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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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【間章4】オリヴィエとヴェロニカ5.



「はい、あーん」

「……あーん」


 ジャレッドは困惑していた。

 夕食の時間、隣に座ったオリヴィエが、ほくほくと湯気をあげるジャガイモをフォークにさして口元に運んでくる。


 マナー違反と咎める者はこの場におらず、婚約者の母はほっこりとした笑顔で、家事を担うメイドは無表情ながら親指を立てて見守っているだけだ。

 婚約者の好意を拒むことができず、ジャガイモを頬張った。

 瞬間、口内に熱が広がる。


「……す、すみません、水をください」

「あら、熱かった? しかたがないわね、次からふーふーしてあげるわ」

「いえ、そういう問題じゃなくてですね」


 朝、あいさつしたときにはいつも通りのオリヴィエだったが、昼間屋敷を開けていたジャレッドが帰宅すると、どこか変だった。

 まず距離がいつもより一歩近い。そして、なんだか甲斐甲斐しいのだ。

 今だって、隣に座るオリヴィエと肩が触れ合うほどの距離だ。


「お、お兄さま! お水です」

「ありがとう、イェニー」

「わ、わたくしが飲ませてあげます! さ、どうぞ!」


 ぐいっ、とコップを唇に押し付けられてしまったので、従妹にされるがまま水を飲む。


「む……やるわね、イェニー」

「お姉さまのことを参考にしただけです。というか、ズルいです! わたくしも、お兄さまにあーんしたいです!」

「わかったわ。じゃあ、順番にやりましょう」

「はい!」


 ――いやいや、そうじゃないでしょう!


 いつまでもコップを押し付けられているため言葉こそ発することはできなかったが、ジャレッドは内心ツッコミをしていた。

 急に世話焼きになったオリヴィエを見て、対抗意識というよりも自分もやって見たいとイェニーが行動するたびに、周囲から微笑ましい視線が向けられて居心地が悪い。


「……青春だな。私も、コンラートにあーんしたい」


 暗殺組織の後継者であり、年の近い叔母であるローザがここにはいない公爵家の末息子を想い、そんなことを言う。


 ――お前らのほうが青春してるだろ!


 ジャレッドは知っている。年下の少年にまんざらでもないどころか、最近では母親公認で関係を少しずつ進めていることを。

 公爵家の人間と暗殺組織の後継者では、いろいろ障害があるかもしれないが、当の本人同士はまったく気にしていないようだ。

 一騎当千の強者であるローザは、コンラートとの関係はさておき、訪問は歓迎されている。とくに公爵家長男のトビアスと交友があるらしく、着々と公爵家での立場を確立しているようだった。


「ほらジャレッド、あなたは成長期なのだからお肉もしっかり食べなさい」

「お兄さま、お野菜も大事です!」


 次々と食べ物が口へと運ばれ、忙しい。

 なんとかこの甘酸っぱい食事から逃げようと助けを求めようとして、すまし顔で黙々と食べていたプファイルに視線を向ける。


「……」


 が、水色の髪の暗殺者は、言葉を発することなく小さく唇を釣り上げると、再び自分の食事に集中してしまった。


 ――せめてなんか言えよ!


