遠方より至りし
『君はどうして突然居なくなったの?』
違う。
これには理由があるんだ。
『君のせいで私はこうなったの?』
違う。
俺は知らなかったんだ。
『君が居なければ皆幸せだったの?』
違う。
俺はこんなことは望んでない。
『君が…………君が…………君が…………』
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
俺のせいじゃない。
俺は不運から逃れたかっただけなんだ。
それ以上にの事はこれっぽっちも望んでいない。
だから俺は悪くない。
だからそんな目で見ないでくれ。
そんな声で話しかけないでくれ。
………………………………俺は何てことを望んだんだ。
「おい!おい!お兄さん。おい。起きろって!」
マコトはリブレに無理矢理起こされて目が覚めた。
ひどく後ろめたい悪夢を見ていたようだった。
いつもなら夢を見ても朧気にしか覚えていないのに今日に限っては目を閉じると情景がはっきり出るくらい鮮明に覚えていた。
「夢か…………最悪…………は俺か。」
顔を撫でると汗をかいているのが分かった。
それほどの夢だったのだ。
「やっと起きたかよ。お兄さん。ちょっ、伏せろ!」
「うわっ!」
寝起きで多少ボーッとした状態だったが一気覚醒した。
リブレが突然マコトに覆い被さってきたのだ。
マコトの体にリブレの小さいながらも育っている体の質感が全身で感じられた。
「……ど、どうしたんだよ。」
リブレに押さえ付けられながらもマコトはなんとか抵抗の声をあげた。
しかしリブレはそれどころではない様子だった。
「しーっ、静かに。」
リブレは声を抑えながらマコトに諭すように声をかけた。
マコトもようやくリブレの様子を見て何かが起きたのだと把握した。
「…………何かいるのか?」
マコトが声を殺して話しかけるとリブレはマコトの上から姿勢を低くたままで移動し森の南側を指差した。
それはこれから二人が向かおうとしているドゥヴァのある方角だった。
「まだ分かんないけど、あれ。」
その指差す方向には松明だろうか。
赤く燃える炎がいくつもこちらへ向かってきた。
まだ距離は多少あるので姿までははっきりしないが人数はそれなりにいるようだ。
「ヤバいかな?あれ。」
「うーん。五分五分。あれくらいの人数だと国軍の可能性が高いけどけどもしかしたらそれに見せかけてる盗賊とか…………更にヤバいとパイモンの可能性もある。だからとりあえず隠れるに越したことはないの。」
そのままリブレはなるべく静かに動き遠くの集団から見えにくい場所へと移動していった。
まずは馬と荷馬車を何とかしないといけなかった。
悩んだ結果どちらも出来るだけ放して見えにくい草村の中に隠した。
その後二人も元いた場所まで戻り息を潜め通り過ぎるのを待つことにした。
「…………来た。」
二人のいるところからだいたい100メートルといったところだろうか。
松明の炎で集団の姿が見える所まで近づいてきてはっきり姿が見えるところまで来た。
「あれは…………不味いな。」
横で動きを注視していたリブレがポツリと呟いた。
それはマコトの不安を煽るには十分な一言であった。
「…………聞きたくないんだけどあれ何?」
「…………たぶん、盗賊団。」
「…………目的地はもしかすると。」
「…………まあ、ナチューロだよね。」
そうこうしているうちに件の集団は目の前を通過していった。
とりあえず眼前のピンチを乗り越えたことに二人は安堵を隠せなかった。
「とりあえず大丈夫だったな。なあ、あれって本当に盗賊団なのか?」
「うん。あの鎧の肩口の印は確かにそうだと思う。昔商いである村に行った時に同じ物を見た。」
そう言うとリブレはもう一度盗賊団の行った方向を確認して馬と荷馬車を取りに行った。
やはり行商人としては商売道具になるものは大丈夫かは心配だった。
「ナチューロか…………イリスはまだいるかな?」
間違いなくもうマコトがいないことはバレているはずだった。
愛想を尽かされたかはたまた怒っているか想像もつかなかったがまだあの宿屋にいるかもしくはマコトの置いていったお金で何処かへもう移動しているかだは想像出来た。
「どちらにしろイリスの事だ。上手いことやってるだろ。」
「何がー?」
そんな事を思っているとリブレが帰って来た。
マコトの独り言はほとんど聞こえていなかったようだが何か言っているというのは分かったらしくそれで入ってきたようだった。
「いや、何でもないよ。ところであいつらは何でナチューロに?」
マコトは話を反らすことを含めて盗賊団について聞くことにした。
「うーん。まあ、盗賊団だし。そりゃなんか盗みに?かな?」
リブレの反応はなんというかひどく適当だった。
「ん?妙に歯切れが悪いな。珍しい。」
「いやーだって分かんないし。あたし盗賊じゃないから。それにドゥヴァへ向かってるあたしには関係ないよ。」
リブレはそうあっさりと言ってのけた。
今日まで行商で訪れていたとは思えない発言だった。
「関係ないってリブレ、取引の相手とかが被害にあったらどうすんだよ。関係あるじゃん。」
「んー?そしたら残念だったねで次の相手探せばいいし。構ってらんないんだよね。他人にまで。」
