25.王立魔術師団と魔術師至上主義者3.
ジャレッドの威圧した声に、団員数人が動こうとしたとき、
「一同、そこまでだ」
緑色の戦闘衣に身を包み、同色の制服を着た秘書官を連れたトレス・ブラウエルが、静かによく届く声で場を制した。
決して迫力があるわけでも、声を荒らげているわけでもないが、彼の声はよく通り冷静さを失わせている人間の耳にしっかりと届いた。
「秘書官から報告を聞き、慌てて飛んできた。ジャレッド、秘書官を連れて僕の執務室にきてくれ」
「わかりました。いこう、エルネスタさん、アリーさん」
二人の返事も聞かず、無理やり彼女たちの腕を掴むと歩きだす。
「おいっ、待て!」
「……なんだよ?」
「お前、王立魔術師団の副隊長を馬鹿にしておいて、このままですむと思っているのか?」
ひとりの魔術師がそう怒鳴ると、視界の中で何人かが同調するようにジャレッドを睨んでいた。
エルネスタたちの腕を離し、トレスのほうへいくように短く伝えると、彼女たちを背にして睨み返す。
「お前らこそ、俺を敵にしてただですむと思っているのか?」
威圧代わりに魔力を放出すると、どよめきがあがる。
この場にいる誰もが、ジャレッドの魔力量に驚いたのだ。
レドモンドのように公爵家の力を借りて宮廷魔術師になったと思っている人間も少なからずいたはずだ。だが、少なくとも魔力量はこの場にいる誰よりも比べ物にならないことを示した。
「いいか、改めて言っておく。俺への中傷は構わない。こんなガキが宮廷魔術師になるんだ、不満もあるだろう。だけど、俺の秘書官に対しての暴言、嫌がらせをしてみろ――必ず後悔させてやる」
数人が射抜くような視線を向けているが、誰ひとりとして声を発することはなかった。
「もういいだろう、ジャレッド。僕の執務室にいこう。この場は空気が悪い」
「と、トレス様!」
「……なにかな?」
誰かがトレスに向かい声をあげた。どこかすがるような声音に、彼は目を細め問う。
「あなたはあの男の暴挙を許すのですか!」
「――いい加減にしろ」
静かだが、有無を言わさないトレスの声に、訴えていた魔術師が硬直する。
「事情はすべて秘書官から聞いている。ことの始まりはレドモンド副隊長がエルネスタ団員に心無い暴言を発したからだ。君たちは同じ団員として、恥ずかしくないのか?」
「……で、ですが、エルネスタ・カイフは犯罪者の妹で」
「ならば僕も犯罪者の息子だ。彼女の兄を陥れ、復讐する理由を与えてしまった馬鹿な男の息子だ。王宮と魔術師協会からの好意で宮廷魔術師を続けさせてもらっているが、彼女を貶めるというのなら同じように僕にもするべきだ。違うか?」
返事をすることができない男に、トレスは呆れた瞳を向けた。
「同じ仲間に言うことができても、宮廷魔術師の僕にはなにひとつ言えないのか? ならば、君たちの言葉は酷く質が悪い。君たちのような人間が王立魔術師団の一員であることが酷く情けなく思うよ――恥を知るといい」
容赦のない言葉を浴びせられながらも、誰ひとりとして反論する者はいない。
たとえトレスが犯罪者の息子であっても、宮廷魔術師に真っ向からその事実をつきつけることができる者などそうそういない。
宮廷魔術師とは雲の上の存在なのだ。逆らいでもしてもし不興を買えば、なにをされるのかわからない。
一方で、宮廷魔術師になることが決まっているジャレッドに対しては、年下であることや、公爵家の繋がりなどから認めることができずにいる彼らだが、けた違いの魔力量を見せつけられたことにより、舐めた態度をとる人間は減るだろう。
そして、今回の一件を経て、ジャレッドが脅し、トレスが同じ立場だと公言したことからエルネスタに対する暴言は減るはずだ。
口を挟まず事の成り行きを見守っていたジャレッドは、宮廷魔術師としてのトレスの一面に感心した。少なくとも、彼が望んでいたエルネスタの待遇改善には程遠いが、面と向かって彼女になにかしようという人間は減ったはずだ。
「二度と、同じことを繰り返さないよう忠告をしておくよ。あと、ジャレッド・マーフィーは確かに年下で身分も学生だが、実力のみで宮廷魔術師になった。彼は僕よりも強い。これからは敬意をもって接するように心がけるといい」
それだけ言うとトレスは踵を返し、魔術師団員たちに背を向けて歩きだす。
「いこう、ジャレッド」
「はい」
彼の隣に並ぶと、それぞれの秘書官も続く。
一度だけ、背後を振り返ったジャレッドは、未だこちらを睨みつけている数人の魔術師の顔を覚え、次はない、と小さく呟いた。
「助かりました、トレスさま。あのまま続けば、あそこにいた魔術師団員と全員戦わなければいけませんでしたから」
「君なら倒せると思うけどね?」
「さあ、俺は魔術師団員のレベルがどれほどか知りませんので、やってみなければわかりません」
「あの……トレスさま」
恐る恐るという感じで、うしろからエルネスタが声をかけた。
「うん、なんだい?」
まるで妹に向けるような優しげな笑みを浮かべ、トレスは振り返る。
口ごもったエルネスタだったが、小さく深呼吸をすると、足を止めて頭を下げた。
「助けてくださってどうもありがとうございました」
「いいんだよ。元をただせば、僕たちのせいだ。君があのような心無い中傷を受ける必要なんてないだから」
「……それでも、ありがとうございました。ジャレッドさまとアリーさんも、私のことを庇ってくれて、本当にありがとうございました」
頭を下げているせいで顔は見えないが、声の震えをはっきりと感じ取れた。
だが、誰もそのことには触れない。
今まで、同僚から悪意ある態度を続けられていたエルネスタが、少しでも救われればいい。この場にいる誰もがそう思った。




