26.王立魔術師団と魔術師至上主義者4.
トレスの執務室に通されたジャレッドたちは、彼の秘書官に促されてソファーへ腰をおろした。
流れるようにお茶の支度をはじめる秘書官たちの手際に、エルネスタとアリーがお手本だと言わんばかりに観察する。
「改めて、先ほどは不快な思いをさせてしまってすまなかったね。僕たちは宮廷魔術師であり王立魔術師団と協力関係はあるが、意外と溝があるんだよ」
「溝、ですか? 宮廷魔術師は王立魔術師団をときには指揮する場合があると聞いていますが?」
「うん。実際、指揮はとるよ。ただ、僕の経験ではあくまでも団長格に指示をだし、あとは任せてしまうケースが多い。そもそも魔術師団を必要とするほど大規模な戦闘は少ないからね」
大規模戦闘といえば戦争だ。
近年では小競りあいはあっても、戦争規模の戦いはない。
戦争を起きれば、国が傾き民が苦しむ。ここウェザード王国では戦争をよしとしていない。
「もっと言ってしまうと、僕たち宮廷魔術師は最小限の人数で事態を納めることを望まれているんだ。魔術師団に力を借りると言っても、数人の団員を貸しだしてもらうくらいがせいぜいだよ」
「その割には、ずいぶんとあいつらは上からものを言っていましたけどね」
「宮廷魔術師も人間だ。ひとりでできることなど限られているからね、どうしても人材が必要となる。彼らの協力がなければ困ることだってあるんだよ。もちろん、それを承知しながら手を貸さないと言う輩は、正直どうかと思うけどね」
同感だった。
宮廷魔術師だろうと王立魔術師団の団員だろうと、するべきことは国と民を守ることだ。
ならば協力関係はあって当然であり、気に入らないからと足を引っ張ろうとする人間は、即刻魔術師団を辞するべきだ。
ジャレッド自身が舐められているせいか、それとも先ほど突っかかってきた団員たちの意識が低いのか判断できないが、いつか足を引っ張られる可能性があるかもしれない。
「情けない話だけど、宮廷魔術師と王立魔術師団の関係は密とはいえないのが現状なんだ。今後、君がどう関わっていくか僕にはわからないけど、つきあい方をしっかり決めておくといいよ」
「つきあい方ですか?」
「うん。例えば、僕のように必要がなければ団員を借りない場合や、アデリナのようにまったく力を借りるつもりがない場合もある。宮廷魔術師によって魔術師団との関係は違うんだよ。中には、団員を引き抜いて専属にしている人間もいるから様々さ」
宮廷魔術師には宮廷魔術師の、王立魔術師団には王立魔術師団の任務がある。関係が最低限であっても、問題はないらしい。
そもそも、王立魔術師団には団長、副団長という役職をもつ人間がいるのだ。いくら宮廷魔術師がより上の地位だとしても、命令されるほうはおもしろくないと思うのかもしれない。
それはそれで問題だと思うが。
「とはいえ、君はしばらく王立魔術師団にかかわらないほうが正解かな。相手の自業自得とはいえ副団長を団員の前でふっ飛ばしてしまったからね」
「必要がなければ関わるつもりはありません。あんな不愉快な人間とは、とくにですね」
「賢明だ。もしかすると君の年齢や、まだ正式に宮廷魔術師になっていないこと、公爵家の婚約者を理由に因縁をつけてくる人間もいるかもしれないが、いちいちつきあう必要はないから無視すればいいよ。困ったらいつでも頼ってほしい。僕には君に大きな借りがある、すこしでも恩返しさせてくれ」
「感謝します、トレスさま」
「……その呼び方も変えてほしい。僕のほうが年上だけど、これから同じ宮廷魔術師だ。ぜひ、トレスと呼び捨てにしてくれると親しみがあって僕は嬉しいな」
「えっと、努力してみます」
「うん。楽しみにしているよ」
にこにこと嬉しそうに笑うトレスだが、さすがに十も離れている人を、しかも宮廷魔術師として先達にあたる彼を呼び捨てにするには難しいものがある。
しかし、その本人から望まれている以上、時間がかかっても気さくに呼べるようになったほうがいいのかもしれない。
頭を悩ませているジャレッドの前に、トレスの秘書官が氷の入った紅茶を置く。
「あまりに気負わず接してあげてください。トレスさまはジャレッドさまと仲よくなりたいだけですので」
「善処します」
にこり、と微笑む女性は、秘書官というよりも彼の理解者――いや、もっと親しい印象を受けた。
長年秘書官を続けているのだ、関係も深いのかもしれない。
「言い忘れていたけど、ジャレッドの戦闘衣と彼女たちの制服も用意することになっているから、いずれ魔術師協会から通達がくるはずだよ」
「戦闘衣もそうですけど、秘書官の制服までですか?」
トレスの背後に控える彼女たちも、彼とおそろいの色で統一されている。男性用と女性用の違いはあるが、制服であり戦闘衣でもあるのだろう。
「戦闘衣は上質なものになる。僕たちにとって戦闘衣は正装だからね。同じものを何着も渡されるはずだよ。彼女たちだって同じさ。なによりも宮廷魔術師の秘書官であることをはっきりさせるためにも、周囲とは違うと明らかにしておかなければいけないんだよ」
「まあ、わたしたちがジャレッドさまとおそろいの戦闘衣をいただけるとは嬉しいですね」
「……過分な気もしますが、はい、嬉しいです」
アリーが破顔し、エルネスタも期待する声をあげた。
「制服に関してはゆっくり魔術師協会と相談してほしい。君が宮廷魔術師であり続ける以上、ずっとその制服を身につけることになるからね」
「わかりました。ご助言感謝します」
「うん。君の制服のできを楽しみにしているよ」
トレスは笑顔でそう締めくくると、真面目な顔となる。
「実は、今日は本当なら魔術師団に関して色々と案内をしたかったんだけど、状況が変わってしまったんだ」
「俺のせいですみません」
「あ、いや、そうじゃないよ。すまない、言い方が悪かったね。先ほどの揉め事ではなく、君に僕の仕事を手伝ってほしいんだ」
「構いませんが、どのような仕事ですか?」
「ありがとう。君は――魔術師至上主義者たちを知っているかい?」




