27.王立魔術師団と魔術師至上主義者5.
「あー、あの魔術師こそは選ばれた存在だと妄信している奴らですよね?」
「その通り。嘆かわしいことに、彼らの存在が魔術師という僕らの立場を悪くしている」
ふと、ジャレッドの脳裏に浮かんだのは、先ほどエルネスタに暴言を吐いたレドモンドたちだ。彼らも少なからず魔術師が特別であると選民思想を抱いている可能性がある。
「ですが、あいつらの多くが魔力を持っているだけか、魔術師としてぎりぎり名乗ることができる程度のレベルばかりですよね?」
「だからこそ魔術師の誇りを掲げたいのだろうね」
魔術師至上主義者――と、聞くと、多くの人間が魔術師として大成している人間を思い浮かべることが多い。だが、実際は、魔術師を名乗ることができない者や、魔術師になれてもうだつが上がらない人間たちばかりだ。
トレスの言葉通り、そんな彼らだからこそ自らを至上とすることで己を慰めているのだ。
「奴らがどうかしましたか?」
「近年、きな臭い動きをしていることは知っているかな?」
「水面下でなにかをしていると、耳にしたことはありますが詳細までは」
「実はね、ここ最近になって手に入れた情報から、彼らが魔術師協会と王宮に盾突こうとしているとわかった」
「――それって、反逆じゃないですかっ!?」
驚いたのはジャレッドだけではない。口を挟むことなく話を聞いていた秘書官たちも大きく目を見開いている。
無理もない。盾突く、などと言えば軽く聞こえるかもしれないが、相手は魔術師協会と王宮だ。相手が悪すぎる。
「だけど、どうして急にそんな馬鹿げたことを?」
「魔術師の待遇に対しての不満が爆発したのさ――ようは、魔術師として成功できない程度の魔術師も優遇するよう訴えていたのが受け入れられなかったから実力行使にでようという結論に至ってしまったんだ」
「馬鹿だろ、そいつら」
ただただ呆れることしかできない。
魔術師が国に優遇されるのは、なにも数が希少であるからだけではない。
国にとって魔術師は戦力であり、防衛力である。ゆえに、力ある魔術師を求められる。
一方で、優遇された魔術師たちは、立場相応の危険を伴わなければならない。命に危険だってあるし、実際に死ぬ者も決して少なくない。
ジャレッドも魔術師協会からの依頼で何度も死ぬような目に遭ったが、その経験があったからこそ、魔術師として認められ学生の身分でありがなら便宜を図ってもらっているのだ。
実際、言うほど優遇されることはないし、公の場で贔屓されることは少ない。まったくないといえないのが、王宮も魔術師協会も魔術師の希少性と重要性を理解しながらも、度の越えた扱いはしない。
魔術師が優遇され過ぎているという印象を多くの人間に与えてしまったのは、一部の貴族が自らの一族に取り込みたいと躍起になった結果だといえる。それでも対象は、魔術師として一角の人材だ。
ときには魔力さえあれば取り込む場合も少なくないが、それは優遇とは言わない。
しかし、なにもしないでただ優遇しろというのは――おこがましいにもほどがある。
「残念なことに王立魔術師団の中にも、魔術師至上主義者たちはいるんだよ」
「無理もないでしょうね」
「ああ、遺憾だが、無理もない」
王立魔術師団といえばウェザード王国において、魔術師のエリートの宝庫である。
そこに属している限り、命の危険が伴う任務があるが、魔術師としての将来は輝かしい。
さらにその上に宮廷魔術師が座しているが、王立魔術師団とでは存在理由が違う。だが、高みに近いエリートである自負が彼らにはあるのだ。
「別に魔術師団員が優遇されていないわけではないでしょう?」
「国に仕えている以上、給料は安定し、有事の際も手当てはつく。補償もしっかりしているから、万が一になっても家族が困ることはない。僕から見れば、十分に優遇されていると言えるだろう」
「だけど満足できない――ってことですよね?」
トレスは苦々しい顔をして頷く。
エリートである魔術師団も、実際はピンキリだ。
団長、副団長クラスから、一団員まで、数こそそうまで多くないが、上と下の差は大きい。
一団員の扱いが悪いことは決してないのだが、上を見れば不満に思う人間もいるだろう。
中には、分相応以上のものを求める人間だっている。
魔術師団に属している以上、自他ともに優れた魔術師であることはわかっているはずだ。ゆえに、もっと相応しい対応をしろ、もっと扱いをよくしろ、もっと金をよこせ、もっと、もっと、と際限なく願う人間だっている。
