22.オリヴィエ・アルウェイとリリー・リュディガー 2.
「フーゴさまから手紙をもらったお父さまも困っているみたいよ」
「様子が目に浮かぶよ」
実際は困っているのではなく、「ジャレッドをフーゴに渡すものかっ!」と娘のリリーではなく、父親のフーゴが結婚を望んだものだと言わんばかりに憤っている。
ハーラルトとはリリーに剣の手ほどきをしたこともあったので、彼女個人には思うことはない。むしろ気に入っているといってもいい。
「まあ、娘から見れば子供の喧嘩を繰り返す父親たちだけれど、本人たちにしてみればいろいろ複雑なのかもしれないわね」
「ふふっ、親同士の都合なんだけどね」
「ジャレッドのおじいさま――ダウム男爵も返答に困っているそうよ。そうえいば、リリーはダウム男爵とも知りあいよね?」
「うん。ハーラルトさまと一緒に、剣をみてくださったことがあるよ。最近でも、季節の便りを送りあうことはしているけど、顔はあわせていなかな」
ダウム男爵もまたリリーに剣の手ほどきをしたことがあった。アルウェイ公爵家の家臣という立ち位置ではあるが、リュディガー公爵家と仲が悪いわけではない。ふたつの公爵同士が悪友であるため、誤解されているものの、本人たちの仲はいいのだ。ライバル、と言えば適切かもしれない。
事情を知っているからもあるが、ダウム男爵の人柄ゆえにフーゴからも敬意を払われているのだ。
「きっと、公爵家の願いを無下にはできないけど、アルウェイ公爵家のことを考えるとお父さまの願いは困るんだろうね」
「はぁ。そこまでわかっているのならなぜ――と、問うのは無粋かしら?」
「ふふっ、無粋かもしれないね」
そもそもリリーは父になにも頼んではいない。娘かわいさに――あとは嫁き遅れになることを危惧した父が先走ったのだから、オリヴィエも強く文句は言えなかった。
この状況を楽しんでいるようにも見える幼なじみに嘆息すると、
「このまま話しているのも楽しいけれど、はっきりさせるべきことははっきりさせておきましょう。ねえ、リリー――あなたがジャレッドを選んだ理由を教えてちょうだい。そして、今どう思っているのかを」
真面目な顔をしてオリヴィエは問う。
その真剣な表情に、リリーも態度を変える。楽しげな雰囲気を消し、恋する少女のように口を開いた。
「公爵家の令嬢、いいや、貴族に生まれれば自由に恋愛ができないと思っていたんだ。でも、わたしは嫌だった。幸いと言うべきか、お父さまもお母さまも、結婚相手を探すことはあっても強制はしなかったからね。これは公爵家のおかげかな?」
オリヴィエにも覚えがある。父が二十代半ばを過ぎたオリヴィエの未来を考え、結婚相手も探してくれていた。しかし、母から離れたくない一心で婚約者候補たちをあしらい、ときには傷つけてきた。平然としていたのは後にも先にもジャレッドだけ。
「君のことはずっと気にしていたんだ。お父さまだってそうさ。口にはださずとも、困っているハーラルトさまの力になりたくて、ハンネローネさまを狙う人間を捜していたんだよ。でも、見つけられなかった。お互いに住んでいる場所が離れていたこともそうだけど、他家の、それも公爵家の問題に堂々と口を出すことはなかなかできないからね」
愛娘と正室が別邸で暮らすようになってから覇気がなくなった、とフーゴが言っていたことをリリーは覚えている。普段は会えば憎まれ口ばかり言い合う癖に、素直になれず表だって行動こそしなかったが、常に心配していた。
オリヴィエを案じながらも、彼女の望むままに距離を取っていたリリーよく似ている父だった。
「オリヴィエの悪い噂を耳にするようになって、火消しをしようとしたけどうにもうまくいかなくて。婚約者候補も次々と変わっていった君がおもしろおかしく噂されることが凄く嫌だった――そんなとき、十歳の年下の少年を婚約者にしたと聞いて驚いたよ」
てっきりまた数日も経たないうちに、男のほうから逃げ出す。そう思っていた。しかし、リリーの予想は大きく外れることとなる。
「襲撃者からハンネローネさまを助け、同居をはじめてしまった。気づけば、元凶であるコルネリアさまを暴き、捕縛に貢献した。わたしは夢中でオリヴィエの婚約者を調べたんだ。どんな人間なのか、どんな人柄か、どんな人生を歩んできたのか――気になって気になって夢中で調べたよ」
魔術師協会にまで足を運び、情報を求めた。無論、もらえなかったので、後輩に頼んで学園での彼の情報をたくさん仕入れてもらってもいた。
「ジャレッド・マーフィー。元宮廷魔術師であるリズ・マーフィーさまのご子息であり、珍しい大地属性魔術師。一年以上失踪していたけれど、戻ってきた彼は誰もが驚くほどの功績を挙げ、魔術師協会にとって必要な人材となった」
「呆れるほどよく調べているのね」
「ふふっ、そうだね。もうこのときにはジャレッドに恋をしていたのかもしれない。わたしが求めている理想の男性だと知って胸が高鳴ったよ。人づてでも彼の人柄を知って、胸がときめいたんだ」
「あのね、仮にも婚約者のわたくしに向かって堂々と言わないでくれないかしら」
呆れた視線を向けるオリヴィエに、ムッとして抗議する。
「君がジャレッドを選んだ理由を言えと言ったんじゃないか!」
紅茶を煽るように飲み干すと、リリーは深呼吸をして続ける。
「最初はね、君の婚約者を、せっかく君は受け入れることができた男性に惹かれてしまったことを悩んだよ。でもわたしたちは貴族だから、側室になれればいいかなと思ったんだ。でも、まだ決断はできない。本当にわたしが求めていた人なのか、運命の人なのかしりたかったんだ」
「それで身元を偽って秘書官になったのね?」
「うん。でもその甲斐はあったと思う。すべてにおいて理想ではなかったけど、彼のことが好きになってしまった。わたしは、二度恋をしたんだ」