 どいつもこいつも役に立たない。ジャレッドは最後の綱とばかりに、師匠に目を向けると、


「……あんたもかよ」


 肉を刺したフォークを手に持ち、とてもいい笑顔でオリヴィエたちの後ろで順番待ちしている、アルメイダに絶望した。

 なんだかんだと騒がしくも賑やかな食事が進み、ジャレッドは婚約者と妹と師匠にいつも以上に食べ物を食べさせられることになったのだった。



 ※



「オリヴィエさま、今日、なにかありましたか?」

「な、ななな、なにもなかったわよ」


 夕食後、日課の二人の時間を過ごしながら、様子のおかしかったオリヴィエに問うと、おもしろいくらいに動揺した声が返ってきた。

 隠す気が本当にあるのだろうかと疑問に思う。

 オリヴィエ自身も、同じことを思ったのか、諦めたように嘆息すると、


「やっぱりわたくしは隠し事が苦手ね。とくにジャレッドには」

「みたいですね。それで、どうしたんですか、急に? その、なんていうか、嫌じゃなかったですけど、普段のオリヴィエ様らしくないっていうか」

「今日ね、いろいろ考えさせられたわ」


 向かい合うように座っていた彼女が、ジャレッドの隣に移動する。

 静かに隣に腰を下ろした婚約者は、少年の肩に頭を置いた。


「ヴェロニカさまが屋敷にきたの」

「確か、幼馴染みでしたっけ?」

「ええ、親戚でもあるわ。幼い頃からよく遊んでいたから王族とか関係なく、実の姉妹のように親しいのよ」


 ジャレッドは内心驚いた。親友の姉が、婚約者と幼馴染み以上の関係だったとは、世の中狭いと思わずにはいられない。


「なにかあったんですか?」

「わたくしたちの話をしたわ」

「俺たちの?」

「ええ、あなたに側室の話があるの」

「またですか……先日、国王からも似たようなことを言われました」

「同じ話よ。ヴェロニカが今日、屋敷にきたのは、あなたの側室になりたいということを伝えにきたのだから」


 ジャレッドはオリヴィエに、国王との話を伝えたものの、ヴェロニカ王女のことは言っていなかった。

 彼の中では、王が戯れで口にしたのではないとわかっているものの、婚約者にどうはなしていいのかわからなかったのだ。

 そうこう迷っているうちに、ヴェロニカ本人がオリヴィエとは話してしまった。さすがに行動が早すぎると、内心焦る。


「正直言うとね、あなたが側室を迎えることはいいことだと思うの」

「オリヴィエさま?」

「でもね、わたくしは今のこの家族が気に入っているの。わたくしとお母さま、トレーネの三人から始まって、あなたが加わり、イェニーがきてくれたわ。命を狙ったはずのプファイルとローザがまで一緒に暮らすようになって、あなたの師匠と竜王国のお姫様まで今では一緒に暮らしている、この屋敷が好きなの」

「俺もです」


 断れず見合いをしたオリヴィエとその家族。命のやり取りをした暗殺組織の人間。師匠、妹、竜の少女と気づけば家族になっていた。

 幼い頃に母を亡くし、父とも疎遠だったジャレッドにとって、ようやく手に入れることができた家族だ。


「家族が増えることもいいのかもしれないわ。それに、側室を迎えれば、ジャレッドの今後のためにだってなるのよ。でもね、わたくしは……想像していたよりも、独占欲が強いみたい」

「オリヴィエさま」

「ヴェロニカさまも、リリーも、いつかあなたの側室になるかもしれないわ。知らない人よりも、彼女たちのほうが、姉妹同然だから受け入れられるわ。イェニーのように」


 でも、とオリヴィエはジャレッドから体を離し、すこしだけいたずらめいた笑みを浮かべた。


「わたくしは、あなたを独り占めしたいの。はじめてした恋なのだから、もっとジャレッドとたくさん思い出を作りたいわ」

「俺も同じ気持ちです」

「ありがとう。嬉しいわ。だけどね、ジャレッド、ひとつだけ約束して。いつか、側室を迎えなくてはならなくなったら、わたくしではなく、あなたを優先して決めてちょうだい」

「俺はっ」

「今は答えないでいいの。そのときになって考えてみて。わたくしも、いい加減大人にならなければならないの。あなたの妻となるのなら、わがままばかりじゃなくて、夫のためになることがしたいわ。そうでなければ、妻を名乗れなくなってしまうもの」


 オリヴィエはヴェロニカと話したことで、停滞していた婚約者との関係を一歩進めることにしたのだ。

 大切にしてもらうばかりではなく、自分もジャレッドのことを大切にしたい。彼の未来を考えてあげたい。

 すでに自分と婚約した時点で、ジャレッドの将来は狭まり、ある程度決まってしまったのだから。


「オリヴィエさま、別にそんなことを気にしなくていいんです。オリヴィエさまはオリヴィエさまらしく、今まで通りにいてください」

「ジャレッド?」

「正直言わせてもらうと、側室なんて言われても困ります。いくら正式に宮廷魔術師になることが決まったからって、側室を迎える理由が俺にはよくわからないんです」

「それは――」


 貴族同士の繋がり、新興貴族となるジャレッドのために後ろ盾や、支援者を迎えるために必要なこと。と、説明しようとしてやめた。

 彼だって貴族だ。そんなことはわかっているだろう。ジャレッドがよくわからないと言っているのは、感情面のことだとわかった。


「まあ、現時点でイェニーがいますけど、あまり側室って感じはなくて、妹が一緒に暮らしているくらいにしか思っていません。イェニーのことを含めて、俺は今が気にいっています。オリヴィエさまがいて、ハンネローネさま、トレーネがいる。そしてイェニー、プファイル、ローザ、アルメイダ、璃桜がいる、今が好きなんです」


 オリヴィエは泣きたくなった。婚約者が自分と同じ考えのことに、たまらなく嬉しかった。


「あと、その、ちょっと恥ずかしくて言いづらいんですけど……」

「なによ。ちゃんと言ってちょうだい」

「はい。その、えっと、ですね、俺にとって初恋はオリヴィエさまなんです。気づけば、あなたが一番大事になっていました。だから、その、今は他の誰かのことなんて考えている余裕はなくて、オリヴィエさまのことだけを考えていたいっていいますか、その――」


 オリヴィエはジャレッドに抱きついた。

 彼の言葉は、なによりも欲しく、なによりも嬉しいものだ。

 彼の愛情は知っていた。彼がどれだけ自分を大切に思ってくれているのかもわかっていた。それでも、婚約者のためになにもできていないと思っていた今、自分のことだけを考えていたと言ってくれたジャレッドの言葉は、涙がこぼれるほど嬉しかった。


 その日、オリヴィエは子供のように婚約者の胸の中で泣いたのだった。




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