言ってることは間違ってはいなかったがマコトにはひどく冷たい言葉だった。
「あたしはあたしで毎日生きるために必死に商売をしている。ナチューロの奴等には悪いけど自分たちの事は自分達で何とかしてってこと。」
「…………ナチューロには衛兵とか自警団とかないのか?」
「勿論あるけどこの時間にここを通るとなると着くのは朝方かな。朝に奇襲とかされちゃうと辛いかな。」
「…………そこまで分かっててもか。」
「んー。だってもしあたしが行ったとして何が出来るの?あたしは戦えないし。行商人だから。お兄さんはどう?」
「…………」
リブレにも商人としてのプライドがあり毎日が生きるか死ぬかなのは分かった。
それにマコトが言い返すことが出来ないとことん至極正当な反論である。
マコトも戦える力は無かった。
『無適正』だから。
しかしマコトにはこれから何かしらの被害に会う人がいるのにそれを見捨てる事が出来なかった。
それをしてしまうとまた自分の持っていた不運が人を不幸にしたと思ってしまうだろう。
それが怖かったのだ。
「それに、あたしは今お兄さんの依頼の最中だ。王都の途中までお兄さんを送るっていう大事な商売をしてるんだ。それを忘れて貰うのは困るな。」
マコトの言うのは精神論。
リブレが言うのは商売論。
そこにそれぞれの正義があり相容れなかった。
マコトは一人でも行くべきかと思ったがどう考えても無理だ。
走っても追い付くのに時間がかかるし追い付いたとして一人でどうするという話だ。
何とかリブレに協力してもらうため商売論を覆す策を練ろうとした。
「あっそっか。覆す必要はないのか…………」
そうしてマコトは一つの結論に到達した。
「なあ、リブレ…………」
「…………なあに?お兄さん。」
マコトは一つ息を深呼吸すると喋りだした。
リブレと交渉するために。
リブレは交渉独特の空気のようなものを感じたのか口調は今まで通りだが雰囲気が少し変わった。
「どうしてもダメか?」
「そうだね。言ったろ無駄だよ。何が出来るのさ?」
リブレは無理無理と大きくジェスチャーした。
「…………分かった。じゃあ、こうしよう。王都の途中まで銀貨二枚で乗せてくれっていうのはまだ依頼中だよな?」
「うん。そうだね。でもその依頼を変更でナチューロまではダメだよ。この銀貨はこの先の料金分だからね。」
リブレは手の中にマコトが渡した銀貨を遊ばせながら答えた。
マコトはさも当然という素振りを見せた。
「そんなケチは言わないよ。ただ、王都の途中までっていうのは俺の『ここで』っていう場所でもいいんだよな?」
「まあね。どっちにしろ何処が途中かなんて決めてないし。」
「しゃあその途中をこの場所にしよう。今俺達がいるここで。」
その言葉に一瞬リブレが驚きを見せたような気がしたがそこは商人、直ぐに返答を返してきた。
「ふーん。『ここで』いいの?まあ、あたしは大丈夫だよ。どーせついでだし。あっでも。それで料金の割引はしないよ。」
どこまでも商売根性を見せるリブレにマコトは感服しそうだった。
だがマコトはそこで踏みとどまった。
「厳しいなあ、だから俺はそんなケチじゃないって。割引も要求しないよ。その代わり俺は別の依頼を頼むよ。料金はこれで。」
マコトはリブレの手を握ると彼女の右手を開かせそこに料金を置いた。
マコトが持つ残り最後のヴェスタ金貨一枚を。
「おい。これ本物か?」
イリスの話通りだとヴェスタ金貨は商会同士みたいな大きな交渉事でないと中々御目にかかれる硬貨じゃないという話だったがあのリブレが金貨の裏表を珍しそうに見てるところを見るとどうも本当らしかった。
「うん。本物。当たり前じゃないか。」
マコトは今出来る精一杯の笑顔で答えた。
リブレはその後も裏表をじーっと凝視すると、
「…………聞くだけ聞くけど依頼って内容は?」
流石に惹かれる物はあったようだ。
それに対してマコトは笑顔を維持したままこう言った。
「簡単なお仕事だよ。俺をナチューロの途中まで乗せてって後はリブレはナチューロまで行って伝言を伝えて全速力で逃げるっていうね。」
「…………盗賊団に接触する事はないな。」
「それはリブレの選んだ道次第。俺は土地勘ないし。」
スパッと言いきったマコトにリブレは少しポカンとしたがやがて大笑いを始めた。
「あははは。お兄さんて本当に面白いね。どう?二人でこれからもずっと行商人やらない?」
「お誘いはありがたいけどやりたいことがあるんで今日は断るよ。」
「そっかー。残念。意外といい線いくかもよ。あたし達。」
「かもな。で?どう?依頼成立?不成立?」
その問いに対してリブレは笑いすぎて涙が出たのか目尻をごしごしと擦りながら答えた。
その顔はとても楽しそうだった。
「勿論成立さ。裏道通って確実に盗賊団に会わないで、お兄さんを降ろしたら真っ直ぐナチューロ行ってその後は全速力で逃げることにするよ。」
要求通りのリブレの承諾にマコトはうんと頷いた。
そして側にいたリブレの馬の背中を二回ポンポンと叩いた。
「じゃあ出ようか。ナチューロへ。」
マコトはリブレの手綱でもと来た道を引き返した。
これ以上自分の不運を他人に擦り付けないために。




