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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
八章

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【間章4】オリヴィエとヴェロニカ4.



「イェニー・ダウムだっているじゃない」

「あの子は家族よ。ジャレッドを兄と慕っているし、わたくしのことだって姉と呼んでくれるイェニーのことは、自分でも不思議なほど好きなの。それに、きっとあの子のジャレッドへの感情は、よくも悪くも家族愛の延長に思えるの」


 恋愛感情がないわけではない。ジャレッドを慕うイェニーの気持ちは本物だ。しかし、オリヴィエにはイェニーの想いが家族愛が昇華されたものに思える。

 長く一緒に育った兄と妹という関係ゆえかもしれない。

 イェニーの気持ちは疑っていないし、彼女の思いは本物だとわかっている。なのでそれでいいのだ。


「だから安心?」

「ええ、安心するわ。……嫌な女ね、わたくしって」

「そんなことないわ。女なら当たり前の考えよ」


 ある意味、家族愛のほうが厄介だと思うがヴェロニカはあえて口にしなかった。

 しかし、イェニーはオリヴィエを姉と慕い、ジャレッドを奪い合うつもりは毛頭ない。彼女を立て、自分は目立たないようにしているのだ。

 人間の感情に答えはなく、家族愛が厄介に思えても、必ずオリヴィエとイェニーがうまく行かないわけではない。余計なことを言って、下手に意識させてしまうことは避けたかった。


「ねえ、ヴェロニカ。もし、あなたがジャレッドの側室にならない場合はどうなるのかしら?」

「間違いなくほかの女が側室として送り込まれるでしょうね。有力候補はリリー・リュディガーよ」

「やっぱりそうなのね」

「リリーもジャレッドを気に入っているひとりなのはとっくにわかっているでしょう。リュディガー公爵もご家族も応援しているようだから、間違いないわ」


 オリヴィエは嘆息する。リリーの気持ちは直接聞いて知っているので不思議ではない。

 秘書官として婚約者のために働いていることもあり、また年齢面でも少し年上ということで反対の声はないだろう。その場合、秘書官は辞することになるだろうが、彼女は構わないだろう。


「もしくは、先日の反逆事件でジャレッドの預かりになった少女たちの誰かでしょうね」

「やっぱり……そうなる気がしていたわ」

「オリヴィエがどれだけ拒もうと、正式に宮廷魔術師になってしまえば、側室の話は止められなくなるわ。ハーラルトおじさまも頑張っているようだけど、いずれ限界がくるわ」


 必ずしも宮廷魔術師が側室を持たなければならないわけではない。

 現役宮廷魔術師であるトレス・ブラウエルなどは、いくつも縁談を申し込まれてもすべて断る徹底ぶりをみせている。とはいえ、再編成された魔術騎士団の長に任命されたことから、今後も縁談の話は続くだろう。


「なんとかしてジャレッドとつながりを持ちたい貴族っていうのは多いの。最近では、王宮や、魔術師協会を経由して縁談を申し込もうとする家もあるのよ。さすがに王宮も協会も取り合わないでしょうけど、万が一ということもあるわ」


 現時点では、公爵家の婚約者がいるジャレッドよりも、トレスのほうが有望株と見られることも多いだろう。

 しかし、ジャレッドのほうが男爵家出身、未成年ということもあり繋がりを得た結果、優位に立てるのではないかという考える者もいる。


 オリヴィエとジャレッドの関係を知らないものからすれば、少々厄介な正室がいたとしても、側室にさえなってしまえばまだ子供と言える少年などなんとでもなる。そんなことさえ考えている人間だっているのだ。

 王宮も魔術師協会も、宮廷魔術師の重要性を十分に理解している立場からすれば、個々の欲を満たすために宮廷魔術師を利用されたくないと考えるのは当たり前だ。宮廷魔術師を動かせるのは国王だけ。その前提が崩れてしまうことも恐れている。


 ゆえに、王族であるヴェロニカが側室になることで、ジャレッドを利用しようとする者への牽制としたいのだ。

 ならば側室など増やさなければいいと考えそうなものだが、なかなか難しいのが現状だった。


「あわよくばオリヴィエを蹴落として……そんなことを考えるような人間よりも、私ならあなたのことを正室として立てるし、幼馴染みだから遠慮なんてしなくていいでしょう。家族がひとり増えたと思ってくれればそれでいいのよ」

「ヴェロニカにとっても好きな人と結ばれることができるものね。……気になっていたのだけど、王族が側室でいいのかしら?」

「あら、気を使って私に正室を譲ってくれるの?」

「そんなわけないじゃない!」

「それは残念……そんな目で見ないで、冗談だから。母方の親戚の家に養子にいくわ。子供のいない一族なので、ちょうどいいのよ」

「王族なのに、そのあたりはあっさりよね。王位継承権だって弟が生まれてすぐに手放しているし」

「優秀な弟がいるから、私なんて必要ないのよ。あなただって、公爵家を継ぐために弟たちと争いたくなんてないでしょう」


 ヴェロニカを降嫁させて、領地を与える話もあったが、それではジャレッドの側室にするには難しくなってしまう。そこで、後継者がいない母方の親戚の家の養子となることになった。

 二人の間に子供ができれば、その家の跡継ぎにすることも考えられている。


 ジャレッドに伯爵位が与えられることになるが、その家は正室であるオリヴィエの子が継げばいい。無用な争いを起こさないことも考えられていた。これは母を側室に狙われたオリヴィエへの配慮でもある。

 彼女が側室を受け入れれば、正式に跡継ぎの話を含めて話が進んでいくだろう。


 すでに水面下で、王家と魔術師協会、一部の貴族が動いているが、最終的にオリヴィエが首を縦に振らなければ難しい。

 彼女が嫌がることをジャレッドも望まない。ならば、どれだけ周りが話を進めても、ジャレッドは受け入れないだろう。

 だからこそヴェロニカはオリヴィエに会いにきたのだ。幼馴染みとその婚約者を含む家族を守るために。


「私はね、側室の件はあなたに無理強いしたくないわ。私個人の感情を踏まえても、ね。だけど、オリヴィエとジャレッドのこれから、そしてアルウェイ公爵家の今後を考えれば、側室を迎えることは悪いことじゃないの」

「わかっているわ。あなたがわたくしのために側室にくることを決意してくれたことも」

「辛いでしょうけど、よく考えてね」

「……ねえ、ヴェロニカ」


 オリヴィエは小さな声で幼馴染みの名を呼んだ。


「あなたでよかったわ」


 その短い一言にどのような意味が込められているのか察したヴェロニカは、


「ふふっ、ありがとう」


 妹を見守る姉のような気持ちで、感謝の言葉を伝えるのだった。



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