第36.5話《補完話》命の終わりと、始まりの記憶
補完話として、セレスと主人公の“真の終わりの瞬間”を描きます。
本編36話の裏で何が起きていたのか、
セレスが何を感じ、主人公が何を想っていたのか――。
if第36.5話:命の終わりと、始まりの記憶
「――ねえ、わたし、いま……すごく幸せなんだ」
光に包まれながら、セレスは微笑んだ。
まるで世界が彼女を祝福しているかのように、穏やかに、静かに、命の粒子が舞っていた。
けれど、彼女自身はまだ気づいていない。
それが「終わり」へと続く道だということを。
(わたし、もう……痛くない)
もう誰からも否定されない。
もう誰にも傷つけられない。
それどころか、誰かのために、歌える。
それが、ただただ、嬉しかった。
「セレス……」
主人公は、彼女の姿を見つめていた。
他の誰もが感動し、光の美しさに息を呑む中で――
彼だけが、理解していた。
あの光は、“命の喪失”そのものだと。
彼の視界にだけ、セレスの身体に刻まれた“終了コード”が見えていた。
魂の解放。
命のデータ破損。
不可逆処理進行中。
――間に合わない。
このままでは、セレスは“消える”。
歌いながら、幸せそうに笑いながら、気づかないまま。
「……やめろ」
彼の指が、震えた。
「やめろ、そんなの……おかしいだろ……!」
セレスは、死にたかったわけじゃない。
むしろ、生きたかった。
ようやく見つけた、歌う理由。
ようやく手に入れた、誰かの隣。
ようやく、笑いあえる明日。
それを今、失っていいはずがない。
「お前は……“終わらせるため”に歌ったんじゃないだろ」
震える声で、彼はそう呟いた。
そのときだった。
セレスの身体に、ヒビのような光の裂け目が走った。
淡い命の光が、空へと昇ろうとしていた。
「セレス……!」
彼は、叫ぶ。
けれど、彼女には届かない。
もう、彼女の意識は、“この世”にないのだ。
セレスの瞳は、閉じられていた。
微笑みながら、すべてを肯定したように。
でも――
その奥で、誰にも届かない“声”が、こだましていた。
(――どうして、こんなに悲しいの?)
(――なんで、こんなに……寂しいの?)
(――これが、“死ぬ”ってこと……?)
「……もう、間に合わないかもしれない。けど、俺は――」
彼は、手をかざした。
あらゆる法則、限界、常識――
そのすべてを、チートの力で“ねじ曲げる”。
命の粒子を、逆流させる。
時間の断絶を、書き換える。
魂の輪郭を、記述し直す。
「俺は、諦めない」
世界の因果が悲鳴を上げる。
反動で、彼の身体も軋む。
それでも、彼は止まらない。
セレスの“命”という名のデータに、自分の力を上書きする。
「お前は……まだ、生きていいんだ」
そして――
微かに、彼女の指が動いた。
まるで、風に揺れる花のように。
瞳が、開く。
「……ここは……」
彼女の視線が、彼を捉えた。
その頬に、一筋の涙が伝う。
「夢……じゃ、ないんだね」
彼は、小さく笑った。
「夢だって思っていい。……でも、もう一度歌えるなら、それで十分だろ」
セレスは、もう一度――世界を抱きしめたように、静かに、微笑んだ。
そして、彼の手をそっと握った。
「ありがとう。……わたし、生きてて、よかった」




