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9 闇の聖遺物

 宿で一晩を過ごした俺たちは翌朝、冒険者ギルドを訪れていた。

 今後の方針を話し合うのに【鍋底】という便利な拠点を失っているので。

 一時的に場所をお借りしているのだ。木製の椅子に座ってさっそく朝食を注文する。 


 併設されている酒場は、朝と昼は手頃な価格で料理を楽しめる。

 お勧めは数日煮込んだビーフシチュー。上質なワインの風味とコクがある。

 朝食としてはかなり重たいのだが。よって俺とエレナは焼き立てのパンを頼んだ。


「主様、主様っ。この腸詰というお肉が気になります! ですが、こちらのびーふしちゅうとやらも興味がそそられます……わふぅ、どちらにするか大変悩みます。これほど悩まされる問題は、ここ数百年で一番かもしれません!」


 ご機嫌に尻尾を動かし、リンネはメニューを食い入るように眺めている。

 契約の恩恵は彼女にもあるらしく、人の文字が読めるようになったらしい。


「どれでも好きな物を頼んでいいからな。リンネが稼いでくれたお金でもあるんだ」


 採取依頼の報酬はまだ手元に残っている。少しは贅沢も許されるだろう。


「よろしいのですか!? ではでは、お優しい主様のお言葉に甘えまして。これとこれ、それからこちらを――――あ、我としたことが、主様の前ではしたない真似を……うぅ、お恥ずかしい」


 神獣らしく肉料理が大好物なリンネが、興奮して注文を追加していく。

 すぐに落ち着きを取り戻すが、内容を取り消さない辺り食欲に抗えなかったか。

 リンネは料理が運ばれるまでの間、自然と緩む頬を隠し切れず、ずっとそわそわしていた。


「ぺろぺろぺろぺろ」


「……ガルムちゃん美味しい? いっぱい食べて、大きく育ってね」


「わう!」


 エレナの足元では、ガルムがお皿に注がれたミルクを舐めている。

 冒険者にはテイマーもいるので、契約獣の立ち入りは認可されている。

 専用の食事も出されており、各種族に合わせて栄養価も考えられている。


「……オルガくん、今日のお仕事はどうする? また採取依頼? それとも……他の用事?」


 表面にテカリのある香ばしいパンにバターを一欠片乗せて、エレナが話す。

 俺はふわふわスクランブルエッグと共に頬張りながら、地図を引っ張り出す。

 基本的に冒険者の食事は落ち着きがない。行儀は悪いが気にする人もいないのだ。


「それは……【龍の角】の、この辺りの地図だね」


 使い古されて若干インクが滲んでいるが、新しい情報が書き加えられている。

 冒険者ギルドに申請すれば誰でも手に入れられる、街周辺が描かれた地図の複製品だ。


「最近噂でよく耳にするダンジョンについて簡単な聞き込みをしてみたんだが。街の北、先日訪れた森の奥地だな。ここ半年で近場に三ヵ所も見つかっている。これは、異常な速度だ。どうも何らかの大きな力が働いているような気がしてな」


 凝り固まった身体をほぐすついでに、冒険者たちを中心に情報をかき集めておいたのだ。


「私も……聞いた事があるよ。冒険者ギルドで調査隊を募集し始めたとかで。今回はもしかしたら聖遺物が眠っているかもって期待されてた。……Gランクには関係ないけどね」


「しかし、今の俺たちには大きく関係してくるんだ」


 聖遺物とは古代神や神人によって作られ、現代では完全再現が不可能な魔法道具の事だ。

 種類は武具に限らず、用途不明な道具まで存在するが、どれも国宝級の価値がある。

 稀にダンジョン内に隠されており、冒険者にとってこれらの収集が目的の一つとなる。


 神々の戦地であるエリュシオンでは、他大陸とは比べ物にならない数の聖遺物が眠っている。

 貴族に雇われた冒険者も訪れるくらいだ。まぁそれもあって、同業者同士の争いも絶えないのだが。

 

 早朝、俺は部屋でリンネから再封印についての説明を受けていた。

 神獣が封印した悪しき魔神は不死の存在。今も厳密には肉体は滅んでおらず。

 何らかの形でエリュシオンに残っている。そして封印から漏れ出た魂がそこへ集まっているのだ。

 

「悪しき魔神の肉体は、神人たちの手によって聖遺物として作り変えられたらしい。けれど、リンネの封印に綻びが生まれ、元の身体に連中の魂が戻りつつある。いわば闇の聖遺物ってところだな」


