25.璃桜救出2.
ラウレンツは眼前に広がる光景に唖然としていた。
それなりの大きさを誇る貴族の屋敷が青い雷によって内側から蹂躙され、崩壊していく。
「まさか、ルザー殿がこれほどの魔術師だったとは……」
ともに屋敷の中に倒れていた人間を運び出したジドックも、ラウレンツと同じように口を開いて呆然としていた。
今もなお、雷はまるで意思を持っているかのように暴れ狂い、轟音を立てて屋敷を壊していく。
「あの、ラウレンツ殿……拙者、思うのですが、いくらルザー殿が放ったとはいえ、建物の中にいるのですからご自身の魔術でも危険ではないのでしょうかな?」
「――っ、そうだった。唖然としている場合ではないっ。今すぐ助けに」
「お待ちくだされ。助けたいのは拙者も同じですが……あの暴れ狂う雷にどう近づくのですか? いくら肉の壁として拙者が優秀だったとしても、一撃でも食らえば死んでしまいますぞ」
「しかしっ……くそっ、ルザーが倒した人間を避難させろと言った理由がわかる。これほどの威力がある雷を放つことができるなど――宮廷魔術師に匹敵、いやそれ以上だ」
「オリヴィエたんの周りには癖のある方々が集まっておりますなぁ。ふひひっ」
「一番癖のある貴様に言われたくないっ!」
「ふひっ、もう丁寧な口調さえ使ってもらえないとは――はぁはぁ……おや?」
軽口をきいても崩れ落ちていく屋敷から目を離そうとしないジドックがなにかに気づく。
「ラウレンツ殿、ルザー殿はご無事のようですよ」
「なんだと? ああ、よかった。あの竜用の結界も無事に破壊できたようだな」
未だ雷が暴れる屋敷の中から、土埃に塗れたルザーが幼い少女を抱きかかえてこちらに歩いてくる。
彼の腕の中にいる少女が璃桜であることは遠目からでもすぐにわかり安堵する。
同じくらい、雷が蹂躙し屋敷が音を立てて崩れていく屋敷の中から無事にルザーが出てきたことに安心以上に、羨望を覚えてしまった。
――僕はまだまだ強くならなければならない。
そう、ラウレンツは気持ちを新たに決意する。
いくら宮廷魔術師候補に選ばれようと、宮廷魔術師二人に師事しようと、目指すべき魔術師の頂は高く険しい。
すでに数歩先に親友が進んでいると思っていたが、彼の兄も同じくらい前に進んでいたことに、魔術師として悔しさを覚えてしまうのは無理もないことだった。
ギリギリの形を残していた屋敷が、耳を覆いたくなるほどの音を立てて完全に倒壊した。
「よくやったと言いたいが、やり過ぎだぞ」
「ふひひっ、どうせこの屋敷の持ち主は反乱に加担しているのですから文句は言えませぬよ。ですが、ラウレンツ殿と同じく、少々やり過ぎた気はしますが」
「ごめんごめん。璃桜を囲っている結界が予想以上に強固だったからつい力任せになったんだよ。おかげで魔力がなくなりそうさ」
まいったまいった、と苦笑するルザーであったが、彼の表情から疲労を読み取ったラウレンツがそれ以上の苦言をすることはなかった。
言葉ではさもないように言っているが、璃桜を助けるために必要なことをしたのだ。屋敷の倒壊は予想外だったのかもしれないが、必要な犠牲である。
倒した人間が今も無事に息をしているだけでよしとしようと思うことにした。
「さて、璃桜の無事をオリヴィエさまに――っ」
言葉の途中でルザーが消えた。
「ひっ!? ルザー殿!?」
「悲鳴が聞こえた、オリヴィエさまたちのほうだ。いくぞ!」
「お先に向かってください。拙者、デブなので足が遅いのです」
ジドックの言葉に返事をする間をもったいなく感じ、彼の肩を一度だけ叩くとラウレンツは地面を蹴った。
ルザーのように瞬く間に移動することなどはできないが、それなりの速度でオリヴィエのもとへ駆けつける。