「だからって、王宮にまで盾突きますか?」
反逆などしたら死罪は免れない。家族だって巻き込まれてしまうはずだ。
そのリスクを背負ってまで国に盾突く理由が、ジャレッドには思い浮かばないのだ。
「僕にも魔術師至上主義者たちの考えまではわからない。いや、わかりたくもないと言うべきかな。しかし、そう言っていられないのが現状なんだ。彼らがいつ動くのか定かではない以上、すべきことをしておきたい」
「俺はなにをすればいいんですか?」
「可能性の話だが、君に魔術師至上主義者たちからなにかしらの接触があると睨んでいる」
「俺に、ですか? どうして、また」
正直、関わりあいなどない。何度か依頼を邪魔されたことがあるが、その程度だ。
ジャレッドにとって魔術師至上主義者など取るに足らない存在でしかない。
「君は新しい宮廷魔術師だ。公爵家の息はかかっていると見られているが、実際のところ曖昧だ。彼らからすれば、駒として欲しがる可能性が高い」
「駒って……無能どもに使われたくないですけど」
「だろうね。とはいえ、主義が王立魔術師団内でも広がっている以上、勧誘している人間がいることは確かだ。僕たちはそいつを捕まえ、主義者たちの中核を担う人物を捕縛したい」
「つまり俺は餌ですね」
「そう、なってしまうね、申し訳ないと思っている。言い方は悪いが、君はまだ未成年の学生だ、いくら公爵家と繋がりがあり、実力は宮廷魔術師として認められたとしても、君なら扱えると思う人間は決して少なくないんだよ」
申し訳なさそうに言うトレスだが、事実その通りなのだろう。
ジャレッドは、自分がそこそこ戦えると自負している。そうでなければ、今ごろ死んでいてもおかしくない修羅場をいくつも潜り抜けてきた。しかし、それだけだ。
たとえば、貴族の派閥争いや、今回のような水面下に潜む主義者どもの企みに対抗する手段は持ちあわせていなかった。
アリーを秘書官に選んだひとつの理由として、彼女が貴族に対する壁として自信があると言ったからだ。
「もちろん。だから君には、接触してきた魔術師至上主義者を片っ端から捕縛してほしい」
「そういうことでしたら喜んで。ですが、主義を掲げているだけでは捕縛できませんよ?」
反逆行為も実際になにも行われていない現状では、理由なく捕まえることはできない。
「構わないよ。理由はこちらでつくる。反逆の可能性がある輩に甘い対応をするつもりはないよ」
トレスの意見には賛成だった。
反逆などしても国は奪えない。待遇もよくならない。しかし、国は痛手を負うだろう。
もしかしたら、これ幸いと他国が便乗してくるかもしれない。そうなれば戦争だ。
せっかく戦争のない時代なのだ、無意味な争いを起こすわけにはいかないのだ。
「あの、お話に割って入ってすみませんが、本当にジャレッドさまを勧誘するだけで済みますか?」
「アリーさん?」
「続けて」
「はい。ジャレッドさまはトレスさまのおっしゃる通り学生であり未成年です。仲間に引き込むなら、同じ宮廷魔術師でも難易度は下がるかもしれません。ですが――先ほど魔術師団副団長を団員の前でたった一撃で倒してしまったのですから、敵視される可能性のほうが高くなりませんか?」
つまり魔術師団に魔術師至上主義者がいるのなら、揉めたジャレッドを勧誘するか疑問に思ったのだ。
「アリーさんの言うことは理解できますけど、それならそれで接触はしてくるし、わかりやすくなっていいんじゃないかな」
「実際、可能性がないわけじゃない。僕やアデリナのように、君の実力を知っている人間ばかりではない。団員の中にもジャレッドの実力を疑う者もいるだろう」
実際にいた。まさか王立魔術師団の団員から、公爵家の力を借りて宮廷魔術師になったと疑われることになるとは正直思っていなかった。
「望むところですよ、敵対してくるのなら――容赦はしません。とくに国に反逆しようと狂った奴らの好きにさせるつもりはないので、存分に捕まえてやりますよ」
「……巻き込んでしまってすまないが、助かるよ。とはいえ、接触があるまではいつもどおり過ごしてほしい。なにかあればすぐに知らせてくれればそれで構わないよ」
「わかりました」
その後、打ちあわせを終えると、お互いの近況を報告しあう。
トレスの話を聞き、ときには秘書官も会話に混ざって談笑するも、頑なにエルネスタだけは沈黙を続けていた。




