31.ジャレッドと始祖3.
ジャレッドの会得した最強の大地属性魔術は、規格外な身体能力強化魔術という極めて単純なものだった。
しかし、土属性をはじめとする精霊と、個別に契約した大地精霊ノームからのバックアップを受け、魔力さえあれば力を強化し続けることのできる強力なものだ。
ただし、使い慣れていない強力な力には反動もある。
たった数回の攻撃で、少年の体は軋むような痛みに苛まれていた。
「……やり辛いな」
地面に倒れる始祖を見つめ、小さく嘆息する。
目に見える姿形、声までが違っていても攻撃に躊躇いがある自覚があった。
オリヴィエの命を奪う覚悟をしてきたはずが、彼女が生きていると聞いただけでこれだ。
自分の甘さにあきれるほかない。
同時に、どうすればオリヴィエを取り返すことができるのか考える。
始祖だけの命を奪う方法がジャレッドには、残念なことに思い浮かばないのだ。
わずかな希望があるだけに、自然とそれにすがりたくなっていた。
「……いいよ、実に、いいよ、ジャレッド」
「効いてないってわけじゃないんだろうけどさ、鼻から血を流して笑うなよ、気味が悪い」
対して頰を腫らしているわけでもなく、唇と鼻から流血しているだけの始祖が楽しそうに笑いながら立ち上がる。
どこか不気味さを覚えながら、ジャレッドは次の攻撃に移るべく身構えた。
攻撃は通用する。
先日のような障壁に阻まれて、何もできないなんてこともない。
いずれは始祖を倒すこともできるだろう。
だが、それはオリヴィエの喪失を伴う。
ジャレッドは、自分の選択が間違っていないかと不安になる。
「ふ、っふふふふふ、じゃあ私も同じく身体能力強化魔術でお相手しようじゃないか。君ほど爆発的な力が出るわけじゃないけど、どちらが上か確かめてみよう」
だんっ、と地面を陥没させて始祖が消えた。
「ほーら、私だってこの程度は簡単にできるんだよ?」
声は、ジャレッドの懐からだった。
「――ちぃっ」
目にも止まらぬ速さで肉薄されたことに気づいた少年が、攻撃に転じようとするも、それよりも早く腹部に衝撃が走り、足が地面から離れた。
次の瞬間、背中に衝撃が走り、転がっていく。
内臓が引っ掻き回された衝撃と、こみ上げてくる吐き気が凄まじい。
「――ごほっ、がぁ、げほっ、ごほっ……はぁ、はぁ」
即座に立ち上がって構えを取ると、始祖は拳を振り抜いた姿で動いていない。
たった一瞬の出来事だったとわかった。
「所詮、戦いなんて力と力のぶつかり合いさ。君と私の距離で魔術を撃ち合ったって、拳をぶつけ合ったって大して変わりはないよ」
「違いないね、まあ、俺はもう魔術を好き放題にぶっ放せないけどさ」
「それが君のした選択だからね。だけど後悔はなかったのかい?」
「後悔ってなんだよ?」
「この時代で、一国の宮廷魔術師に選ばれておきながら、すべてを捨て去る覚悟で今までの魔術を放棄した。微塵も後悔はしなかったのかな?」
「もうとっくに後悔はしたさ。オリヴィエさまがあんたに乗っ取られたその瞬間に」
「君はいつだってオリヴィエのことを第一に考えているんだね。羨ましいと思うと同時に、少しだけ――煩わしいかな」
再び始祖の姿が霞む。
ジャレッドの身体は強化されている。反射神経だって同じだ。
にも関わらず、始祖が消えたように見えたのは、少年の反射神経を上回る速度で動いている他ない。
「――ちっ、またかよ!」
忌々しげに吐き捨てたジャレッドの背後に、ほんのわずかな物音を聞きつけ反射的に振り返った。
すると、今、拳を放たんとしている始祖の姿があった。
迫り来る攻撃に身構え、両手で防御の体制をとる。
次の瞬間、一打を受けた左腕に衝撃が走った。
吹き飛ぶことはなかったが、始祖の攻撃はジャレッドにダメージを与え、数歩後退させた。
「まだまだ、続けるよ」
宣言通り、始祖は手を休めることはしなかった。
ジャレッドは防戦一方となる。
拳が、蹴りが、四方八方から襲いかかってきては防御をすり抜けていく。
あっという間に、ジャレッドは流血し、ダメージが蓄積されていった。
――数分後。
地面に這いつくばった状態で、血を流すジャレッドがいた。
彼の前には、悠然と立つ始祖の姿があった。
「まだ、足りない」
なにを、と問うだけの余裕がジャレッドにはなかった。
「まだだ、もっとだよ、ジャレッド。君はもっと強いはずだ。最強の大地属性魔術はそんなものじゃない。おそらく、得たばかりで使いこなせていないんだね。だけど、それは認められない」
「……あんた、なにが、言いたいんだよ」
「本来の力を見せろ、と言っているんだ――よっ」
腹部を爪先で蹴り上げられ、体が宙に浮いた。
身体強化された一撃は、容赦無くジャレッドの身体の外側だけではなく、内側にもダメージを与える。
「――う、あぁ……あ」
口から血をこぼし、地面を転がる少年の姿は痛々しく、始祖のいうような本来の強さなどあるのか、と疑問に思うほどだった。
「なにが足りないのかな?」
再び蹴る。
「君には戦う理由があるはずだ。オリヴィエを取り戻したい、無理でも私共々殺さなければならない」
三度目、四度目と、始祖は無抵抗のジャレッドを蹴り続けた。
「君はそのために力を得たはずだ。今までを捨ててでも、目的を果たすために力を!」
繰り返し、ジャレッドの身体に始祖の足が突き刺さる。
「まだ足りないんだ! まだ! まだ! 君は強い、今までどんな困難も乗り切ってきたじゃないか! なのにっ、どうしてっ、私を相手にして無様に転がっているんだっ!」
何度蹴られたかわからない。
呼吸さえままならなくなるほど繰り返された執拗な攻撃に、少年の意識は飛びかけていた。
「ここまでされても抵抗しないのかい? それとも、もうできないのかい?」
頭を踏みつけられ、踏みにじられる。
それでもなお、屈辱を感じる余裕さえ、今のジャレッドにはなかった。
「さあ! 抵抗しろ! ジャレッド・マーフィー! 私を殺すんだろう! 私からオリヴィエを取りもどすのだろう!」
ジャレッドは頭の上に乗る足に向かって手を伸ばす。
足首を掴み、足を折るつもりで力を込めようとして――できなかった。
「……なんだい、それは! 私を殴りつけた意気込みはどこに消えた! まさかとは思うけど、私を助けたいなんて思っていないよね?」
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