すると、そこには――、
「オリヴィエさま! 一体ななにが起きたのですか?」
騎士が数名倒れ、捕縛していたはずのアヴリルの姿が消えていた。彼女を拘束するに使っていたベルトだけが残されていたので、逃げたのだとすぐにわかった。
「ごめんなさい。いつの間にかわからないのだけれど、意識を取り戻していたみたいね。逃げられてしまったわ」
「意外にあの子もやるようだ。ただ呪術しか使えない甘ったれだと思っていたんだけど、誤解していたみたいだね」
「敵を褒めてどうするんだっ、ルザー・フィッシャー!」
「ま、敵を逃がしてしまったけど、ジャレッドの居場所は聞いてあるし、オリヴィエさまたちに大事があったわけじゃないからね。次、退治することがあれば俺が責任を持って倒すよ」
肩をすくめるルザーの言うとおり、情報は得ており、捕縛したものの行動するに邪魔であると感じてもいた。
首謀者の娘を逃がしてしまったことは腹立たしくあるが、倒れた騎士たちに大した被害がないことのほうを喜ぶべきだとする。
「ひー、ひひーっ……やっと追いつきましたぞっ。拙者、デブなので、走るのは苦手です」
「お疲れさん。さて、オリヴィエさま、璃桜を取り戻しましたので一度お屋敷に――」
「いいえ、戻らないわ」
「はい?」
家族を取り戻したのだからここにいる理由はもうない。オリヴィエにはローザ・ローエンが守るアルウェイ公爵家にいてほしかった。しかし、彼女は首を縦に振ることはなかった。
「璃桜を助けてくれてありがとう。とても感謝しているわ。でもね、わたくしはもうひとりの家族を取り戻すまで屋敷に帰ることはできそうもないわ」
「あの、拙者が言うのもあれですが、仮にも一度は囚われの身になっていたのですからご両親にお顔を見せてあげるべきではないのですかな?」
「ジドックの言うこともわかるし、そうしたい気持ちももちろんあるわ。でもね、お父さまとお母さまが屋敷に戻った私を再び出してくれるとは思えないのよ」
それには誰しも同感だった。
戦闘能力がない娘を敵のいる場所へ送りだす親がいるものか。
できることなら安全な場所にいてほしいとルザーたち三人はもちろん、控える騎士たちも同意見のはずだ。
しかし、オリヴィエは譲らない。
「迷惑をかけてしまうことを承知してお願いするわ。わたくしは、ジャレッドのもとへ行かなければならないの」
「やれやれ、気の強いご令嬢だと知っていたけど、こんなにもとは……ジャレッドが苦労するね」
「おい、ルザー、まさか――」
「勝手についてこられても困るし、なら俺たちの目の見える範囲に居てもらったほうが楽じゃないか。万が一のことは起こさせない。俺の命を賭けて」
「……僕は反対していることをはっきりと告げておく。だが、僕に決定権はない」
「二人ともごめんなさい。でも、わたくしはどうしてもジャレッドを助けに行かなければならないのよ」
先ほども口にしていた嫌な予感が彼女を頑なにさせるのかもしれない。
「かわいい弟の婚約者さまの勘を信じてみよう。楽天的に言っているんじゃないさ、もしレナード・ギャラガーがラウレンツに言ったようにジャレッドを駒としようとしたのなら、オリヴィエさまが必要になるかもしれない」
「そんな最悪のことが起きないように願うだけだ」
「お待ちください、オリヴィエたんがいくなら拙者も行きますぞ! 肉の壁の出番です!」
「いや、あんたは帰れよ」
「辛辣ぅー」
ジドックのおかげで強張っていた空気が和む。結局、璃桜を兵に任せ、ルザーたちはジャレッドを助けるべくユーイング公爵が管理する前国王私有地に向かうのだった。




