちは、答案じゃない。
採点される側ですらない。
――問題用紙だ。
***
残り、一分。
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ツタエル コトハ ヒトツ ダケ ダ
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「一つだけ……!」
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オレハ ココカラ ツウシンシタ
ソレデ キヅカレタ
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ダカラ オマエハ
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残り、三十秒。
「セレンさん、次で最後です!」
「はい!」
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ダカラ オマエハ
コエヲ アゲルナ
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「――声を、上げるな」
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キカレテ イルノハ
ハナシテイル ナカミ ジャナイ
ダレガ ハナシタカ ダ
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光が、落ちた。
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電力残量なし
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板が、沈黙した。
***
山頂に、風の音だけが残った。
悠人は板の前に座り込んだまま、動けなかった。
聞かれているのは、話している中身じゃない。
誰が話したか、だ。
――ヨシムラは、この塔から通信した。
そして、誰が通信したかを特定された。
その後、彼は沈黙した。
「……悠人さん」
セレンが、隣に膝をついた。
顔が、白い。
「あの人は、警告を残したんですね」
「はい」
「三百年、誰にも読まれないまま」
「……読まれる前提じゃなかったのかもしれません」
悠人は、暗くなった板を指でなぞった。
「次に来る人へ、と書いてある。でも次が来る保証なんかない。それでも書いた」
「……なぜ」
「書かないと、自分が消える気がしたんじゃないですかね」
悠人は、自分の懐の手帳を意識した。
毎晩、誰に読まれるでもなく書き続けている、あの手帳を。
書いても意味がないかもしれない。
でも書かないと、自分がここにいたことが、どこにも残らない。
「……同じだ」
「え?」
「いえ。……なんでもないです」
***
「なあ、悠人さん」
背後で、ガイの声がした。
振り返ると、三人組が円の外に立っていた。
離れていたが、届いていた。
セレンが全部、声に出して読んでいたのだから。
「……あれ、俺の読み違いか?」
ガイの顔は、青かった。
「この星が、実験場で。俺たちが、その一回分で。……死んでなくて、待機してるって」
「……はい」
「なあ、悠人さん。あんた、いつから知ってた」
悠人は、答える前に一度だけ迷った。
ここで嘘をつけば、この三人は今日の記憶を「よく分からない山登り」として持ち帰る。
そのほうが、彼らは安全だ。
だが。
――「あなたにしか頼めません」と言って連れてきた。
その言葉で人を動かした人間が、その人に嘘をつくのは、順番が違う。
「二十日前から、少しずつです」
「……なんで言わなかった」
「言えば、あなたたちが危なくなるからです」
「今は?」
「今は、もう聞いてしまった。だから話します」
悠人は立ち上がって、三人に向き直った。
「ただし条件が一つ。ここを降りたら、何も知らない顔をしてください」
「……なんでだよ」
「あの鳥です。麓では、ずっと見られてます」
三人が、同時に空を見上げた。
森林限界より上には、鳥はいない。
「……ここだけ、いねえのか」
「そうです。だから今、話してます」
ガイは、しばらく黙っていた。
そして、大きく息を吐いた。
「……ちくしょう」
「はい」
「俺、Aランクなんだぞ。魔王倒すんだぞ」
「知ってます」
「魔王どころか、魔王いねえのかよ」
「……たぶん、いません」
ガイは頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。
一番若いトウマが、震える声で言った。
「じゃあ、俺たち……何のために、強くしてもらったんですか」
「分かりません」
悠人は、正直に答えた。
「でも、それを調べるために俺はここにいます」
***
下山は、無言だった。
森林限界を越えて、木の中に入った瞬間。
枝の上に、灰色の鳥がいた。
四羽。
一羽が、こちらを見て――目を、二度、明滅させた。
「――笑ってください」
悠人は、小さく言った。
「え?」
「笑って。麦の調査は無事終わった、って顔で」
三人が、ぎこちなく笑った。
セレンが、いつもの事務的な顔で帳面を開いた。
「記録します。山頂の風向き、北北西。雲量、四」
「ええ。麦への影響は限定的、でしょうね」
「そう報告します」
鳥は、しばらく四人を見ていた。
そして、飛び立った。
***
その夜、悠人は手帳に書いた。
・監視塔=地表監視と気象調整の中継。上位は軌道の施設。309年に接続断
・この星は実験場。一回ごとに条件を変えている。うちの条件は「管理強め」
・試されているのは人間ではなく「管理の方法」。俺たちは答案ではなく問題用紙
・軌道の回答「帰還は検討されていません」「本件は終了時一括処理されます」
・「あなたがたは死んでいません。待機しています」
・ヨシムラの警告=声を上げるな。聞かれているのは中身ではなく、誰が話したか
そして最後に、一行。
・ガイ、トウマ、ヨシオに話した。三人を巻き込んだ
ペンを置いて、悠人は天井を見上げた。
ヨシムラは、声を上げて消えた。
だから「上げるな」と書いた。
正しい忠告だと思う。
だが。
――声を上げずに、どうやって帰るんだ。
答えは出なかった。
窓の外で、鳥が四羽、今夜も並んでいた。
(――続く)