 高位の魔物の遺骸は放置するだけでもその土地に悪影響を及ぼす。魔神なら尚更だ。

 神人たちがソレを聖遺物に作り変えたというのは、古代の技術力に驚くも、理解できる話だ。

 しかしだ。まさか数千年後、聖遺物に封印した魂が戻るとまでは予測されていなかったのだろう。


「それって……もしかして、最近【龍の角】でダンジョンが見つかるのも、闇の聖遺物の影響……?」


「すべてがそうだとは断言しませんが。悪しき魔神たちは新しい器、宿主を探しております。だんじょんという餌で釣りだし、共鳴する悪しき心の持ち主を呼び出そうとしているのです。彼らの手に渡れば、新たな肉体に魂が宿り、現世に災いをもたらす事でしょう」


 想像するに恐ろしい話をしながらも、リンネは不器用なフォーク捌きで腸詰を味わっていた。

 熱々の零れ出る肉汁に驚き目を見開いている。何度も息を吹いて、程よく冷まし、口に入れた。


「闇の聖遺物の再封印は、俺は最重要事項だと考えている。下手したら世界の危機だ」


 【血塗られた三ヵ月】の再来。今度は人造ではない本物の魔神の復活。

 いちいち言葉に出さなくとも、この場に居る者全員に危機感は伝わっているはず。


「……昨日のオルガくん凄かった。巨神サイクロプスの異能? そんなのが復活したらと考えると……怖い。でもやっぱり、冒険者ギルドや、国に報告すべきじゃない……かな?」


 硬めのバケットをコーンスープに浸しながら、エレナは提案する。

 個人の力でどうにかなる規模の話じゃないと。それは俺も最初に考えたが。


 布を使って口元の肉汁を拭きながら、リンネはすぐさま首を横に振った。


「それはいけません。悪しき魔神の存在が世に広く知れ渡れば、それを悪用せんとする国や組織が必ず現れましょう。彼らはまさしく、奴らが欲する欲深き適合者。魔神の復活を闇雲に早めるだけです。我々だけで闇の聖遺物を探しだし、再封印を施すしかありません。もしくは主様やエレナ様のような正しき心の持ち主を味方に付けるか。……どちらにせよ大事とはせず、少人数で動く方が賢明です」


「まぁ神獣の存在を大っぴらにすれば、潜伏している人造魔神が動き出す可能性があるからな」


 神獣を恐れるのは人造魔神も同じだ。その事を、俺自身が一番よく理解している。


「……うぅ、話を聞いているだけでも、困難な道のりになりそうな予感がする」


 エレナは緊張からパンを零してしまう。ガルムが齧っていた。

 落ちこぼれGランクには、あまりにも荷が重い使命なのは確かだ。

 自分たちの事情で精一杯だというのに、世界の危機に立ち向かえというのだから。


「ですが幸いにも、再封印を施した闇の聖遺物は正しき者が扱えば強力な武器となります。魂もまた、主様を支える力となりましょう。封印が完全なものとなれば、巨神サイクロプスの【神腕】と同じく、異能を安全に自由に扱えますので」


「私やオルガくんに成長の余地があるんだ。少しだけ……光が見えてきたかも」


 話の流れからして闇の聖遺物集めにはエレナも協力してくれるようだ。

 人見知りで血液恐怖症というハンデはあるが、彼女は俺以上に優秀なのだ。


「――主様大変です!」


「どうしたんだリンネ、何か問題でもあったか?」


「びーふしちゅうがとても美味なのです。我のほっぺもとろけてしまいそうです!」


 瞳をキラリと輝かせ、リンネがまた口元を汚し微笑んでいた。お気に召したらしい。

 食事一つでここまで喜ばれると、安上がりというか、もっと世話を焼いてあげたくなる。


「そうか。また食べたくなったら、今夜にでも注文しような?」


「主様、言質は取りましたよ。わふっ、今晩が楽しみでございます。主様も一口どうですか?」


「そこまで言うのなら貰うよ」


「はい、どうぞ。まだお熱いのでお気を付けくださいませ」


 一口貰うと確かに、満腹の身体でも染み入る美味しさだった。

 俺が満足したのを確認すると、すかさず次の料理を勧めてくる。

 幸福を共有したいのだとか。リンネはここでは無邪気な少女であった。


「主様のお傍に居るだけでとても満たされるのです。こんなにも幸せな時間は他にはありません」


「そんな大袈裟な――とも言い切れないか。ずっと山奥で暮らしていたんだものな」


 一〇一の白き獣に囲まれていようとも、彼女は一人だったのだ。

 山での生活が侘しかったんだろう。好きな物を食べさせてあげたい。

 テイマーは自分の契約獣に甘い人が多いと聞くが、実際その通りだろう。


「ぺろぺろぺろぺろ……わう?」

「くぅ~ん」


「あ、サイロちゃんも出てきちゃった。……リンネちゃんが油断してるから?」

 

 ガルムがミルクを飲み終えた後に、遅れてサイロが虚空から飛び出してきた。

 自分も欲しかったのにと悲しそうな声を出し、ガルムの鼻に付いたミルクを舐めている。

 サイロが出てきた事に気付いていないリンネは、幸せそうにビーフシチューを味わっていた。

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