記憶の混濁
諷汰Side
俺はベッドの上。
好きな女が隣で寝ている。正確に言うと、気を失った・・。
今日は、何度か気を失っている。
最初はすべての記憶がなかった。
今日の朝、俺以外の記憶は戻ったが・・このまま記憶が戻るのか、またすべてを失うのか分からない。
原因の魔女、万樹を本家に預けているが・・。
解決策は、まだ見つかっていない。連絡も入らないし・・。
俺は今、満月の時に戻る本来の姿と同じように思える。
が、本当に・・すべての感情が揃うのか?
足りない感情は、絶対にあると思う。
頭では、知識として学んで得たものがある。それに該当しない感情・・。
呪いの何かに関係しているのか?
ただ、負の感情が多い気がする。
一番大きく成長した時に得たのは・・嫉妬、ねたみ、憎しみ・・すべて負の感情。
保志と歌毬夜には、伝承の地に行ってもらった。
歌毬夜の16の誕生日・・大上家の緑色の目の力が、どうして効かなくなるのか。
歴史で、『かぐや姫』に何があったのか。
今回、万樹の言っていた16で死ぬという呪いが、嘘だとわかって良かった。
苺愛のおかげだ。
魔女の歴史は、大上家の伝承に残っていない。
苺愛は、その件について・・口を閉ざす。
「ん・・。」
意識を取り戻した円華・・。
記憶がどうなっているのか解らず、俺の心は痛む。
「円華・・?」
起き上がる彼女の匂いが、明らかに違う!
「・・千弐。
やっと、戻ってくれたのね・・」と、俺に抱きついてくる。
千弐、伝承の一人。
円華の意識は、菜乃と混濁しているのか?
「嬉しい・・」
円華にないスキンシップに、つい嬉しくて抱きしめる。
でも、匂いが違う・・
姿は円華。でも、相手ではない。体は円華なのに、感じない。
このまま・・円華を抱くことも出来るだろう。
でも、手に入るのは体だけ。
心が無いと、呪いは解けない。俺が欲しいのは、円華の心。
「あの、菜乃さん。話を聴いて・・ん・・」
俺の口に、柔らかい唇が重なる。
気が緩んだ俺は、重みをかけられベッドに押し倒される。
「んんっ・・」
積極的に激しいキス。
彼女の舌が、俺の舌に絡む。
・・卑怯だ・・
彼女の匂いが円華の匂いに変わる。
幸せが甘い・・。今までに無い幸福感に、心が満たされる。
円華・・円華!
俺の理性が飛ぶ。
彼女の意識が混濁している?だから?
匂いは円華だ。求めているのは・・円華!
「はぁ・・」
俺は体勢を変え、円華を俺の下に導き・・覆う。
俺は、一気に現実に戻る。
円華の目が緑色に光り、俺を求める。いや、違う・・。円華じゃない・・
このまま、俺から彼女にキスをしたら禁忌だろうか・・?
俺の動きが止まったので、彼女は不思議そうに俺を見つめる。
匂いは円華。
よく見ると、目が涙で潤んでいる。そして、体が震えている。
意識の混濁・・。
俺は、ベッドから離れ・・部屋を出た。
本家に連絡を入れる。万樹と話が出来ないか、確認するためだ。
ドア越しに、
「・・開けて、どこに行くの?また、置いていくの?
嫌!!置いて行かないで!千弐・・お願い。私だけだと・・言ったのに・・。
酷い・・酷いよ・・。」
円華の声で泣く・・。
心が痛い・・大切な人が、泣いている。
このドアを開けたら、俺は・・禁忌を犯してしまうだろう。
キス・・したい・・。俺の・・一生の相手・・。
意識の混濁した円華が、俺にキスをした。意識は菜乃だったが・・。
菜乃は、大上家の血筋ではない。
円華の相手は、俺・・。禁忌ではない・・か?
でも、俺は・・?
そうだ!唇にキス・・それさえ気をつければいい。
ただ、彼女が記憶を取り戻した時は?
戻らないかもしれない。
「はぁ・・」
冷静になろう!!
俺は、ドア越しに円華の泣き声を聞きながら・・床に座り込む。
長い時間に感じる・・。
声もかけず、慰めてあげることも出来ない。
円華・・円華・・俺は、どうすればいい?
どうすれば、円華の記憶が戻るんだ?
どれくらいの時間が経ったのだろうか・・。
泣く声が止まり、ドアにもたれる音がする。
窓に、朝日が射し込んでくる。
長い夜が・・明けた。ドアをそっと開ける。
ドアにもたれていた、円華が倒れ掛かるのを受け止めた。
頬に涙を流し、疲れ果てたように寝ている。
俺は、円華を優しく抱き上げ・・ベッドに運び、寝かせた。
そっと、涙の痕・・目元にキスをした。
どうしていいか、力の無い俺に・・無性に腹が立った。
【携帯のバイブ音】
音は消していたので、円華は起きない。
「はい。・・えっ」
本家からの連絡だった。
そっとベッドを離れ、別の部屋に移る。
「消えた?」
万樹が、本家の厳重な警備の中・・姿を消したとの事。
「わかった。保志には、俺が連絡を入れる。」
結局、万樹は無言のまま・・情報を得ることは出来なかった。
今、彼女が向かう先は・・俺達の所か、『かぐや姫』の所。
それとも・・別の・・?
予測のつかないことが、次々と襲う。
保志に連絡を入れ、伝えた・・
「こっちには、来ないと思います。彼女の家系の責任者と遭いました。
問題が解決しそうなんで・・。また、連絡します。」
慌てた様子の保志。
魔女の家系と、接触した・・?大丈夫なんだろうか。
本家の優秀な数人を就けているし、連絡を待とう。
「はぁ・・」
ため息が出る。
疲れた・・機械的な仕事のほうが、どれほど楽か。
そういえば、円華・・狼の耳と尻尾がなくなっていた。
可愛いかったな~。楽しみだ・・新月・・
??!!
昨日は、新月なんかじゃない!
この間、満月だったばかり。月明かりもあった!
どういうことだ??呪いが、狂っている?
記憶の混濁の所為・・か?
本家に連絡を取り、過去の事例を調べるように指示を出す。
円華の体に、負担が掛かっているんだ。
円華の様子を見るために部屋に戻り、異変に気付く。
風・・?
窓が開いて、円華の姿がない。
「円華?!」
【携帯のバイブ音】
知らない番号。
まさか・・
「はい。」
『ふふっ、冷静なのね。
本家の力なら、私の居場所がわかるでしょ?急いだほうが良いわよぉ。
あなたの、大嫌いな・・匂いの子・・円華のこと、とても好きみたいだし。
くすくす・・くくっ・・』
電話は切れる。
・・嫌いな匂い・・あいつ?
円華!
・・本家の力?このビルの警備も、見張りの奴らも役に立たなかった。
万樹の居場所は、本当に分かるのか?・・分かれば、罠。
携帯で連絡を取る。
「俺だ、至急調べてくれ!・・番号は~。」
俺は、居場所が分かるまで・・以前、保志が歌毬夜を助けに行った場所に向かった。
何故か、確信があった・・。
保志の話を聞いた後、万樹について調べていた。
海外に居住していたが、円華はパスポートを持っていない。
この短時間で移動でき、自由が利くような所・・私有名義の建物は一つ。
車で移動し、建物の前に止める。と、同時。
【携帯のコール音】
最大音が鳴るように設定していた。
万樹の番号
「調べても判らないようにしていたのに。
くすくす・・入って」




