32.ジャレッドと始祖4.
ジャレッドは返事をしなかった。
散々、蹴られたので声を発せられなかったのではない。
口にすれば、始祖を助けたいという感情が湧き上がってしまうので、あえて口を閉じていた。
「答えろっ、ジャレッド! この期に及んで、私を救おうというのか!」
足首を掴む少年の手を忌々しげに蹴り払うと、始祖はさらに一度、彼を蹴り上げた。
地面を転がり仰向けになったまま、ジャレッドは眩しすぎる空を見上げる。
――正直に言えば、始祖ユナ・ミハラサキに同情していた。
見ず知らずの世界に放り込まれ、戦いを強いられた生前。
死んでもなお、子孫や民のために生きなければならず、復活を望まれる。
一部の子孫が、安らかな死を望んでいるが、それだって勝手な話だ。
オリヴィエの体を奪ったのは許せない。
しかし、それはカサンドラ・ハーゲンドルフの仕業であり、始祖がオリヴィエを名指ししたわけでもない。
最愛の人を失い、怒りに支配されているジャレッドだってそのくらいのことはわかっていた。
それでもなお、始祖と戦うと決めたのは――婚約者を取り戻すためと、彼女に始祖を倒せと言われたから。
だが、始祖からオリヴィエを取り戻す手段ははっきりしていない。
ゆえに、倒す、という選択肢を取っている。
その結果、オリヴィエを失うのなら、後を追おうとまで覚悟してだ。
始祖は、オリヴィエがまだ生きていると言った。
それは希望になった。
しかし、いずれはふたりが融合し、オリヴィエでも始祖でもない新しい誰かになると聞き絶望した。
残された手段はない。
ならば、当初の予定通り、オリヴィエごと始祖を倒さなければならない。
始祖が、この時代で、なにを目的とし、なにをしようとはっきりしていない以上、現代を生きる人間として戦う必要がある。
オリヴィエを失おうと、この世界にはまだ大切な人がいる。
最愛の人の家族が、ジャレッド自身の家族も、仲間も、友達もいるのだ。
ただ、ジャレッドは心の奥底で迷っていた。
残酷な運命に振り回されてきた始祖を殺していいのか、とも。
甘い。
反吐がでるほど甘い。
その甘さのせいで、ジャレッドは無様に地面に転がっていた。
――本来なら、もっと力が出せるのに、出しきれずにいた。
せっかく今までの魔術を捨て去って手にいれた力が台無しになっていたのだ。
「……いいよ、うん、もういい。君がそんな態度を取ろうというのなら私にも考えがある」
血まみれになり、仰向けに倒れるジャレッドの胸に始祖が足を置く。
「もう君には期待しない」
――ぐっ、と力が込められて、肋骨が軋む音がした。
「私はね、犠牲になったオリヴィエ・アルウェイに敬意を払っていたんだ。だから、この国に害をなしていない、君のことだって丁重に扱ったつもりだよ。だけど、もういい」
さらに力が込められ、呼吸が止まりかけた。
彼女の足を掴むも、ビクともしない。
ジャレッドは身体能力強化魔術が切れているのだと気付いた、が、遅い。
「こんな結末になってしまったことは非常に残念だけど、君が招いたことだ」
みしみしと骨が軋む。
圧力と痛みが襲いかかり、身体強化に集中できない。
このままではまずい、と思った少年にさらなる力が込められた。
「もう私は好きにやらせてもらう。だけど、君はそれを知らなくていい」
踏みつけていた足を一度持ち上げて、始祖は言い放った。
「さようなら、ジャレッド・マーフィー」
そして、容赦無く、強化された足を振り下ろしたのだった。




