表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

247/499

15.秘書官アリー・フェル2.




「……楽しい、楽しくないで秘書官を決めたくないし、やってほしくもないんですけど」

「いいえ、大変な仕事であるからこそ遊び心は必要ではないかと思います」


 心底そう思っているのだろう。アリーから嘘は感じない。

 ジャレッドは、可能であれば世話になっているデニスと借りのある魔術師協会が訳ありだという彼女を受け入れたいと思っている。しかし、まだなにかが足りない。

 好感はある。話していて楽しいし、印象も決して悪いわけではない。


 素性が不明のアリー・フェルが太陽ならば、年上の婚約者であるオリヴィエ・アルウェイが月だ。彼女に近い印象を持つ人間は、同級生のクリスタ・オーケンくらいだ。

 明るく快活、相手に不快感を与えずよい印象を残すことができる人間は稀有である。クリスタは無意識に、アリーは意識的にと差はあるが、どちらがよいも悪いもない。


「常に張りつめた状態でいてほしいとは微塵も思っていないので、遊び心はあったほうがいいのかもしれないんでしょうけど、あなたには悪戯心もありそうだ」

「あら、わかってしまいますか?」

「そりゃあ、わかりますよ」


 隠そうとする気配がまるでないアリーに、つい苦笑いが漏れる。

 だが、やはり嫌悪感は一切ない。こうも心中を平気で晒す癖に、なぜ素性を隠しているのか気になるも、そのあたりを聞いていいのか悪いのか対応に困る。


 ――だが、素性などどうでもいいと思っている自分がいる。


 魔術師としての勘が大丈夫だと告げているのだ。しかし、オリヴィエたちに彼女を近づけることを考えると、不確かな勘だけで採用したくないことも事実。

 デニスたちが問題ないと判断しているのだから、そう慎重になる必要もないのかもしれないが、念には念をと思えてならない。


「わたしにもわかるほどジャレッドさまがお困りのようですので、一応言わせてもらいますが――今日こうしてあなたとお話ができただけでも、わたしにとって意味はとてもあります。ですから秘書官を断ったとしても、魔術師協会に迷惑がかかることはありません、とお約束します」


 どうやら彼女は自分の心中を見抜くことが上手いようだ。もしくは、自分がわかりやすすぎるだけか。

 どちらにしても、アリーの言葉を信じるなら仮に秘書官を断ったとしてもデニスたちに迷惑はかからないらしい。嘘をついているようには見えないので、信用したい。


「失礼を承知で、少し助言をしてもいいでしょうか?」

「どうぞ」

「ジャレッドさまは、少しお顔に感情がでやすいですね。悪いとは言いませんし、かわいらしくも思いますが、今後貴族たちを相手にするには困りますよ」

「なら、あなたらなできると?」


 アリーは待っていたとばかりに首肯した。


「もちろんです。わたしは魔術とジャレッドさまに興味津々の小娘ですが、それだけで秘書官になろうなどおこがましいことは考えていません。わたしの役目は――今後、あなたに群がってくる有象無象を排除することが仕事だと考えているのです」

「それは頼もしいんですが、本当に可能ですか?」


 貴族の面倒さはよく知っている。家庭事情のおかげで表舞台に顔こそだしていないが、嫌でも耳に入ってくることだってあるのだ。

 家同士の繋がりを求め、強引でも娘を差しだそうとする親。立場が上の人間に取り入ろうと躍起になる者たち。一見華やかに見える令嬢たちの確執などなど。知りたくないことばかり聞こえてくる。


 ジャレッドも馬鹿ではない。宮廷魔術師という立場がどれほど希少で価値があるものか理解している。

 宮廷魔術師候補の時点で、公爵家令嬢のオリヴィエが婚約者の立場にありながら、見合いを望む声があったことだって知っていた。

 貴族はしつこい。味方にすれば利点は多いが、望まない結果を与え敵に回せば面倒だ。今までの敵にように、戦って倒すというシンプルな解決方法はできなくなる。よほど相手が汚い手を使わない限り、戦闘に持ち込むことは難しい。

 そんな貴族たちを女性ひとりで対応できるのか疑問に残るのは無理もないことだった。


「危険が伴うことも承知ですか?」

「可能ですし、仮に秘書官になったことでわたしの身になにかがあったとしても恨んだりはしません。お約束します」

「ですがあなたの家族は違います。あなたは本当に有能で、貴族の対処も可能なのかもしれない。でも、非戦闘者をそばに置いておくリスクが大きいことは理解してください」


 最たる懸念は、アリーが巻き込まれてしまうことだ。

この二ヶ月で、オリヴィエ母子の問題をはじめ、ヴァールトイフェルとの戦い、果てには母の死の真相とその黒幕たちと戦った。怪我はもちろん死にかけたこともある。ワハシュとの戦いに至っては圧倒的な実力差で負けてしまった。

 戦いに次ぐ戦いの中に、アリー・フェルという魔術師でなければ戦闘者でもない彼女を連れ込んでいいのかと迷う。


「でしたら、家族を説得できれば秘書官にしてくださいますか?」

「それでも――」

「危険は承知です。わたしだって死にたくはありません。ですが、必ずなにかが起きると決まっているわけではないですし、秘書官にならなくても生きている限りいつか死にます。どこかで危険に遭うこともあるでしょう。ならば私は後悔しないように精一杯生きたい」


 笑顔を消し、至極真面目な顔をして青い瞳をジャレッドに向けるアリー。

 彼女のなにがそうまで秘書官になりたいと思わせるのか、正直理解に及ばない。きっとわからないだろう。

 ただ、唯一わかったこともある。それは、


 ――アリー・フェルが本気だということ。


 伊達や酔狂ではなく、欲があるわけでもない。しかし、彼女はなにかの目的があって秘書官になりたいと心から願っているのだ。


「……わかりました。では、ご家族の了承をとってください。それさえできればあなたを秘書官として受け入れます」

「本当ですか?」


 彼女の想いに根負けしたジャレッドが肯定するように頷くと、花が咲いたようにアリーは破顔した。


「感謝します。では――今、この瞬間からよろしくお願いします」

「――うん?」


 ――あれ、家族の許可は?


 そう問おうとしたジャレッドに向けて、してやったりとばかりに顔を緩ませたアリーが一枚の用紙を懐から取りだし広げた。


「おいおい、嘘だろ」


 用紙は魔術師協会が発行している家族の承諾書だった。ジャレッドも未成年ゆえに祖父母の名前を記入させた、遺恨を残さないようにするためのものだ。


「実はもう家族の承諾は得ています。どうぞ末永くよろしくお願いします、ジャレッドさま」


 やられた。本当に見事にやられた。

 はじめから彼女は家族の承諾をもらっていたのだ。協会が断れない立場であることから貴族か、魔術関係、もしくは騎士関係の名門の生まれなのかもしれない。

 彼女は事前に宮廷魔術師の秘書になるべく色々と調べていたはずだ。そして準備をすべて終えていたのだ。協会との関係、家族の承諾、本人の意思。あとはジャレッドが頷くだけだったのだ。


「はぁ……俺の負けです。あなたの力をどうぞ秘書官として存分に使って、俺を支えてください」

「もちろんです。ジャレッドさまのために、全力を持って働かせていただきます!」


 降参とばかりに両手を挙げて疲れた声をだしたジャレッドに、深々と礼をするアリー。

 こうしてアリー・フェルがひとり目の秘書官として決まったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