【間章4】オリヴィエとヴェロニカ3.
ヴェロニカの思いをはっきり聞いたオリヴィエは、彼女になにか言おうとして、やめた。
同じ男性を愛しているオリヴィエとヴェロニカだが、そのあり方はそれぞれ違っている。
愛し、愛されたいと願い、できることなら独占したいと考えているオリヴィエ。対して、ヴェロニカは、自分さえ一番に愛情を抱いているのであればそれでいい。
もちろん、ヴェロニカだって想い人の少年に愛されたいと願うも、一番でなくてもいいと断言している。
ある意味、王族らしいヴェロニカと、貴族だが貴族らしくないオリヴィエだった。
「ねえ、オリヴィエ。あなたが今、ちょっと問題になっている自覚はあるの?」
「わたくしが問題ですって?」
「こういう言い方は好きじゃないけど、未来の宮廷魔術師を独占している――なんて思う人は多いのよ。イェニー・ダウムという側室は一応いるけれど、あの子の場合は同じダウム男爵家としておまけにしか思われていないわ。実質、ジャレッドを独り占めしているじゃない」
「……そんなこと」
ない、とは言えなかった。
周囲から見れば、ジャレッドをめぐる環境はそう見えるのだろう。
幸いなのは、ジャレッドも、そしてイェニーも、ダウム男爵家も、現状に不満を抱いていないことだ。
「私は悪いとは言わないわ。好きな人を独占したいと思うのは、誰だって同じだもの」
公爵家に産まれながら貴族らしくない育ち方をしたオリヴィエを、ヴェロニカは微笑ましく見つめる。
数年の間、母親を側室から守るため、心を許すことのできる三人で暮らし続けてきた従姉妹の苦労は察するに余りある。そのためか、オリヴィエは家族をとても大事にしているのがわかる。
そして、ジャレッドもイェニーも大事な家族なのだ。
だからこそイェニーが側室でも構わない。妹同然の少女から、兄と慕う大切な人間を奪うことなどできない。
ジャレッドと出会ったばかりのオリヴィエであれば、今と違ったかもしれない。彼に心を許さず、結婚するつもりもなかったあの頃であれば、側室の話になっても平然としていただろう。
「でもね、そんな女性として当たり前の感情をよく思わない人たちがいるの。それが巡り巡ってジャレッドに悪影響を及ぼすことになったら、あなた自分を許せる?」
「……つまり、なにが言いたいのかしら?」
「側室を増やしなさい。じゃなければ、いずれ困ることになるわ」
「……それでヴェロニカ、あなたなのね」
「自分でこんなこと言いたくないけど、行き遅れを二人も押し付けられたとなれば、同情が大きくなるでしょう。今だって、あなたをアルウェイ公爵家から厄介払いとして引き渡されたなんて噂があるくらいなのよ」
幼なじみの言葉に、オリヴィエは心底面白くない顔をした。
貴族間の交友関係に積極的ではない公爵令嬢だが、世間知らずではない。情報収拾は以前より欠かしていないし、噂話など屋敷に閉じこもっていたとしても嫌でも舞い込んでくる。
とくに最近では、ジャレッドを目当てに近づく人間を相手にすることが多く、暗殺組織の人間や、ジャレッドの友人が屋敷を出入りすることもあり、情報に欠くことはない。
「そのくらい知っているわよ。まったく失礼だわ」
宮廷魔術師になることが決まった婚約者が、世間でなんと言われているかくらい知っている。
今は功績が多く、賞賛されるが、それ以前では『行き遅れの厄介者を公爵に押し付けられた哀れな少年』として有名だった。オリヴィエの悪い噂も相まって、同情の声が大半だったが、婚約者に逆らえない情けない男と揶揄されることもあった。
とはいえ、そんな噂も、ジャレッドが宮廷魔術師候補になると消えていくのだが、代わりに『将来有望な少年を公爵が行き遅れを押し付けて青田買いした』と陰口が広まることになる。
実際、父ハーラルト・アルウェイ公爵にはそんな考えはなかったものの、結果的に噂通りになってしまっているため、反論できなかったりする。
噂の中心であるジャレッドは、まったくと言っていいほど他人の声に興味がないようで、噂話を耳にしても取り合うことはなかった。オリヴィエもそれに習い放置していたのだが、婚約者の功績が増えるほど、取り入ろうとする者や、僻み悪い噂を流す者など今まで以上に現れてしまった。
現在、オリヴィエはもちろん、両親やメイドのトレーネすら、ジャレッドとオリヴィエを巡る世間の声に頭を悩ませているのだ。もっと初動で対応しておけばよかったとボヤくことも度々ある。
「ヴェロニカの言うことは理解しているわ。わたくしが折れて、側室を認めればいいということも。でもね、頭では理解していても、感情面では難しいのよ。私だけの、ジャレッドでいてほしいの」




